第62話 最強の走り屋(SIDE詩織&優斗)

 時は約十時間前、迅が詩織と密会をした所まで遡る。

 話を終え、集合場所へと戻ろうとする中、迅は足を止めた。


『……坂町』

『は、はい? どうかしましたか?』


 キョトンと首を傾げる詩織。迅は振り返り彼女の目を見て、言った。


『考えたくないが……お前の言うことも一理ある。だから、念のためだ。お前には奥の手を渡しておく』

『お、奥の手?』

『あぁ』

 

 そう言って迅はスマホを取り出し、LINEで詩織にあるメッセージを送った。


『こ、これは?』

『走司のメールアドレスだ。もし何かあったらそこに『51』ってメッセージと位置情報を送れ』

『51……? そ、それはもしかしてメンバー間で使える秘密の暗号的な奴ですか! ど、どういう意味ですか!?』


 興奮気味に顔を近づける詩織、そんな彼女に若干答えるのを躊躇ためらうように、迅は言う。


『……ってことだ』

『あ、なるほど』


 す、凄い単純だった……。


 あまりにも安直な暗号メッセージに、詩織の肩の力が抜ける。


『と、とにかくだ。なんかあったらそうしろ。いいな?』

『は、はい!』


 こうして、詩織は緊急事態が発生した際の対処法を手に入れた。

 以上、回想終了。



 す、凄い……気絶したフリをしてメールを送ってから、まだ二分も経ってないのにもう来た……!!


 あまりにも早い救世主の到着に、詩織は驚愕する。

 

「あれぇ? おっかしいなぁ。カシラがいねぇじゃねぇか。どうなってんだ」


 バイクで現れた無防護兜ノーヘル男、秋名走司と名乗った彼はキョロキョロと当たりを見回した。


「あ、あの!」

「ん?」


 そんな彼に、意を決し詩織は話し掛ける。


「あ、あなたを呼んだのは私です! ゆ、あ……貴方の総長に秘密の暗号を教えてもらいました!」

「はぁ? 真実マジかよ!?」

「は、はい!」

「……」


 彼はバイクで詩織に近付くと、見定めるように顔を覗き込んだ。

 詩織の全身に、緊張が走る。


「ほーん。嘘は言ってねぇみたいだな」


 が、あっさりと詩織の言葉を走司は信じた。


「し、信じてくれるんですか……?」

「てめぇの目が嘘を吐いてねぇからな。ったく、カシラもなに考えたんだか分からねぇ……が!!」


 ブルゥゥゥン!!!


「ンなことは俺が考えることじゃあねぇ。俺はただ暴走あばれる。それだけだ」

「……」


 かぁ、かっこいいぃぃぃぃぃ!!!!


 そんな彼を見て、詩織は目を輝かせた。


 うわぁ、うわぁ!! 私の目の前に本物モノホンの秋名走司さんがいる!! 龍子さんや九十九さんに続いてまた【悪童十傑】を生で見られるなんて……死ねる!!


