第79話 その陰キャ、コスプレイヤーを確保する

「ま、黛殿と来栖殿……!?」

「あはは〜、隼たん目見開いておもしろ〜い」

「黙って来た甲斐かいあるわー」

 

 驚愕する隼太を見て、二人は愉快そうに笑う。


「お、お二人共どうして……!?」

「え? ましろんに誘われて面白そうだから来たんだよ~」

「あーしもー」

「え、あ……え!?」


 亜亥たちの言葉に状況が飲み込めない隼太は声にならない声を上げる。

 そんな彼に構わず、真白は言葉を続けた。


「二人に話したら売り子やりたいってさ。ホントはエミも誘おうと思ったけど、なんか咢宮と旅行行ってるらしくてムリだった」


 真白の言葉に、隼太はなんと言っていいのか分からず、神妙な面持ちをする。


「あれ、もしかしてウチ余計なことした?」

「い、いやそんなことはないでござる!! これくらいの人手があった方が助かるのは間違いないですし……!!」


 慌てて否定する隼太。


 たしかに真白の言う通り、杏のサークルは既に長蛇の列が形成されることが予想される。

 だが売り子が増えればお金を受け取る係・商品を渡す係と役割分担が可能になり回転率が上がる。さらにこれだけの人数がいれば会計の列を2レーンにすることも可能になってくる。


 そしてなんと言っても、亜亥とりりあのビジュアルは真白にも引けを取らない。

 美人の陽キャギャルが三人、その破壊力たるや言うまでもない。


「そ、なら良かった」


 隼太の返答に、真白は軽く息を吐く。


「じゃあ詳しい話、聞かせて」

「しょ、承知……!!」

「なになにもう始めるの~? じゃあそっち移ろ~」

「あり寄りのありだわそれ。このままじゃいろいろ面倒ダルいし。店員さーん。あーしらこっちと相席しまーす」


 二人のやり取りを見聞きしていた亜亥とりりあはそう言って、隼太たちのテーブル席へと移動した。


「いや~、あーしやってみたかったんだよね。本格的ガチのコスプレってやつ?」

「あは、分かる~。私らコスプレって言ったら、ド〇キで買った服そのまま着るだけだったもんね~」


 そう言いながら、席に着くりりあと亜亥。

 声音からはワクワクが伝わってくる。


「……」

「アレ、どしたの隼たん?」

「死んだかー?」

「し、死んでないでござる! ただちょっとこの状況に現実味が湧かないと言いますか……」

「えー? リアルだよリアル。ふぅ〜」

「ふぉう!?」


 隼太の隣に座った亜亥が放つ妖艶さをまとう『吐息』。

 それを耳元にダイレクトで食らった隼太は、素っ頓狂な声を上げる。


「あはは、隼たん女子みたいな声出した~」

「ウケるー。てかいい加減あーしらとつるむの慣れろよなー」


 こ、こんなの慣れるワケないでござろう……!!


 内心で隼太はそう叫ぶ。


「おーい、柿崎にちょっかいかけない。マジメに参加したいって言うから連れて来たの忘れた?」

「は~い」

「分かってるってー。スキンシップスキンシップ」

「まったく……」


 軽い調子で応える二人に、真白は呆れたような声を出した。

 そんな彼女を、隼太はまじまじと見つめる。


「なに柿崎?」

「うぇ!? い、いやぁ……その」


 隼太の視線に気付き、そう問い掛ける真白。

 突然のことに隼太はあたふたとした動きを見せる。


「……ま、まさか夢乃殿がそこまでコスプレに前向きだとは思わず、少し意外に思いまして……」

「あ〜隼たん」

「かー、分かってないねー」

「はい?」


 亜亥とりりあのわざとらしい言葉に、隼太は首を傾げる。


「ど、どういうことでござるか?」

「ふっふっふ。それはね〜『愛力ラブパワー』だよ!」

「『恋する乙女は』的なねー」

「ちょいストォォォォォォォォップ!! なに言ってんのバカ二人ィィ!!」


 突然の亜亥とりりあのダイレクトアタック。

 真白は叫ばずにはいられなかった。


「ん? よく意味が分からんのでござるが……」

「分からなくていい柿崎! 分かったらアンタの肉削ぎ落とすから!!」

「承知! 柿崎隼太、なにも聞かなかったでござる!」


 鋭い野獣のような眼光に当てられた隼太。

 生命の危機を感じた彼は、即座にそう答えた。


「よし! それじゃあ話し合い始めようそうしよう!」


 誤魔化すように無理やり軌道修正を図る真白。

 なにはともあれ、ようやく本題が始まる。


 ーーが、


「あのー、ほかのお客さまの迷惑になりますので、お帰り願えますでしょうか?」

『……』

 

