第76話 その陰キャ、陽キャギャルとデートする ②

「あら、陽翔はるとくん。きみも今日撮影?」


 そう言って、真白と陽翔と呼んだ男の間に立つ。

 まるで、どこか陽翔と呼ぶ男の前に立ち塞がったようにも見えた。


「あ? なんだお前、邪魔だ」


 が、男はそんな松原さんを無視し、跳ね除ける。


「っと、大丈夫ですか松原さん」

「あはは、ありがと」

「気にしないで下さい。それより、誰ですかアイツ?」


 僕は男に聞こえない程度の小声で、彼女に尋ねた。


「えーと、彼は篠塚陽翔しのづかはるとくん。性格は乱暴だけど、今男性ファッションモデルの中でトップレベルの人気を誇ってるの。だからまぁ、私たちもあまり強く言えなくて……」


 なるほど、そういうことか。


 先ほどのやり取りがに落ちた僕は、再度篠塚という男に目をやる。


「久々だなぁ真白。半年くらい前の撮影以来かぁ? 会えて嬉しいよ」


 舐め回すような目つきで、真白を見る男。

 

「……っ」


 それに真白は心底不快そうな顔で応えた。


「ははっ、やっぱいいねぇお前の顔。最高に俺好みだ」

「ウチはアンタみたいなのキライ」


 きっぱりと、真白は篠塚を突き放す。

 その態度に、彼は少しだけ眉をひそめるが、すぐに言葉を続ける。


「なぁ真白。俺、今彼女無しフリーなんだよ。だから暇でさ。一緒に食事メシでも行こうぜ?」


 そう言って、篠塚は真白の肩に手を回そうとするが……。


「触んな」


 パシっ、と真白はその手を払う。


「アンタとご飯なんて死んでも行かない。さっさと離れて」

「……」


 ドンッ!!


