第71話 その陰キャ、賞金ハンターたちを滅する 前

「ふんふんふ〜ん」


 まさか僕のクラスメイトにくくるちゃんのママがいるなんて。

 なんという幸運。いつか創作秘話とか聞いてみたいものだ。


 夕食を作らなから、僕はそんなことを思う。


『……』


 そんな僕に、ジト目を向ける少女二人。


「なぁなぁアニキ。どーしてそんな機嫌良いんだよー」

「今日はいつにも増して、鼻歌にキレある。お兄ちゃん、超上機嫌」


 龍子と九十九である。

 二人は僕の機嫌が良い理由を知りたいようで、好奇心に溢れた目を向けていた。


「お前らに〜、言ってもぉ〜分からな〜いよぉ〜!」


 あまりの機嫌の良さに、思わずオペラ調で答える。

 そんな僕を見て、龍子と九十九は顔を見合わせる。


「おいおいどーなってんだぁ!? あんなアニキは初めて見るぜ……!!」

「激、レア」

「さぁできたぞお前ら〜」


 そんな奴らを他所に、僕は出来上がった料理を机の上に並べた。


「っ!? アニキ、コイツ牛肉じゃねぇか……!!」

「いつも、豚か鶏なのに」

「いや〜たまにはこういうのもいいかと思ってなぁ〜」


 普段は家計を考え絶対に購入しない高級品だが、今日ばかりはサイフの紐が緩んでしまった。


「おい九十九、アタシ怖くなってきたぜ……」

「不本意だけど、気が合う」

 

 そう言いながら、二人は料理を口に運ぶ。


『うま~い!!』

 

 どうやら抱いていた不安は、牛肉の美味さで吹き飛んだようだ。

 刹那的で野性的に生きているコイツららしい。


 ~~♪


 その時、僕のスマホにLINEの着信が入った。

 

「ん?」


 スマホを取り、画面に目をやる。


「はっ!?」

 

 画面をみた瞬間、僕は即座に緑の応答ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


「はい唯ヶ原です! どうしましたか牧野さん!」


 今日隼太が作ったばかりのグループから通話を掛けてきた牧野さんに、僕はそう尋ねた。


『へ、いや……その……て、手伝ってくれること、まだお礼言ってないって思って……それで、直接言った方がいいかなって……だから、それで……あの、ありがとう……唯ヶ原さん』

「……」


 震え、絞り出すような声が、スピーカーの向こうから聞こえてくる。

 決死の想いで、感謝の言葉を伝えてくれたことが、分かる。


 僕は感激した。走り回りたい衝動に駆られた。

 だが、平静を保った。それはなにか、違うと感じたから。


「絶対、成功させましょうね。コミケ」

『っう、うん……! が、頑張る!』


 意気込むような彼女の声。僕は自然と、笑みがこぼれた。

 

『そ、そうだ。あと柿崎さんにも、お礼言いたかったけど……』


 次いで、牧野さんがそう口にする。


「あぁ。そういえば通話に参加してきませんね隼太の奴。風呂にでも入ってるんでしょう。また改めて連絡すればいいと思いますよ」

『う、うん。分かった……そうする』


 これ以上特に話すことも無い。というか僕がおおれ多すぎて話せないので、通話が終了する流れとなる。

 平和に解散となると思ったその時、


『それ、じゃ……!? きゃ!?』


 ――ん?


 不穏が、足元をすくう。


『おいおい、通話してんじゃねぇかコイツ』

『切っとけ切っとけ』

『へーい』


 ピロン♪


 突如として聞こえた男の声を最後に、通話が切れる。

 それが異常事態だと理解するのに、一秒も掛からなかった。


「……」


 次の瞬間、僕はある番号に連絡する。

 本来であれば使いたくなかったが、そんなことは言っていられる状況ではない。


『はーいもしもし大将! どしたのどしたの?』

「怪音。調べて欲しいことがある」

『あいよ! 大将の頼み、全力で遂行させていただきます!』


【常闇商会】のボスである怪音に、僕は簡潔に事情を説明する。

 

『なるほど了解! んじゃあその牧野杏って子を拉致った奴らの動向を知りたいんだね?』

「あぁ、頼めるか?」

『モチのロンの助! その子の住所を調べて、近くの防犯カメラを見ると……お、いたいた』


 そう言って怪音は、僕のスマホにリアルタイムの映像を送って来た。

 映像には牧野さんと思しき人、そして彼女を拘束し家の前の車に運び込む男たちが観測できた。

 

