第70話 その陰キャ、サークル参加の道のりを知る

「さぁ、それではコミケ出展に際し、必要な事項を示していくでござる!」


 そう言って、隼太はボールペンで紙につらつらと文字を書いた。


 1.印刷所の手配

 2.搬送・搬入の手配

 3.当日の設営用品の用意

 4.お釣り用のお金や食事等の用意

 5.コスプレ売り子の確保(人手の確保)


「1と2は拙者に任せるでござる。昔の伝手つてを頼ればなんとかなるでござるからな」


 隼太は得意な表情で胸を張る。


「3の設営用品ってなんだ?」

「商品の価格を示すための値札やポップ、客に場所を示すためのポスターとそのスタンドなどのことでござる。普通の店でもよくやっているでござるな」

「あーなるほど」


 僕は3の意味を理解した。

 4に関しては見たままだから特に質問をすることはない。

 残るは……。


「コスプレ売り子って……なんだ?」

「当日コスプレして商品の受け渡しやサークル前で商品の宣伝をするお手伝いさんでござる」

「いや意味は分かるんだが……それ必要か?」

「必要でござる!!」


 素朴な僕の疑問に、隼太は顔面を接近させて答えた。

 

「いいでござるか迅殿。牧野殿はシャッターサークルなのでござるよ」

「シャッターサークル……?」


 聞き慣れぬ言葉に首を傾げる。


「シャッターサークルというのは会場のシャッター前のスペースに配置されるサークルのことで、まぁ超大手サークルという意味でござる。ちなみに大手が『壁』、コミケ初参加のサークルはほとんどホール中央のいわゆる『島』に配置されるのでござるが、コミケ運営が『ずんだ餅』様の絵師としての知名度と人気を考慮し、意図的にシャッター前に配置したのでござろう。ま、当然の判断と言えるでござるな」

「べ、別に私……ぜんぜん『島』の方で良かった、のに……」


 とても申し訳なさそうな表情で、牧野さんは目を伏せた。


「いや、残念ながら牧野殿が『島』配置だった場合、牧野殿の商品を買いに来た買い手が長蛇の列をし、他のサークルの妨げとなってしまうでござる。故に、長蛇の列となってもスペースの確保が可能なシャッター前に配置されたのでござろう。大手のサークルが壁やシャッター前に配置されるのは、主にこれが理由でござるな」


 コホン、隼太はそこで一度咳ばらいをし、再度僕に目をやった。


「分かるでござるか、迅殿。牧野殿のサークルは圧倒的なブランド力と期待を備えた超新星!! よって、見栄えも相応のモノにする必要があるでござる!!」

「見栄え……それでコスプレ売り子か」

「そうでござる!! 他の大手サークルはもちろん、島に配置されたサークルもコスプレ売り子がいるのはそう珍しくはない……他のサークルにおくれを取るわけにはいかんでござる!!」


 隼太は熱弁する。その眼はたしかな情熱が宿っており、本気度がうかがえた。


「それにそもそもの話、人手は拙者ら以外にも必要でござる。拙者らだけでは到底当日来る客を捌き切ることはできんでござるからな」

「え、そ、そうなの……?」


 そこで、牧野さんが驚いたように口を挟んだ。


「壁サークルやシャッターサークルが当日に捌く部数は凡そ3000前後……すなわちそれだけの人数の客が当日押し寄せるということ。休みも交代もなくそれだけの数を捌くのはほぼ不可能でござる」

「ひ、人増えるの……緊張、する……」

「そ、その辺りは安心してほしいでござる! 牧野殿が安心して売り子を任せられる者たちを拙者が厳粛な審査をもっ見繕みつくろってくるでござる!!」


 不安そうに声を上げる牧野さんに、隼太はすかさずフォローを入れる。


「わ、分かった。そ、そういうことなら……うん、柿崎さんを、信じる」

「はうッ!? ま、まさか牧野殿からそんなお言葉をいただけるなんて……感激でござるぅ……」


 感銘を受けた隼太は、ガクリと床に膝を付き涙を流した。


 くっ、なんて羨ましい奴だ。僕も牧野さんからそんなことを言われてみたい……!!


 僕は感情を表に出すことをせず、内心で激しく隼太を羨んだ。

 そんなこんなで、話し合いは進んでいった。



 滞りなく話し合いが進んだ結果、牧野さんのサークルの方針は凡そ固まった。


 まず、当日に販売する本の部数は3000部。

 この数字は『牧野殿の可能性ポテンシャルを考えるとこれくらいでござる』と隼太が設定したものである。

 あとは買えなかった客が暴動を起こすのを防ぐため、店に委託販売を依頼するそうだ。そこら辺も隼太が手配してくれるらしい。


 列整理に関しては事前にコミケ運営側のスタッフに頼み、連携を取ることになった。

『ずんだ餅』さんのサークルならコミケ側もそこら辺は理解してくれる、というのが隼太の見解だ。


 そして当日までの役割分担。

 これは言わずもがな、隼太が事務処理で僕が必要な物の買い出しとなった。

 牧野さんが作業に集中できるよう、雑用は全て僕たち二人がやる。これは僕と隼太の共通認識であった。


 こうしてコミケ上級者の隼太によって、実に合理的な采配が行われてあったのである。


「さてと、それじゃあ拙者が連絡用のグループを作ったので入ってくだされ。なにかあればここに書いてほしいでござる」


 最後に、僕と牧野さんは隼太が作ったLINEグループに入り、今日は解散することになった。


「それじゃあ牧野さん、なにかあればすぐに対応しますので!」

「牧野殿は全力で創作をしてくだされ!」

「う、うん。じゃ、じゃあね……」


 ペコリと頭を下げた牧野さんは背中を向け、その場を後にした。

 残されたのは僕と隼太のオタク二人。


「……迅殿」

「……なんだ」


 深刻そうに僕の名前を呼ぶ隼太。

 一体なにを聞かれるのか……予想はついている。


「牧野殿のLINE……これ、友達申請していいのでござるか……!?」

「分からない……!! 僕も今必死でそれを考えている……!!」


 神絵師のLINEを友達申請していいのかどうか、今世紀最大の議題について僕と隼太は議論を交わしながら帰路についた。

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