第72話 その陰キャ、賞金ハンターたちを滅する 後

 杏を拉致した不良三人は、一般の不良よりも数段高い戦闘力を誇る。

 だからこそ、今回1000万の懸賞金が掛けられている杏に手を出したのだ。


 彼らはいわゆる【賞金ハンター】。闇サイトで懸賞金が掛かってる者を獲物にし、狩る者たち。

 轟琥珀や神崎アグルが『表の不良』であるのなら、彼らはいわば『裏の不良』。

 無法者アウトローである不良に裏というのもおかしな話だが、とにかくそういう存在だ。


 懸賞金が掛けられるのは強者つわものの不良、もしくは強力な護衛が付いている要人ばかり。

 【賞金ハンター】の不良はそういった者たちを日夜相手取っている。戦闘力が高いのはそのためだ。


 ――だが、


 そんな彼らだからこそ、目の前の相手との戦力差もイヤという程に、分かる。

 勝てない、再び攻撃を仕掛ければ自分たちはやられる……殺される。


 研ぎ澄まされた生存本能が、そう叫んだ。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

「何なんだよぉアイツゥ!!」

「お、おい待て置いてかないでくれぇぇ!!」


 杏を拉致した不良たちは悲鳴を上げながら車から出ると、一目散に逃げ出した。


「おーおー、情けねぇ奴らだなぁ。この程度で逃げ出すとぁ、器が知れるぜ」


 呆れたように、言葉を漏らす走司。

 そして、そのあとに彼はこう続けた。


「ま、どっちにしろ逃げられねぇけどな……あーカシラ? 奴らそっち行ったぜ。俺も追って挟み撃ちするか? え、女の安全を確保しろ? りょーかいだ」



『はぁ! はぁ! はぁ!』


 走り、一刻も早く逃走を図る不良たち。

 

「やべぇ!! アイツヤベェ!!」

「逃げ一択!!」

「クソッ!! とんだ無駄骨だぜっ!!」


 細い路地裏を走りながら、吐き捨てるようにそう言い放つ彼らだが……。


「よっとぉ!」


 ドガンッ!!


「ゴホウッ!?」

「「……は?」」


 突如として上空から金属バットを振り下ろし、不良の一人を戦闘不能にした宇宙人の覆面マスクを着用した少女の出現に、ポカンと口を開けた。


「な、なんだ……お前!?」


 ブスリ。


「ぁぅ」


 次いで、背後から現れたジェイソンマスクを着用した少女による手刀の突きで、二人目の不良もあっさりと意識を失った。


「ひゃ、ひゃあ!?」


 走司と同じかそれ以上の強さを持つ少女二人を前に、残った最後の不良は腰が抜ける。

 そして極めつけ……。


「よぉ」


 が現れた。


 な、なんだ……コイツ……!?


 馬の覆面マスクを着用した男から放たれる、圧。

 耐えかねた男は、生きることを諦め、自ら意識を手放そうとした。

 だが、


「おい、寝るなよ」

「っ!?」


 絶対はそれを許さなかった。絶対による絶対の命令に、身体は反射的に動き、消失しかけていた意識は覚醒する。


「さて、と」

 

 馬の覆面を着用した男はしゃがみ込み、問う。


「なんで、あの方を狙った?」

「ひっ、ひっ、ひぃ……!!」

「おいおい、ちゃんと喋ってくれよ。なんのために、てめぇだけ潰さなかったと思ってる? 役割を果たせ」


 そう言って、彼は不良の肩に手をやった。


「そういや、さっきなんか言ってたなぁ? 無駄骨、とかなんとか……」


 ギリィ……!!


「あがぁ!?」


 不良の肩に、激痛が走る。骨は折れていない。ヒビも、恐らく入っていない。


「無駄ならよぉ。いらないよなぁ……この骨」

「あ、あぁいや……あの!!」

「いらなくないなら、ちゃんと話せ……できるよな?」

「は、はいっ!!」


 そうして、不良の口はハッキリとモノを喋るようになった。

 未だに目の前の男に対する恐怖心は健在だが、それよりも言う通りにしなければ確実に死ぬという強迫観念が、彼の脳を鮮明クリアにしたのだ。


 おー、こんなアニキを見んのは久々だな。本気ガチギレじゃねぇか。はーやっぱこういうアニキもカッケェぜ!