「怪音、コイツらの監視を続けて逐一位置情報を教えろ」

『了解です! ドローンで追尾しとくね!』


 そう言い残し、通話を終了させる。そして、龍子と九十九に目をやった。

 ただならぬ僕の雰囲気の変化を察したのだろう、龍子は既に愛刀バットを持ち、九十九はバキバキと指を鳴らしていた。


「お前ら、準備はいいな?」

「おう! アニキの頼みなら、アタシはいつでも準備万端だぜ!」

「九十九も、オーケー」

「よし」


 僕は立ち上がる。その時、ふと思いついた。


「……一応アイツにも追わせるか」


 

「いやぁチョロ過ぎんだろ今回!」


 黒いワゴン車の中で、後部座席に座る不良は愉快そうに口を開く。


「あぁ。こんなんで1000万とはよぉ。コスパ最高だなぁ!」

「マジそれな! 懸賞金設定した奴どうかしてるぜ!」


 ワゴンを運転している不良と、助手席に座っている不良はそう言ってケラケラと笑う。


「……」


 な、なにこれ……。どうなってるの……なんで私……。

 

 そんな中、拉致られたあんずは置かれている現実に実感が湧かないでいた。


「さ、あとはこの女を引き渡すだけだなぁ。おい、連絡して場所指定しとけ」

「へーい」


 後部座席の男から連絡用のスマホを投げ渡された助手席の不良は、ダルそうにアプリを開き文字を打とうとする。

 

「ん?」


 その時だった。ふとサイドミラーに目がいった彼は、あるモノを捕捉する。

 

「おい、なんか後ろの……ドンドン近付いてきてねぇか?」

「あぁ?」


 言われ、後部座席の不良は後ろに目をやる。そこには、ヘッドライトを煌々こうこうと照らしながら距離を詰める一台のバイクの姿があった。

 そして数秒後、そのバイクは不良たちの乗るワゴン車と並走するに至る。


「おいおい、なんだよコイツ……?」

「はっ、考えりゃあ分かんだろ。俺たちと同じ賞金ハンターだ。この女を俺たちから奪って、懸賞金をもらおうって魂胆だろ。させるかよ……やれ!」

「任せろ!!」


 運転手の不良はハンドルを曲げ、バイクにぶつかろうとする。

 ……だが、


 ドン!!


「な、なにぃ!?」

「この野郎、で接触を防ぎやがった……!?」


 横から迫るワゴン車を、片足で止められたことに、不良たちは目を見開く。

 

「おいおい、随分なご挨拶じゃねぇか。なら、俺も返さねぇとなぁ!!」


 ドゴォォォン!!


 バイクに乗った男がワゴン車を蹴る。

 その威力は凄まじく、車体は激しく揺れ、ジグザグ走行を余儀なくされる。


「うぉぉぉぉぉ!!??』

「きゃっ!?」


 当然、車内の者は杏を含めその衝撃に声を発した。


「っと、そういやカシラから手荒な真似マネすんなって言われたんだった。しゃあねぇ、もっとバトりたかったが……」


 ブゥン!!


 男は瞬く間にワゴン車を追い越し、二十メートルほど進んだ所でハンドルを切り返す。


「お、おい!!」

「何だよあのバイク……!!」

「こっちに向かってくるぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 叫ぶ不良たち、だがもう遅い。


か!! よっとぉ!!」


 男は威勢の良い声を上げ、バイクの前輪を上げる。

 前輪を上げ、後輪のみで走行するバイクのテクニック、ウィリー。

 その状態のまま、男はワゴン車に正面から突っ込んだ。


 バイクとワゴン車の車間距離が十メートルを切る。

 瞬間、バイクは


 ――そして、


「【車輪タイヤ落とし】!!」


 バキィィィィィィィィィン!!


 ワゴン車のボンネットに、上空から前輪を叩きつけた。

 それはまるで、人間のかかと落とし。


 ワゴン車は煙を出し、為す術も無く停車させられた。


「ふぃ~、一丁上がり」


 そして、それを見下ろしながら元【悪童十傑】であり『羅天煌捌番隊隊長』の秋名走司は満足げに息を吐いたのだった。 

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