 詩織は果てしなく興奮していた。

 無理もない。彼女にとって今の状況は、推しのアイドルがすぐ目の前にいるようなものなのだ。


「お、おい。どした?」

「ふぇ!? い、いや何でもないですお気になさらず!!」


 ヨダレを垂らして走司を凝視していた詩織。

 走司本人から指摘された彼女はヨダレを拭い、現実へと帰還した。


「……んじゃまぁ、やるか。アイツをぶっ飛ばせばいいんだろ? 見るからにヤバそうだしよぉ」


 そう言って、走司は指で蚊帳カヤの外になっていた男を指し示した。


「んぁぁ……?」


 秋名、走司……? あぁ、そうだ。確か俺は、奴を襲うように道化ピエロ仮面の男に、言われたんだったなぁ……。


 ここで、ようやく男は思い出す。

 自分がしなくてはならないのは、偶然現れた一般人に対し、薬物の勧誘をすることではないと。


 だがぁ結果無問題オーライだなぁ。こうして奴が来たことだしぃよぉ。


 そう思い直し、男は構える。

 構える理由はただ一つ、相対する走司の強さを、目と肌で直感したからだ。


「おぉやる気だなぁ。話が早いのは好きだぜ。この俺が直々に引導渡してやる。ありがたく受け取れや」

「ほ、ほほほほほほざけ。てめぇより、俺の方が強いぃ……」


 両手の中指で左右のこめかみを抑えながら、男は口角を吊り上げる。そして……。


「ははぁ!!」


 彼は真っすぐに、走司へと向かい駆け出した。


「……行くぜ」


 呑気にそう呟く走司。

 直後、彼はバイクのハンドルを握り直し、アクセルを回した。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


 バイクを走らせる走司は、一切の迷い無く突き進み、向かい来る男へと自ら接近する。


 アイツゥ、石と岩でできてるこの凹凸デコボコな川沿いの道を、悠々ゆうゆう単車たんしゃで走ってやがる。

 ……だがよぉ。


「そんなバイクに乗ったままでヨォ。どうやって俺に対抗するつもりだよぉお前ぇ!!」

 

 男は、最もな疑問を口にする。

 

「まぁいい。それならそれでぇ、乗り手を落として、終焉ジ・エンドだぁ……」


 狙うは搭乗部ただ一つ。

 高く、男は跳躍する。


 あぁ、最高に絶頂キテるぅ……。

 たまらねぇ、止まらねぇ、もっともっとぉ!!


 月夜に照らされながら男……曽我薬丸そがやくまる絶頂んでいた。

 

 彼が『極少年院ゴクネンショー』に入れられた理由……それは薬物。


 数々の違法薬物の調達と製造はもちろん、自身でオリジナルの麻薬を開発なども行った薬丸。

 彼はそれらを流出させ、町一つを薬漬けにした。


 そんな彼も当然、例に漏れず薬物中毒ヤクチュー。だが『極少年院』へ入れられ、薬物の摂取が不可能となり、禁断症状に陥った。


 禁断症状は彼は酷く苦しめた。

 毎日頭を壁に打ちつけ、口で肉を噛み切るといった自傷行為を繰り返す彼を『極少年院』の看守たちは拘束着で動きを封じるに至る。


 禁断症状を痛みや身体を動かすことで誤魔化すことができなくなった薬丸。

 それが、彼に一線を越えさせた。


 ーー脳内麻薬。


 過度な負荷にさらされると、その痛みやストレスを和らげるために人間の脳から分泌されるものだ。

 脳内モルヒネ、β-エンドルフィン、ドーパミンなど現在二十種類もの麻薬物質が確認されている。


 激しい薬物へと探究心と、それを摂取したいという求心よくぼう、それらが薬丸を犯し、脳に支障を与えた。

 薬丸は脳内麻薬を過剰に、何時いつでも分泌できる脳へと進化へんぼうを遂げたのである。


麻薬ヤクの脳内自由生成』、それが曽我薬丸の


 投獄前、ただ【密売人バイヤー】と呼ばれていた彼は今、自身をこう呼称する。


 ーー【幸福絶頂男ハッピーボーイ】、と。


「【薬物乱用ハイパードラックインフレーション】……!!」


 薬丸の身体中の血管が浮き上がる。

 麻薬が彼に、祝福を与える。


 上から運転手ドライバーちょくで狙い、単車ごと潰すぅ……。

 ここは地面からぁ十メートル以上あるぅ。奴には何もぉ、出来ない……!! ただ死ぬ!!


 完璧パーペキなぁ、計画ダァ!!


「死ねやぁぁぁぁぁぁ!!」


 己の行動を決定して、下を見下ろす薬丸。

 だがその時、彼は目を丸くした。


 それもそのはず。何故なら、


「よぉ、なに驚いたんだ?」


 単車バイクに乗った走司が上空へと飛び上がり、薬丸へと急接近していたからだ。


「てめぇ、麻薬ヤク絶頂んでるみてぇだなぁ。けどよぉ」


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


「俺の方が、暴走べるぜ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る