 出鼻は早々にくじかれた。



『と、言う感じでござる』

「そうか……まさか夢乃さんがあの二人を誘っているとはな。知らなかったよ」


 隼太が真白たちと会ったその日の夕方。

 僕はLINEのグループ通話を介して、隼太本人から今日の進捗状況を聞いていた。


『まぁできることは進めていたでござるから、一人分のコス衣装はすそや胸周りを直せば着用できるでござる。あとの二着は……これから、死に物狂いでやるでござる』

「お、おい大丈夫か隼太? コス衣装って、多分作るの大変なんだろ? それをあと二着って……」


 死を覚悟したような凄みを内包した隼太の声に、僕は思わずそう言葉を掛ける。


『ふっ、大変なのは間違いないでござるが、見事に完遂してみせるでござるよ。黛殿も来栖殿も、せっかくコスプレに興味を持ってくれているのでござる。ならば、一人のオタクとしてそれに応えないわけにはいかないでござろう?』


 隼太……お前、本当に漢の中の漢だよ……!!


 たくましすぎる友の言葉に、僕は思わず涙が出そうになる。


『それに大変とは言っても、非現実的ではござらん。夢乃殿が衣装に詳しい知り合いがいるとのことで、その力を借りる予定でござる。そうすればなんとか……当日までには間に合うでござる』


 そうか。真白であればたしかにそっち方面の伝手があっても不思議じゃない。それならば、あと二着分の衣装もなんとかなるかもしれない。


 隼太の説明に、僕は納得した。


『と、まぁコスの方はそんな感じでござる。あとは印刷と搬入の方もほぼ手筈てはずは整ったでござるから、そちらは心配ご無用でござる』

「僕の方も当日の設営用品の準備は問題なく進んでる……それにしても、悪いな隼太」

『む? なにがでござるか?』

「その、コスプレとか本の印刷とか……そこら辺のこと、僕はなにも分からないから、全部お前に頼りきりになって……」

『はは、なにを言ってるでござるか迅殿! 自分でできないことは、誰かにどーんと任せればいいのでござるよ。それに、拙者と迅殿の仲ではござらぬか。なにも遠慮することはないでござる。まぁそれでもなにか思う所があるのであれば……拙者が窮地ピンチになったとき、手を貸してくれればいいでござるよ』

「……はは、そうか。分かった。じゃ、お前が窮地ピンチのときは全力で助けるよ」

『うむ。それでいいでござる! これであとは牧野殿の本の進捗も聞ければいいのでござるが、通話に入ってこないでござるな』

「あぁ。それなら多分、進捗的には残り一割ってとこだ。今追い込みラストスパートって感じかな」

『へ? どうして迅殿がそんなこと分かるでござるか?』

「ん? あ!? いや、だ、大体そんな感じかなぁって思っただけだ!! 現にこうして通話に入って来てないしな!!」

『たしかにそうでござるな。牧野殿にはあとでメッセージで進捗を聞くでござる』


 ふぅ……なんとか誤魔化せた。


 僕は額に垂れた汗を拭う。


『では報告事項はこんなところでござるかな。コスの方は当日を楽しみにしてほしいござる!』

「あ、あぁ。もちろんだ。楽しみにしてる」

『うむ! それではまた!』


 隼太が通話から退出する。続くように僕も退出した。


「いやぁ危なかった……ボロが出かけた……」


 浴室で連絡をしていた僕は、そう呟きながらスマホをポケットにしまい、客室へと戻った。

 そして、そこには……。


「ひへへ、ひへへへへへ……! いい、いいいい!! ノッてる私、ノッてるゥ!!」

 

 そこには奇声にも似た笑い声を上げ、激しくペンを動かす牧野さんの姿があった。

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