第78話 その陰キャ、陽キャギャルとデートする ④

映画のあとも迅と真白のデートは続いた。

 カフェに行ったり、ゲーセンでプリクラを撮ったり、その姿はまるで本当の恋人のようだった。


 そして時間は過ぎ、


「おー意外とキレイ」

「そうだな」


 二人は都内にある公園に設置されている観覧車から、沈みゆく夏の太陽を眺めていた。


 いや、マジで上手くいってんじゃないコレ? もう一押しで迅のヤツウチに惚れるんじゃない?


 第三者から見ても絶好調と言わざるを得ない迅と真白のデートと、それに伴う二人の距離の急接近。

 あまりにも上々過ぎる成果に、真白は内心で歓喜する。


 こ、これなら……もっと。


 真白の熱を帯びた視線が、迅へと向けられる。


「迅」

「うん?」

「あ、あのさ。と、隣……座って、いい?」


 今、二人は向かい合うように座っている。

 互いの関係をさらに次のステージへと進めるため、真白は勇気を振り絞った。

 

「いいぞ」

「っ……」


 迅の言葉に、口元がにやけそうになるのを堪えながら、真白は彼の隣に座った。


「……」

「……」


 二人の肩が触れ合う。

 体温すらも感じられそうな近さに、真白の心臓の鼓動が加速する。


 こてっ


 次いで、彼女は自身の頭を迅の肩に預けた。


「どうした?」


 真白の行動に一切戸惑う様子無く、純粋な疑問をぶつける迅。


「別に、ただ……こうしてみたくて」

「そうか」


 その答えに、迅はそれ以上深くは聞いてこなかった。


「……」


 当然、迅は理解している。

 真白がなぜデートをしたいと言ってきたのか、そしてこのデートで露骨に主張アピールをしてきているのか。


『真白は迅のことが好き』、その事実は……迅も把握しているのだから。


 迅はちらりと隣に視線をやる。そこには非常に整った真白の顔がある。

 それだけではない、彼女から発される良い香りが迅の鼻腔びこうに充満する。


 通常の男であれば、それだけでコロッと真白のことが好きになるだろう。

 それが真白本人から恋愛的な好意の矢印が向いているのなら、なおさらだ。


 ――だが、迅は違う。

 それは元最強の不良だからとか、他者と一線を画しているからとか、そんな理由ではない。


 彼は決めている。

 自分の存在意義は、小鳥遊くくるを推すためにあると。


 そしてこのデートは、彼女の公式絵師ママである『ずんだ餅』……牧野杏を助けるための過程。


 これが迅にとっての認識、そしてそれは不変。

 ……そのはずだ。


 や、ヤバい……迅との距離メチャ近い……!! 手つなぐより全然ドキドキする……!! こんだけ近かったら、心臓の音聞こえてないかな……?


 と、そんな迅の想いとは裏腹に、真白は一人最高潮に達していた。

 そして今まさに、彼女は迅に聞こうとしていた。


『少しは、自分のことが好きになったか』と。


 ゴクリ、と生唾を飲み込む真白。

 ここまで手を繋いだりこうして迅の肩に身体を預けたりと、さんざん恥ずかしくなるような行動を取ってきた彼女だが、この問いを放つことは、彼女にとってそれ以上の勇気を要する。


 だが、真白は強い。

 どんな時で、決めたら必ず踏み出す。好きなモノのために、迷わない。


 真白の心の準備……覚悟は完了した。

 そして、彼女が口を開いたその時……。


「真白」

「え、なに!?」


 迅が、彼女の言葉を阻む。

 突然のことに動揺した真白は、なんとか平静を保ちながら、そう言った。

 対し、迅から放たれたのは……。


「分かってると思うが、俺がお前とデートしたのは、頼みを聞いてもらうためだ。それ以上でも、以下でもない」

「……」

 

 彼にとっての、純然たる事実。それが淡々と告げられる。

 だがその鋭い刃は、真白の胸を深く抉った。

 

「そ、そう……」


 ここまで上がりに上がった真白の気分メーターは、ここで一気に下降する。

 だが、真白はどこか苦虫を噛み潰すように、作り笑いを浮かべた。


「な、なんだぁ……そうだったんだ! う、うわぁメチャ恥ずいんだけど……! 一人で勝手に盛り上がってバカみたいじゃんウチ……! もっと早く言ってよ迅!」


 強がるように、言葉を続ける真白。だが、いくら強がってもその声は震えている。

 

 近付いていたと思った距離は、妄想だった。

 全て真白の自己満足で、独りよがりだった。


 ……久々に、真剣マジ泣きしそう。


 そして、思わず零れそうになる涙……彼女はそれを、必死にき止めた。

 だが既にダムは決壊寸前、あと数秒もしない内に、真白の目からは大粒の涙が流れる。


 ――だが、それも束の間。


「けど、気が変わった」

「……へ?」


 迅の言葉は、終わってはいなかった。

 

