第73話 その陰キャ、神絵師護衛団を結成する

「あ、あのぉ……」

「ん、んぅ……」


 先ほどの衝撃で頭を打ち、気を失っていた杏。

 そんな彼女は外部から身体を揺すられ意識が覚醒、ゆっくりとまぶたを開けた。


「誰ぇ……?」


 視界に映る気弱そうな少年を見た杏は、定まらぬ思考でそう尋ねる。


「あ、えぇと僕は秋名走司って言います。一応、あなたを助けに……きました」

「助け……? はっ!?」


 そこまで言われ、杏の意識は完全に復活する。同時に、これまでの経緯を思い出す。


「そ、そうだ私……怖い人たちに捕まって……!」


 瞬間、彼女の内側から不安と恐怖が噴き出し始める。それを見て、バイクから降りた状態の走司は落ち着けようと声を掛けた。


「だ、大丈夫です。あなたを拉致した人たちはみんな追い払いました。もう一度襲ってくることも、ないと思います……。まぁ、僕みたいなのが言っても、信じられないと思いますけど……」

「追い、払った……?」


 走司の言葉を反芻はんすうするように呟いた杏は、キョロキョロと辺りを見回す。

 そして、自分を拉致した不良はいなくなっていることを確認した。


「よく、分からないけど……ありが、とう……?」

「うぇ!? あ、はい。どういたしまして……」

『……』


 そこで二人の会話は止まる。

 二人の圧倒的なコミュ症は、気まずそうに目を逸らした。


「走司!」


 と、そこに救世主が現れる。

 

「あ、迅さん!」


 居た堪れない空間からの脱出に、走司は晴れやかな表情で彼を迎えた。


「迅、さん?」


「ん?」といった表情で首を傾げる杏。

 無論、そんな反応をしたのはそこ名前に聞き覚えがあったからだ。


「牧野さんは無事だろうな?」

「は、はい。怪我もないです。多分……」


 迅からの問いに、走司はおどおどとした様子で答える。

 そんな彼を見て、かつて死線を共にくぐり抜けた龍子と九十九はポンと肩に手を置いた。


「ったく、単車から降りると相変わらずだなぁ走司!」

「ひ弱モード、ウケる」

「りゅ、龍子さんに九十九さん。お、お久しぶりです……」


 彼女らを見て、走司はペコリとお辞儀をする。


「え、えぇと……」


 な、なんだろうこの人たち……。


 目の前に現れた初対面の存在に、疑問を呈する杏。

 そんな彼女の前に、迅は立った。


「牧野さん。ご無事でなによりです」

「え、えぇと……ど、どうも?」


 杏の言葉に、ホッと胸を撫でおろす迅。

 そんな彼の様子や声色、加えて先ほどの走司の言葉から、彼女の中に『もしや』という感情が生まれた。


「あ、あの……さっきそこの人があなたのこと、『迅さん』って呼んでたけど。もしかして……」


 恐る恐る、上目遣いで杏はそう尋ねる。

 一瞬言葉に詰まる迅ではあったが、ここで下手な言い訳は通用しないと考え、彼は馬の覆面マスクを外した。


「はい、お察しの通り……唯ヶ原です」

「や、やっぱり……唯ヶ原さん、だ」


 素顔を見て、迅を迅だと確信する杏。

 直後、彼女の頭の中に大量の『?』が浮かぶ。

 