 篠塚が真白の背後の壁を叩き、音を立てる。


「真白よぉ、お前は顔が良い。だが口が悪い。お前の悪いところだ」

「……」

「Mな野郎には刺さるのかもしれないが、あいにく俺にそんな趣味はない。だがまぁ……」


 近距離で真白を見下ろしながら、篠塚は言う。


「気の強いお前を屈服させる……それなら楽しめそうだ」

「ちょ、だから触んなって……!!」


 篠塚に腕を掴まれた真白は、その手を振りほどこうと力を入れる。

 だが、圧倒的な力の差を前に、その行為は無意味に等しかった。


「あぁもう、ホントにあの男は……!! 人気だからってなんでもやっていいワケじゃないのよ……!!」


 その光景を目にした松原さんは、わなわなと拳を握り、怒りの目を篠塚に向ける。

 彼女が篠塚の暴走を止めようとしていることは、容易に見て取れた。 


「松原さん」


 だから、松原さんに声を掛ける。


「え、なに唯ヶ原君?」

「ああいうのは下手に止めようとすると逆ギレされて危ないです。僕に任せてください」

「で、でもこれは私たち雑誌編集やモデルの問題で……無関係のきみを巻き込むワケにはいかないわ」

「無関係じゃないですよ。僕は真白の関係者です」


 そう言うと、僕は篠塚の方へと視線を向け、彼に近づいた。


「あのー」


 なだめるような声音で、篠塚との対話を試みようとする。

 ……が、


「あ?」


 どうやら逆効果だったらしい。

 面倒臭さと苛立ちが交差したような篠塚の表情を見て、僕はそう悟った。


「お前誰? つか、話しかけてくんなよ。ウゼェ、失せろ」


 おぉ……声かけただけなのに、すごい罵倒してくるやんコイツ。

 一瞬呆気にとられてしまったが、気を取り直し俺はしっかりと篠塚に言った。


「いえ、その……真白が困ってるんで、離れてくれませんか?」

「じ、迅……」

「……は?」


 どこか嬉しそうに俺の名前を呼ぶ真白。

 対照的に、篠塚は額に青筋を浮かべ、僕にガンを飛ばしてくる。

 そして真白から離れ、僕に接近してきた。


「お前、誰に口きいてんだ?」

「え、あなたですけど」


 なんだ? まぁ、よく分からないがこうして話かけてくれるなら好都合だ。

 できるだけ平和的に、この場をご退場願おう。


「この俺が誰か分かってんのか?」

「はい、さっき知りましたけど。人気のモデルなんですよね?」


 ……なんだろう。

 穏便に受け答えしているはずなのにさらに激しく睨みつけてきた……。


「そのとおりだ。なら、分かるよな?」

「???」

「真白と俺は超人気モデル。てめぇみたいなオタク丸出しの冴えないヤローが入ってきていい空間じゃねぇんだよ。つか、なんでここにいんだ?」

「あぁ、それは真白に待ち合わせの場所をここに指定されたからです」

「はぁ? お前が? ははは!! おいおい、なんの冗談だよ! 嘘ならもっとマシな嘘を……」

「嘘じゃないっての」

 

 ゲラゲラと笑う篠塚を遮るように、真白はそう言い放った。

 瞬間、篠塚の表情はさらに険しいものになる。


「どういうことだ真白?」

「どうもこうもないわ。ウチは今日、迅と『デート』するの。だからアンタに構ってるヒマなんて一ミリもない。分かる?」


 おいおい、もっとマシな言い方があるだろ。そんな風に言ったら……。


「ざけんなよ」


 案の定、篠塚はキレた。

 先ほどまでも僕に対する怒りはあったが、今度はその比ではない。

 明確に、僕に対する殺意を持っていた。


「なんで、てめぇみたいなヤローが真白と……。俺を差し置いて、認めねぇ。認めねぇぞ!!」


 そう言って、彼は僕に殴りかかってきた。


 結局こうなるのか……。


 ここで一つ補足しておく。

 先ほど僕は松原さんに『僕に任せてください』と言った。

 だが、これは別に僕なら篠塚を平和的に説き伏せることができます……という意味ではない。


 真意としては……。


「がッ!?」


 逆ギレされて暴力を振るわれそうになったところで、問題なく対処できるというだけの話だ。


「痛ぇ!! 痛ぇぇぁぁぁぁ!!」


 顔面めがけて飛んできた篠塚の拳を右手で受け止めた僕は、そのまま力を込めた。

 すると篠塚は激痛に悶え苦しむようにダラダラと汗を流しながらその場にヨロヨロと膝をつく。


「痛ぇ……! 離せ、離せよ……!! つーかなんだこの力、てめぇみたいなオタクがぁぁ!!」

「御託はいいです。もう僕たちに難癖なんくせ付けないって約束しますか?」

「はぁ!? そんなの……がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「答えはYESかNOです」

「わ、わぁかった……!! だからぁ、だからぁ早く離してくれぇ!!」


 篠塚の必死の懇願に応えるように、僕は手を離した。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 手をプルプルと震わせ、篠塚は息を切らす。


「クソが……!!」


 そして直後、そんな捨て台詞を残しその場から消え去った。


「ほぇぇ……驚いた。唯ヶ原くん強いんだね! アイツああ見えてなんかの格闘技で結構いい成績残してたみたいだけど」

「い、いやぁ。じ、実は僕も格闘技をたしなむ程度にやってまして。相手の格闘技とのかみ合わせが良かったと言いますか……」

「へ~。素人目にはなんか無理やり力でねじ伏せたように見えたんだけど、そうなんだ。格闘技って奥が深いんだね~」

「そ、そうなんですよ! はははは……」


 ズバリ言い当てられたことに内心焦りながら、僕は乾いた笑い声を上げる。

 

 ボロが出る前に話題をズラそう……。


 そう思った僕は、真白に声を掛けた。


「おい真白。お前あんな風に言ったらムダに波風立てるだけだろうが。もっと言い方を考えてくれ」

「あはは、ごめんごめん。ムカついてたからつい本音出ちゃった。けどまぁ、迅がなんとかしてくれるって信じてたから」


 真白はそう言って、穏やかに笑う。


「ったく……」

「ささ、それよりもデートデート! 約束しっかり守ってもらうからね!」


 呆れるように溜息を吐くのも束の間、僕は真白に手を引かれる。


「それじゃ朱里ちゃんまたね!」

「し、失礼しました!」


 そうして、僕と真白は部屋をあとにした。



 ポツンと部屋に取り残された朱里。

 

「うーん……?」


 そして彼女は腕を組み、首を傾げながら、言った。


「え、あれで付き合ってないの?」 

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