第69話 その陰キャ、神絵師に仕える

「ま、牧野さんが……!?」

「『ずんだ餅』様ですと!?」


 ここ最近で一番の衝撃を受け、目を見開く僕と隼太。


「う、うん……。あ、いきなりこんなこと言っても、信じてくれない、よね。こ、これが一応……証拠」


 対し、牧野は恐る恐る頷きながら、スマホのTwitterの画面を見せてきた。

 そこには、彼女が『ずんだ餅』様のアカウントでログインしていることが克明こくめいに示されていた。


『……』


 疑いようのない事実を突きつけられ、固まる僕と隼太。

 直後、身体は無意識に動いた。


『神よッ!!』


 そう言って、僕と隼太は神の前にひざまづく。


「きゃっ!? ど、どうした、の……?」


 突然……だが必然である僕たちの行動に、神は驚いたような声を上げた。


「まさか貴方が神だったとは……ナメた口を利いてた僕をどうか罰してください!!」

「右に同じくッ!! 知らなかったとはいえ、神にあのような態度……到底許されるものではないでござるぅ!!」

「ふぇ……? いや、あの私神さまなんかじゃ……」

『そんなことはありませんッ!!』

「ひっ!?」


 驚いたように、神は一歩後ずさる。

 

「貴方はくくるちゃんのママ!! 神と呼ぶにふさわしい!!」

「その通りでござる!!」

「え、えぇ……」


 困惑する神。

 僕たちは構わず言葉を続けた。


「僕には売り手側の知識はありません!! ですがその分命を懸けて、貴方のために尽力させていただきます!! 奴隷と思ってコキ使ってください!!」

「馬車馬の如く働くでござるッ!!」

「……」

 

 何故だろう、若干引かれている気がする。

 僕たちの情熱パッションが伝わらなかったのだろうか。


 一瞬そんなことを考える。

 が、どうやらそれは杞憂だったようだ。


「わ、分かった。じゃ、じゃあとりあえず……お願い聞いてもらっても、いい……?」

『なんなりとッ!!』


 神から下される初めての指令。

 どんなものであろうと完遂してみせる、そう意気込み僕らは返事をする。


「か、神さまって呼ぶの、やめて……」


 僕たちの『神』呼びは即座に拒否された。



「そ、それであの……牧野殿。ひとつ、聞きたいことがあるんでござるが……よろしいでござるか?」


 なんとか平静を保ちつつ、いつも通りの調子で、隼太は神……ではなく牧野さんに問い掛ける。


「なぜ拙者らに協力の依頼をしてきたでござるか? 牧野殿はTwitterのフォロワー三十万を超える神絵師、加えてくくるちゃんのママであることから企業出展を行っている【ハウンズ】とも容易に連絡が取れるはず。拙者らよりも有用な方々を確保できると思うのてこざるが……」


 たしかに、隼太の言う通りだ。

 牧野さんを否定するつもりなど毛頭ないが、彼女ほどの人気者であるのなら、わざわざ僕たちを頼る必要などない。


「そ、それは……その……」


 両の指を合わせ、言い辛そうに顔を反らす牧野さん。

 だがすぐに、彼女は意を決したように口を開いた。


「わ、私……見て分かると、思うけど、コミュ症で……だ、だから……ネットの、知らない人に頼るの、怖くて……あと、【ハウンズ】の人たちは……みんな大人で、話しづらいっていうか……」

『……』

「や、やっぱり……ダメだよね、私。こ、こんなに人、見知りで……」

「ふっ、なにを言っているんですか牧野さん」

「拙者たち、そんなことは微塵も思ってないでござる」


 直後、僕たちは即座にそう答える。

 

「え、でも……」

「牧野さんほどの高次元な存在が低次元な僕らと会話することに躊躇ちゅうちょするのは当然のことです」

「むしろ牧野殿と同じ次元に至れていない自分を恥じるばかりでござる」

「そういう解釈かいしゃくなの……?」


 僕たちの返答に、牧野さんは何故か目を丸くした。


「しかし、余計に分からないでござる。それでどうして拙者たちに声を?」


 帰着する本題。気を取り直すように牧野さんは答える。


「えぇと、それは……ふ、二人はくくるちゃんのこと……好き、だよね……?」

「え……?」

「はい……?」


 あまりにも唐突なその問いに、僕と隼太は思わず声を漏らす。


「はい、大好きですけど」

「み、右に同じでござる」


 だが動揺は一瞬。

 僕たちは即座にオタクとしてのくくるちゃんへの想いを述べた。


「だ、だ……よね。じ、実は……この一学期中に、二人のこと、見てて……。ふ、二人ともすごくい、良い人そうで、純粋なVのオタクだと、思ったの。だ、だからこうして、声を掛けさせてもらったって、いうか……」

『……』


 僕と隼太は顔を見合わせる。

 そして、次の瞬間には互いに身体を抱き合わせていた。


「ふぇ!? な、なんてたまらない光景……ごちそうさまです……」


 何やら牧野さんが思わず首を傾げそうになる発言をした気がするが、今は栓なきこと。


「迅殿……!! 拙者真面目にVのオタクをやってきて今日ほど幸福と思ったことはないでござる!!」

「僕もだ隼太……!! こんなに嬉しいのははくくるちゃんの3D決定とワンマンライブ開催決定以来だ!!」

「結構あるでござるなぁ!!」


 同士二人の熱い抱擁ハグ

 僕たちはこの時代、この地で牧野さんと同じクラスになったという巡り合わせ……その幸福を深く噛みしめた。


 かくして、牧野さん……もとい『ずんだ餅』さんのコミケ出展に協力するという使命を得た僕たちの、灼熱の夏はこうして始まった。



 迅たちが牧野のコミケの手伝いをすることになったほぼ同刻。


「はぁ、はぁはぁ……い、いいんだな? 本当に、これでいいんだなぁ……?」

 

 酷く興奮した様子で、男は隣にいる道化ピエロの面を被る男に問い掛ける。


「えぇ。これで賞金ハンターの不良たちがを狙います」

「そ、そうかぁ。は、はは……!! ありがとよぉ、こんないいモン教えてくれて……!! これっぽっちの金で、足跡あしを付けずにあの女に天誅を下せるなんて、最高だぁ……!!」


 男は目をギラつかせながら、目の前のPCの画面を凝視した。

 映っているのは裏で生きる無法者アウトローである不良御用達ごようたしの闇サイト。


 そして、そこにはこう書かれていた。


 対象:牧野杏まきのあんず

 大惨事学園一年


 懸賞金:1000万

 期限:8月12日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る