 当然だ。

 いきなり不良たちにワケも分からぬまま拉致されたかと思えば、今度は迅を含む良く分からない覆面集団がに助け出された。


 杏の脳内CPUが処理落ちしそうになるのも無理はない。


「順を追って説明させていただきます。牧野さん」


 それを察した迅は、真剣な眼差しを向け杏に事情を説明することにした。


「とりあえず、場所を変えましょう。すぐに警察も来るでしょうし」



 牧野さんを救出した時点、傍から見れば事故が起こったように見える現場から離れ、僕たちは深夜営業をしているファミレスに入った。

 なにも注文しないのはさすがに忍びなかったので、僕らは軽く食事を注文する。

 ちなみに一番高いモノを頼んだのは龍子と九十九だ。払うのは僕なんだが……。


 と、まぁ今そんなのは些細なこと。

 僕は牧野さんに状況の説明を行った。


 通話の終わり際、牧野さんの様子に違和感を感じ、怪音伝手を使って調べたこと。

 牧野さんが不良に拉致されたことを突き止め、救出に来たこと。

 そして、拉致された原因は牧野さんが賞金首となっていること。


 包み隠さず、話す。

 不良に拉致られるという体験をした以上、どんな誤魔化しも意味を成さないからだ。


「わ、私が……賞金首。ぜ、全然……実感、湧かない……」


 全てを聞いた牧野さんは、頭から煙を出し、目はグルグルと回していた。


「……あ。て、ていうことはもしかして……私って、まだ狙われてる、の……?」

「はい、その通りです」


 真実に気付く牧野さんに、僕はハッキリと告げる。

 そして直後、こう続けた。


「ですが安心してください……賞金首の期限が切れるまで牧野さんには僕たちがついてますから!」

「でも、それだと唯ヶ原くんたちが……危険な目に……」

「大丈夫です! 僕もコイツらもかなり強いんで! 誰が来ても返り討ちです!」


 あの状況から助け出したことで、牧野さんは走司が強いであろうことを認識している。

 故に、守るという言葉には相当の説得力が生まれている。


 だが、牧野さんはどうも乗り気ではなかった。


「……や、やっぱりダメだよ。そ、そんなに迷惑、掛けられないし……」


 くっ、なんて聖人なんだこの方は……!! 僕らのことなんて気にする必要はないというのに……!!


 神絵師の温かみに触れ、思わず感涙する。


 とはいえこのままではダメだ。依然牧野さんは危険な状況にある。黙って見ているワケにはいかない。

 なんとか説得しなければ……。


 そう思い、説得の糸口を見つけようとしたその時……。


「おい、いい加減にしろよてめぇ」


 龍子が牧野さんを睨み付けた。


「え、な、なに……?」

「「なに」じゃねぇよゴラ。さっきからウジウジしやがって。イラつくんだよてめぇ」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」

「おい龍子。牧野さんに失礼な口を叩くな」


 委縮する牧野さんを横目に、僕は注意する。


「いいや、言わせてくれアニキ。じゃねぇと、コイツには伝わらねぇ」


 ただただ牧野さんに暴言を吐くのなら、止めさせるつもりだった。

 しかし、龍子の目にはたしかな意思があった。


 何年も一緒にいるからこそ、分かる。こういう時の龍子は、ちゃんとやる女だと。


「……」


 だから僕は、口を出すことを止めた。

 それを見た龍子は、再度話し始める。


「牧野、つったか? 一つ聞くけどよぉ、アタシらが守らねぇで、てめぇどうするつもりだよ? また今日みたいに拉致られんのか? それともアタシら以外に守ってくれる奴がいんのか?」

「そ、それ……は」


 龍子の問いに、牧野さんは口をつぐむ。


「アタシはよぉ、ぶっちゃけてめぇがどうなろうとどーでもいい。けどよぉ……最ッ高に不本意だが、アニキがてめぇを守れって言ってる。だからアタシはてめぇを守る。これはもう決定してんだよ。だから受け入れろ。うだうだ言ってアタシらを拒否するんじゃねぇ。その方が『迷惑』だ」

「……」


 容赦無く畳みかけられる、龍子の言葉。

 牧野さんは肩を震わせ、黙ってそれを聞いていた。


「牧野さん」

「な、なに……?」


 そんなが彼女に、僕はできるだけで優しく声を掛ける。


「牧野さん、僕と隼太に言いましたよね。コミケのサークル参加を手伝ってほしいって」

「それは……うん」


 牧野さんがコクリの頷く。


「同じです」

「え……?」

「牧野さんが無事にコミケに出られるように、全力で守る……これも立派な『手伝い』です」

「で、でも……そんなことまで、させて……私、なにもお礼……できない」

「そんなことありません!」


 僕は即答する。

 そして圧倒的熱意を込め、牧野さんの目を見つめた。


「コミケに向けて最高の、創って下さい。それを見ることが、僕にとって最大のお礼になりますから」


 嘘偽りない僕の本心を伝える。

 彼女は一瞬、信じられないといった表情をするが、すぐに僕が本気でそう言っていることを理解したらしい。恐らく頭ではなく、心で。


「わ、分かった。私、最高のヤツ……描く。だから、私を……守って、ください……!!」


 振り絞るように、吹っ切れたように、まぶたを強く閉じながら、牧野さんは声を上げた。


「よーやく腹ぁ括ったか」

「任せろ、お兄ちゃんのために、九十九がお前守る」

「が、がんばります……」


 そんな彼女に対し、龍子、九十九、走司は応える。

 そして最後、締め括るように、僕は言った。


「任せてください! 僕たち護衛隊が、貴方を守ってみせます!」


 こうして、僕たち護衛隊が【賞金ハンター】から牧野さんを守る生活が始まったのだった。

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