第四章 神絵師防衛戦

第68話 その陰キャ、神絵師と邂逅す

 七月二十三日。

 期末テストが終わり、クラスメイトたちは浮足立っていた。

 だが、理由はそれだけではない。


「へーい。それじゃあ今日で一学期は終了。明日から夏休みだ。あんまハメ外すなよ~。お前らがなんかやらかすと俺が駆り出されるんだからな~」


 そう、僕たちの担任である加賀先生の言う通り、明日から高校生初の夏休み。

 皆が浮足立っているのはそういうことだ。


「よーし、それじゃあこれで俺のホームルームは終わり。また一か月後、元気にお前らの顔面が見れることを楽しみにしてるぞー」

「加賀せんせー。発言に心がこもってなーい」


 手を挙げ、黛が茶々を入れる。


「なにを言ってるんだ黛。俺ほど生徒のことを想ってる教師なんざ早々いないぞ」

「あははっ、最高に嘘くさいって加賀ちん!」


 全く以て感情がこもっていない加賀先生の言葉に、来栖はケラケラと笑った。


 こんな感じで、僕の夏休みは幕を開けたのである。



 加賀先生のホームルームを終え、午前で学校は終了した。

 部活がある人たちは部活動へ向かい、帰宅部はそのまま帰宅。

 そんな中、僕は隼太と共に教室に残っていた。


「ふっふっふ、いよいよアレが近付いてきたでござるな。迅殿」

「……あぁ!!」


 キラリと眼鏡を光らせる隼太に、僕は強く首を振る。


「さて、それでは拙者たちオタクの夏の一大イベント……コミケの行動計画を練るでござる!!」


 コミックマーケット、略して『コミケ』。

 年に二度、夏と冬に開催されるオタクたちにとっての祭典だ。

 

 僕と隼太は来月開催される夏のコミケ……夏コミに参加するのである。


 ちなみに、隼太と違い僕は今回が初参加だ。

 去年の夏ごろまでは【羅天煌】の全国制覇ツアー真っ最中だったからな。

 

「ふふふ、今年は推しの絵師様たちが多く出展するでござる。しかし時間は有限。人気のサークルは長時間並ぶ可能性濃厚!! そのため計画的に、合理的にブースとサークルを回る必要があるでござる。なので……!!」

 

 隼太がビシッと僕を指差す。


「拙者と迅殿で事前にどう立ち回るかを決めておき別行動することによって、目的のブツを全て手に入れるでござる!!」

「よっ!! 流石隼太さん、天才だぁ!!」

「ははっ、あまり褒めるでない迅殿。さ、では早速回るブースを決めるでござるよ~」

 

 そう言って、机の上に広げられたのはコミケの今回の夏コミのカタログ。

 どのサークルや企業がどこに出展するか、これを見れば一目瞭然である。


「我らが最推しのVtuber事務所【ハウンズ】の企業ブースは勿論でござるが、やはり一番の目玉は迅殿も承知のとおり……ここでござる!!」


 隼太が指で指し示す先……そこにあるのは『ずんだ餅』という名前。 


「来るんだな。この方が……」

「うむ。最初は拙者も目を疑ったでござるが……」


 神妙な面持ちで、俺と隼太は語る。


 ――『ずんだ餅』。

 性別、年齢等全て不詳。SNSも描いたイラストをアップするだけで日常的な呟きは一切投稿されない。

 全てが謎に包まれていると言っても過言ではないこの方こそ……僕の推しである『小鳥遊くくる』ちゃんの公式イラストレーター。

 