「お前とのデート、純粋に楽しかった」

「……」

「だからまぁ、お前が良ければまた誘ってくれ。くくるちゃんの配信時間外なら、できるだけ対応する」

「……」


 ぽか


「ん?」


 ぽかぽか


「お、おい真白?」


 突然、無言で身体を叩いてくる真白に、迅は疑問符を浮かべる。


「うぅゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔぇぇぇぇぇぇぇ……!!」


 真白は泣きじゃくりながら、迅の身体に顔をうずめた。

 

「うわぁ!? どうした急にぃ!?」

「バカバカバカァ! それならそうと最初から言え! 驚愕ビビらせんなバカァ!」

「す、すまん」

「うぅぅぅぅぅぅ……!!」


 震える真白に対し、どう接すればいいのか分からず、迅の両手は空を彷徨さまよう。

 だが数秒後、静寂を打ち破るように、真白は話し始めた。 


「……次の、デート」

「ん?」

「次のデート! 今度は、迅から誘って」

「俺がか?」

「そう。楽しかったんでしょ? ウチとのデート……」

「あ、あぁ」

「じゃあ、決定。毎回こっちから誘うんじゃ、ウチだけ楽しみにしてるみたいだもん」

「……分かったよ。次は俺から誘う」


 呆れるように頭を掻きながら、迅は言う。


「うん。なら……よし」


 迅の返答を聞いた真白は、満足そうに温かな笑みを浮かべた。


「あ、念のためもう一度言っておくが、そっちから俺を誘うときはくれぐれもくくるちゃんの配信時間を考慮してくれよ。くくるちゃんの一週間の配信スケジュールは彼女の固定ツイートに載ってる。あとは突発的ゲリラで配信することもあるからチャンネル登録をして通知オンにしておけば万全だ」

「なんかいい感じだったのに台無しだよバカァ!」



 八月四日。

 牧野杏の懸賞金が取り下げられるまで残り九日。


 迅からLINEで『コスプレ売り子要員が見つかった』と連絡を受けた隼太は、指定された待ち合わせ場所のカフェに来ていた。


 む、むぅ。まさか迅殿がこんなオシャンティなカフェを選ぶとは、周りの陽の者たちの視線が痛いでござる。


 注文したコーヒーを口に含みながら、隼太はそんなことを考える。


 それにしても迅殿、一体誰を誘ったのでござろうか。


 と、疑問を浮かべた時、


「おーす、柿崎」

「っ!? ゆ、夢乃殿!? ま、まさか迅殿が誘ったのは……!!」

「うん、ウチのこと」

「な、なんと……」


 まさか学校のカースト上位に君臨する夢乃殿に声を掛けるとは、なんと怖いもの知らずでありますか迅殿ぉ!!


 い、いやしかし! たしかに夢乃殿のビジュアルがあれば、コスプレ売り子として申し分ない!!

 おまけにほかのサークルに売り子として勧誘されることもない!


 あまりにも盲点でござった!!

 考えれば考えるほど完ぺきな逸材でござる……!!


「どしたの?」

「うぇ!? い、いやなんでもないでござる! そ、それにしても迅殿が来ないでござるなぁ!?」


 隼太は無理やり話題を変えようとする。


「あー、迅なら来れないって。なんか用事があるみたい」

「なんですとぉ!?」


 衝撃の事実に隼太は愕然とする。


 ま、まさか夢乃殿と二人きりとは……!! 心臓が、心臓がもたんでござるぅ……!!


 あまりにも特異な状況に、思わず屈しそうになる隼太。

 そんな彼の様子を気にすることなく、真白は言葉を続けた。


「迅から大体の話は聞いてる。コミケ? ってのに出るからコスプレして売り子をやってくれって」

「っ!!」


 そこで、隼太は我に返る。


 そ、そうでござる……! 拙者たちの目的は、牧野殿の初コミケを成功させること!!

 そのために、なりふり構ってはいられないでござる!!


 迅殿だって、牧野殿に声を掛けるのには苦労したはず!! 拙者も、覚悟を決めるでござる!!


 隼太は顔を上げ、真っ直ぐに真白の目を見た。


「そ、そのとおりでござる。た、大変不躾ぶしつけなのは百も承知……ですが何卒お頼み申し上げる……!」

「うん、いいよ」

「そこをなんとか……! って、え?」


 予想外の真白の返答に、隼太は思わず間抜けな声を上げた。


「い、いいのでござるか?」

「うん。てかウチらがここに来た時点でそーゆーことでしょ」

「た、たしかに……!」


 あまりにも当たり前の指摘に、隼太はハッとする。

 そして直後、「ん?」と首を傾げた。


「ウチら……とは?」

「あー、なんか迅から売り子するトコの作家さんがすごい人気って聞いてさ。お金の受け渡しとか色々考えるとウチだけじゃ足りないかなって思って、呼んだ」

「ど、どなたを……」


 恐る恐る、問う隼太。

 すると彼の背後から、声が聞こえた。


「おやおや隼たん鈍いね〜」

「ましろが誘うなんて、あーしらしかいないっしょー」

「ま、まさか……!?」


 聞き馴染みのあるその声に隼太は振り返り、後ろのテーブル席を見た。

 そこには、


「やほ〜」

「あーしと会えなくて寂しかったか隼たん?」


 真白の友人、黛亜亥まゆずみあい来栖くるすりりあがいた。

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