第87話 ミスターシャドウの正体(SIDE:龍子&九十九)

「どうした龍子?」


 会計事務中の僕は、小声で龍子に問い掛ける。

 マスクを被っていることもあって、僕の声は周囲に届いてはいなかった。


『いやぁよぉ。今、変な奴が見えたぜ。挙動がおかしい。ありゃあ、なんかしようとしてる奴の動きだ』


 龍子からの説明、それが十中八九、牧野さんを狙っている【賞金ハンター】だと、僕は確信した。

 さらに……、


『あ、九十九も見つけた』


 九十九からもそんな報告が上がる。


『マジかよ!? かー、すまねぇカシラ! 入場客の方まで見られなかったぜ!』

「気にするな。お前の役割は会場周辺に異常があれば報告することだからな」

『そーだぜ走司。気にすんなよ』

『中のことは、こっちに任せろ』


 そう、走司の役目は言うなれば第一の網。

 爆弾物等の不審なオブジェなどが会場周辺にいないかチェックし、発見次第対処することだ。


 そして、一般人を装ってコミケ会場内に侵入した【賞金ハンター】……それに対処するのは第二の網、会場内にいる龍子と九十九の役割である。


『うし、んじゃあ行ってくるわアニキ』

『潰して、くる』

「あぁ、頼んだ」


 通話はそこで切れる。


 龍子と九十九ならば、会場内に侵入した【賞金ハンター】を問題なく鎮圧できるだろう。


 ……これで一安心。


 そのはず、なのに。


「……」


 なぜだろうか、漠然とした不安が、脳裏をぎる。


 いやいや、なにを不安がってるんだ俺は。

 アイツらをなんとかできる奴なんて、そうそういないだろ。


 不安を掻き消すように、そう思考する。


「ちょっと唯ヶ原。どうしたの?」

「え?」


 その時、真白の声で僕は現実へと還った。


「金、持ったまま」


 真白の指摘に、僕は自分の手元を見る。そこには客から手渡された金が握り締められていた。 

 

「っ!? あ、あぁすみません!」


 慌て、金額を計算しお釣りを手渡す。

 

 ダメだ。今は自分の役割に集中しろ。


 そうして頭を切り替え、僕は会計事務に没頭していった。すべては、牧野さんのために。



 龍子と九十九はトップクラスの強さを誇る、歴戦の不良。

 血生臭い数々の経験を経て、彼女たちは無意識に理解している。

 普通じゃない者……すなわち、喧嘩慣れしている者の歩き方を。


 今回、二人のセンサーに引っ掛かった者は、その歩き方をしていた。


 はんっ、アタシに見つかったのが運の尽きだな。逃がさねぇぜ!!


 意気込み、龍子は狙いを定め、敵の背中を追おうとする。

 ……だがその瞬間、


「っ!!」


 龍子の視線を察知し、敵は逃げるように走り出した。


「はぁ!?」


 マジか、こっちの気配に気付いたのか!? どーやらこれまで襲ってきたヤツとはちげぇみたいだなぁ!

 ちょっとは、楽しめそうじゃねぇか!


 湧き上がる交戦欲。

 無自覚に口角を吊り上げ、龍子は敵の後を追った。



 東京ビックサイト 会議棟地下駐車場


「あ?」


 敵を追ってきた龍子は思わずそんな声を漏らす。

 理由は、そこで九十九と鉢合わせたである。


「なんでお前がここにいんだよ?」

「決まってる、敵を追って、ここまで来た」


 龍子の問いに、九十九は当然のように答えた。


「はんっ、まさかどっちも同じ方向に逃げるとはなぁ。二人一組かぁ?」

「可能性は、高い。けど、どうでもいいこと」

「だなぁ。どっちにしろ、ぶっ飛ばすだけだ」


 そう言って、二人は見据える。

 薄暗い中に立つ一つの影。

 

「っ!!」


 ソレは、真っすぐに龍子たちの元へ走り出した。


「ははッ! 正面からか!! いいぜ、やろうぜ!!」


 歓喜の眼差しで、龍子は背中に引っ下げていたケースから金属バットを取り出す。

 ほぼ同時に、九十九は貫手の構えを取る。


「アホ龍。もう一人がいない」

「あぁ。分かってるよ」

 

 このとき、龍子と九十九は当たり前のように気付いていた。

 ここいる敵の数は二人。その一角の気配が、消えていることに。


「どっかに隠れてんだろ。奇襲狙いだ。カンケーねぇ、来たトコ潰すだけだ」


 自信満々にそう言い放つ龍子。

 ――だが、その直後。


「それはムリだな。もう奇襲は完了してる」

『っ!?』

「いいね。、隙だらけだ」


 背後から、は忍び寄る。

 

「ふんっ!!」

「やっ!!」

「遅い!!」


 龍子が愛棒のバットを振るよりも、九十九の強靭な貫手が放たれるよりも早く、先に行動を起こしていた男は、持ち前のワイヤーで二人を個別に拘束した。


「て、んめぇ!!」

「まさかの、展開」


 一瞬にして胴体、腕、足をワイヤーでぐるぐる巻きにされた龍子と九十九。

 だが、男の行動ターンは終わらない。


「はぁ!!」


 ダダダダン!!


「がぁ!?」

「う、っ」


 彼は身動きのできない龍子と九十九の顎、鳩尾みぞおち、膝を一瞬にして叩く。


 顎に食らった衝撃により意識が乱れ、

 鳩尾に食らった衝撃により呼吸が乱れ、

 膝に食らった衝撃によって二人は膝をついた。


「ウソ、だろ……!! ワイヤーに、この技……!! まさか……!?」

「激、震……!!」

「おー、まさか今の食らって気絶しないとは。やっぱり強いね、君たち」


 うめく龍子たちを見下ろす、黒ずくめの男。


「さ、とりあえずは顔を見せてもらおうか」


 そうして、彼は龍子と九十九が被っていたマスクを乱暴に取った。


「ん?」

『……』


 剥ぎ取られたマスク。剥き出しになった龍子と九十九の睨みつけるような視線が、男を刺す。

 

「なんだと?」


 だがその視線よりも、あらわになった彼女らの顔面を見て、男は思わず驚いたような声を漏らした。


「龍子に九十九じゃないか。なるほど、納得だ」


 そして彼は、装着していた仮面を取りながらそう言った。

 

「てめぇ、なにしてんだよ……!!」

「同感。なんで、こんなことしてる?」


 龍子と九十九は問う。

 二人は、彼のことを知っている。

 ゆえに次の瞬間、口を揃えて男の名を呼んだ。


『ジョー!』

「その名で呼ぶな! 俺の名は……ミスターシャドウだ!」

「あ?」

「なに言ってる、お前」


 謎の決めポーズを決めながら言う男に対し、呆れたような表情を浮かべる龍子と九十九。

 

 無理もない。

 二人の知っている目の前の男の名は、ミスターシャドウなどではない。


 ーー影宮かげみやじょう


 元【羅天煌】『漆番隊隊長ななばんたいたいちょう』である。

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