 つまり、神である。


「まさか初コミケに『ずんだ餅』様が参戦するなんて……僕は幸せ者だ……」


 時と運命の巡り合わせに感謝し、僕は合掌する。


「『ずんだ餅』様のサークルは恐らく今回一番混雑が予想されるでござる。行くならば一番最初でござるな。ここは迅殿に任せていいでござるか?」

「勿論、最初からそのつもりだ。くくるちゃんの生みの親である『ずんだ餅』様の作品は死んでも手に入れる。お前の分までな」

「頼んだでござる。友よ!」

「おうよ!」


 同士はやたと固い握手を交わし、誓いを立てる。


「楽しみでござるなぁ。『ずんだ餅』様は一体どんな作品を出す予定なのでござろう?」

「それなんだが、Twitterでなんにも宣伝してないから分からないんだよな。個人的にはくくるちゃんのイラスト集、そんで新規イラストが一枚でもあったら泣いて喜ぶ」

「いや〜分かりみ深しでござる! やはり本家様のくくるちゃん新規イラストを望んでしまうのはVオタのさがでござるなぁ!」

「ま、なんであろうと『ずんだ餅』様の作品は購入不可避だがな!」

「いやぁ全く以ってその通りでござる!」

『ははははははははは!!』


 僕と隼太は同調ハモり、笑う。

 ーーその時だった。


 ガララ、と教室の扉を開ける音が響く。

 現れたのは……。


「……」


 同じクラスの女子だった。

 名前はたしか、牧野杏子と言ったか。

 僕や隼太と一緒で、陰キャの部類に属する人間だ。


「ま、まだ帰ってない方がいたでござるか……」


 笑い声を聞かれたと思った隼太は恥ずかしそうにそう呟く。


「……」


 ――ん?


 そこで、僕は気付いた。

 牧野杏子……彼女が帰る様子も無く、こちらを見ていることを。


「む? 一体どうしたでござるかあの方は?」


 僕のあとに牧野の視線に気付く隼太。

 陰キャ二人の視線が、彼女に注がれる。


「っ……」

『ん……?』

 

 なにやら目を反らしながら、おどおどした様子の牧野。

 

「あの、なにか用でしょうか?」


 このままではラチが明かない、そう思った僕は彼女に声を掛けることにした。


「ふぇ!? え、えぇと……そのぉ……!」


 声を掛けられるとは思っていなかったのか、ビクリと肩を揺らす。

 やがて、彼女は意を決したように、こちらへ歩いてきた。

 

「じ、実は……二人に頼みたいことがあるんでしゅ……!!」

『……』


 噛んだな。


 特段指摘することなく、僕はそれを心の中に留めた。

 

「え、えぇと……私……ら、来月の夏コミに……サークルで参加することになってて……」

「何ですと!? それは凄いでござるな!!」


 牧野の言葉に、隼太は興奮気味に鼻を鳴らす。

 

「で、でもあの……コミケに出展するの初めてで色々勝手が分からなくて……だ、だからそのぉ……二人に、手伝ってほしいの……」

「手伝い?」

「は、はい。お二人共、コミケに詳しそうなので……」

「い、いや僕も今回がコミケ初参加だから全然分からないですよ?」

「へっ? そう、なの?」

「はい。なので詳しいって言ったら隼太になりますけど……いくら隼太でも売り手側がなにをどうすればいいのかは分からないかと……」

「迅殿……」


 僕がそこまで言うと、隼太は口を挟む。


「実は拙者、売り手としてコミケに参加したことがあるでござる」

「え、本当マジかよ!? なんで言ってくれなかったんだ!?」

「それはまぁ……その、思い出したくない忌々しい記憶と言いますか……」

「忌々しい記憶……?」

「はい。かいつまんで説明すると、サークル内唯一の女子を巡ってサークルが空中分解したでござる」


 ……。


「……なんか、すまん」

「ふっ、いいでござるよ。もう昔のことでござる」


 そう言って遠い目をする隼太。

 どうやらコイツも中々の修羅場をくぐって来たみたいだ。


「コホン……まぁというわけで、コミケに参加するサークルの『いろは』、拙者ならば教えられるでござる!」

「ほ、ホント……?」

「はい、大船に乗った気持ちで任せてほしいでござる!」


 ドン、と隼太は自身の胸を叩く。どうやら教える気満々のようだ。


「あ、ありがとう……。こ、こんなほぼ初対面の私の頼みを聞いてくれて……」

「気にする必要はないでござるよ。コミケにサークル参加するのは強い思いがなければできないこと、それは重々承知しているでござる。その助力ができるのであれば、拙者の過去も無駄ではないというもの! 拙者の知識、存分に活用してほしいでござる!」

「か、柿崎さん……」


 堂々と言い切る隼太。

 牧野はそんな彼に、頼もしそうな視線を送った。


「さ、それで牧野殿のサークルはとこでござるか?」


 隼太は見ていたカタログを差し出し、牧野に自分のサークルがどれか示すよう促す。

 

「あ、えーと……」


 カタログを見て、牧野は自分のサークルが書かれた場所を探す。

 そして数秒後、彼女は指し示した。


「こ、これ……」

『……は?』


 彼女が示した文字列、それは……。


「この、『ずんだ餅』ってやつ……」

『……』


 僕たちか崇拝する神絵師の名前たった。


「なにィィィィィィィィィィィィ!!??」

「なんですとォォォォォォォォ!!??」


 教室……否、学校中に僕たちの叫び声は轟いた。


◆◆◆


 第四章開始ッ!! そしてくくるちゃんのママ、『ずんだ餅』登場ッ!!

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