 上機嫌なお兄ちゃん、本気ガチギレのお兄ちゃん。今日はどっちも見れて、楽しい。


 そして、そのやり取りを見ながら、龍子と九十九は呑気にそんなことを考えていた。



「闇サイト?」

「は、はい。これです!」


 馬の覆面を着用した男……迅に向け、不良はスマホの画面を見せた。

 そこには闇サイトの掲示板が表示されており、杏が懸賞金に掛けられていることが示されている。


「お、俺たちは【賞金ハンター】で、これを見てあのを……」

「女……?」

「い、いえあのを拉致したんです!! ホントにすいませんでしたぁ!!」

「……」


【賞金ハンター】である不良からの謝罪。

 だが迅はそんなものは聞き流し、今後について思考していた。


「分かった。状況は把握できた」


 そして数秒後、そう呟き迅は立ち上がる。

 助かった、不良が内心で安堵するのも束の間……。


 ドガン!!


「あがぁ……!?」


 不良の顎に、これまでに経験したことのない衝撃が生じる。

 迅の0.01%ほどの力で放った蹴りがさく裂し、彼は建物の屋上へと吹っ飛んだ。


「あれ。もういいのかアニキ?」

「あぁ、ソイツからはもう大した情報は引き出せない。それよりもやるべきは……」


 そう言いながら、迅はスマホを手に取り連絡する。


『はーいもしもし大将! 無事牧野杏ちゃんは助け出せたー?』


 本日二度目……【常闇商会】のボス、倉式怪音に。


「あぁ、お前の情報のおかげだ。助かった怪音、この礼は必ずする」

『いやいやそんな気にしないでよ大将~。あーいやでもどうしてもお礼してくれるって言うなら~、今度私の秘密基地で二人きりで遊んでくれたりしてくれると嬉しいかな~』

「分かった」

『即答!? まさかオーケーもらえるなんて思ってなかったよ~』

「するに決まってるだろ。お前はそれだけのことをしてくれたんだ」


 迅にとって、『ずんだ餅』である杏は偉大な存在。その彼女の救出の多大な貢献をした怪音に対し、あまりにも多大な恩義を感じていた。


『うしし、これは色々準備しとかないといけませんな~』

「それで、ついでなんだがもう一つ聞いていいか?」

『ん、なになに~?』


 そこで、迅は怪音に事情を説明した。


『は~なるほど。杏ちゃんに懸賞金が』

「あぁ。だからこの闇サイトの閉鎖、もしくは牧野さんの懸賞首だけでも取り下げることはできないか?」

『ん~、ソイツはちと難しい相談だね~。この闇サイトメチャメチャセキュリティ固いんだよ。海外サーバーも何個も経由してるから尻尾掴むのもムズいし』

「そうか……」

『でもまぁ……杏ちゃんに懸賞金を掛けた奴が誰か調べるなら、頑張ればいけるかも』

「ホントか!?」

『うん! ちょっち時間は掛かると思うけど』

「それでいい、調べてくれ」

『オッケー! それでさぁ大将。お礼のことなんだけど……』

「上乗せしてくれて大丈夫だ」

『ホイキタァ!! 怪音ちゃん超絶頑張りマスタング!!』

「頼んだ」


 そう言って、迅は怪音との通話を終了させる。


『……』

「? どうしたお前ら」


 すると、彼は龍子と九十九がどこか柔和な笑みでこちらを見ているのに気が付いた。


「アニキ、アタシも不良一人ぶちのめしたぜ!」

「九十九も、やった……!」

「……」


 その言葉の意図を、迅は瞬時に理解する。

 二人は今、怪音同様にご褒美が欲しいのだと。


 迅の頼みであればなんであろうとタダで引き受ける二人であったが、今の通話での怪音とのやり取りを聞き、悪知恵を働かせたのである。


 ……が、


「いや、お前らは居候してる分でプラマイゼロ……というかマイナスだぞ」

「ぐはぁ……!?」

「そ、んな……」


 あまりにもぐうの音も出ない迅の正論に、二人はなす術なく崩れ落ちた。

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