第86話 その陰キャ、客を捌く
「あはは~、迅たんなにそれ~」
「迅たんのコスかー?」
「はは、まぁそんな所です」
ケラケラと笑う黛と来栖に対し、僕は答える。
彼女たちが笑う理由、それは僕が鹿のマスクを被っているからだ。
被っている理由はもちろん、今回も僕の素顔を隠すため。真白たちと違い、僕は不良相手に顔が
前回の田中淳獏のように、襲って来た【賞金ハンター】を脅して口封じすることも考えたが、顔を見られないに越したことはない。
「迅殿、それで会計作業はできるのでござるか?」
と、そこで隼太が至極真っ当な指摘をしてきた。
「大丈夫だ。コレ、
そう言って、僕は被っていた鹿マスクを指差す。
ブカブカだったマスクのサイズは僕の頭にぴったりになるように調整、視界を広げ周囲をしっかりと確認できるようしてある。
魔改造を施し、この鹿マスクはマーク1からマーク2へと進化したのだ。
これもすべては、コミケのため。
喧嘩をするだけならば別にこれまで通りのマスクでもよかったが、お釣りの間違えて渡したりする等の懸念事項がある以上、この魔改造は必定である。
「うむ! ならば問題ないでござる!」
隼太からのオーケーも出た。
ちなみに、真白と牧野さんは僕がマスクを被っている理由を知っているため、言及してくることはなかった。
「さて……会場のアナウンスもあったので、そろそろ来るでござるよ……」
唐突に意味深な発言をし、身構える隼太。
一体どうしたのか、僕がそう聞く前に……。
ドドドドドドドド!!!
まるで地響きのような音が、こちらへ向かって近づいてくる。
何事かと思い、僕は音の響いてくる方に目をやると……。
『うぉぉぉぉぉぉ!!! ずんだ餅先生の新刊じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
男たちが野太い声を上げながら、こちらへ向かい全力疾走してきた。
「ひ、ひぃ……あ、あんなにぃ……」
「ふっ、牧野殿……いや、ずんだ餅先生の初参加でござるからな。当然の結果でござる。全員、戦闘態勢に入るでござる!!」
総指揮である隼太の言葉に従うように、僕たちは各々の持ち場につく。
こうして、僕たちのコミケが始まった。
◇
AM11:05
東京ビックサイト 東棟
開場して早一時間弱。
『ずんだ餅』……もとい牧野さんのサークルは大盛況。長蛇の列が形成されている。
「はーい! 最後尾はこっちでござる! ここでUターンよろしくでござるー!」
その列を、隼太は見事にコントロールし、他のサークルの迷惑にならないようにしていた。
一方、会計組はというと……。
「新刊ください!!」
「はい!」
「どうぞー」
「新刊を!!」
「はいよー」
「へいおまち~♪」
会計の列は2列。
一つは僕が金を受け取り、真白が商品を渡す列。
もう一つは来栖が金を受け取り、黛が商品を渡す列だ。
想定通り、会計の列を2レーンにすることで効率的で円滑な回転を実施できていた。
そして牧野さんは……。
「あ、あの『ずんだ餅』先生! スケブお願いできますでしょうか……!!」
「ひゃ、ひゃい……!」
客からの差し出されたスケッチブックを受け取ると、サインに加え超速で美麗なイラストを描き上げ、客に渡していた。
僕はさっき知ったことなのだが、どうやら『スケブ』というのは客が個人的に持って来たスケッチブック、もしくはそれに類するものにサインやイラストを描いてもらう行為らしい。
隼太の采配で、牧野さんは会計事務ではなく、このスケブ担当ということになった。
まぁ牧野さん以外にできることではないため、当然といった感じだ。
……だがそれにしても、すさまじい。
僕たちが金を受け取り、商品を客に渡すまでの間に、牧野さんは2レーン分のサインとイラストを描き上げている。
正に神絵師の為せる業……
「これからも応援してます!!」
「ふぇ!? あ、ありがとうございましゅ……!!」
客からの感謝の言葉に動揺しつつも、牧野さんも言葉を返す。
牧野さんのもう一つの役割。それは、いわゆる『ファン対応』だ。
あまりにもしつこかったり
「おい、なんだよあの子ら……」
「メチャクチャレベル高いレイヤーだな……!?」
「あのレベルなら俺が把握していないワケがないんだが、まさか新人か……!?」
と、その時。
列に並んでる客たちのそんな声が耳に入る。
どうやら真白たちの姿に目を奪われているようだ。
まぁ元の素材が超絶美人なのに加え、僕たちが大好きなVのコスプレをしているのだから無理もない。
僕も目が釘付けになったしな。
「ん、どしたの〜?」
「え!? い、いやあの……!!」
「あ〜わかった〜。暑いからボ〜っとしてたんでしょ〜? ちゃんとお水飲んで〜、
「は、はい! 気を付けます!」
「あはは、なぁにあーしのことジロジロ見てんだよお前ー」
「っ!? い、いやあのす、すみません……!」
「おいおい、照れんなってー」
「す、すみませぇん!」
黛と来栖のレーンは持ち前のコミュニケーション能力で捌いている。
そして……。
「はい」
「……」
「なに?」
「へっ!? い、いやなんでもないです!!」
「ならさっさと受け取って。後ろ詰まってるから」
「は、はいっ!!」
なんとも塩対応な真白の言葉に、客は本を受け取るとそそくさと離脱を果たす。
黛・来栖と比べると随分と冷たい対応ではあるが、
「お、俺……新しい
「あの冷徹な眼差し、たまらんです……!!」
どうやらそれが受けているらしく、真白に対応された客は皆、新たな性癖が開拓されていった。
というワケで現状、何も問題は起こっていない。
『今んトコ怪しい奴はいねぇぜアニキ!』
『こっちも、大丈夫』
『
その時、定時連絡が入った。
龍子と九十九は客としてコミケ会場内を、走司はビックサイトの周りを走り、それぞれ見回りを行なっている。
なにか異常があれば、僕に情報が共有される仕組みだ。
このまま無事に終わることを祈るばかりだ。
ーーそう思った矢先、
『ん?』
龍子の声が、異変が起こったことを告げた。
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