第60話 本気で感謝(SIDE隼太&誠二)

 骨密度。

 簡単に言えば骨の頑丈さを決める数値である。

 骨密度の数値が高ければ骨は硬く頑丈。

 逆に低ければやわく脆い。


 そんな中、咢宮誠二は骨密度の数値が高かった。

 具体的には、一般人の数十倍程度。


 四月の初め、迅を強く殴った時に手が腫れる程度で済んだのがその証拠だ。

 

 だが、このさいを誠二はこれまで自ら気付くことも無ければ、発揮することもなかった。


 その理由はひとえに、人間の脳にある。


 人間の脳は筋肉の損傷や骨折を防ぐため、無意識に力を制限している。

 誠二も例に洩れず、その制限を受けていた。


 ここで問題なのが、誠二が受けていた制限がが骨折をしないようにする程度の制限モノだったということ。

 通常の数十倍の骨密度を誇る頑丈な骨を持つ誠二にとって、それはかせでしかない。


 だが今この瞬間、彼にある変化が訪れた。


 痣呑との戦闘という絶体絶命の状況、そして隼太からの信頼によって生じた心境の変化。

 これらによってもたらされた「火事場の馬鹿力」や「ゾーン」に類する事象が、誠二の枷を正しい枷へと修正チューニングした。


 加え、この約二ヶ月間の鍛錬で向上したパンチを打つために必要な筋肉と技術の向上。

 以上全ての要因が重なり合い、誠二は己の骨の硬さを遺憾無く発揮する強力な攻撃ができるようになった。


 数秒前とは全くの別人と言っていい。


「うぅぅ……」

 

 イぃ……まさかあんなパンチを打ってくるなんて……ダメだぁ、私は打たれ弱いから……アレは当たっちゃダメな奴だぁ……。


 ヨロヨロと立ち上がる痣呑は、血の味を感じながら、恨めしそうな目で誠二を見た。


「ゆ、ゆゆゆゆゆ許さないぃ!!! 私に、私にこんな痛い思いさせるなんてぇ……お前、お父さん失格……!!」

「はん、最初からてめぇの親父になったつもりなんかねぇよ」

「うぅ口答え……ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!! もういい、お前いらない!! そっちの太ってるお父さんだけもらってく。だから、お前はここで殺す……!!」

「出来るもんなら、やってみろよ……!!」


 激しい怒りを燃やす痣呑を挑発する誠二。

 睨み合う二人、漂う静寂。


 そして数秒後、それは痣呑によって壊された。


「はぁ!!」

「っ!!」


 痣呑から繰り出される針。

 誠二はそれをすんでのところで回避する。


「なぁ……!?」


 目を見開く痣呑。そんな反応をするのも無理は無い。


 先程まで誠二は勘と大雑把な目測で痣呑の針を避けていた。

 だが、今の彼の回避行動はそれまでとは一線をかくす。具体的には、彼は飛来する針を最小限の動きで回避した。


 これは正確に針の動きを捕捉していなければ出来ない芸当。

 極限状態におちいり、感覚や動体視力が「一時的」に著しく上昇したことが、誠二にソレを可能にさせた。


 何だ……よく分からねぇけど、さっきと比べてよく

 

 自身の身体機能の強化に混乱する誠二。

 だが、即座に彼は拳を強く握る。


 これなら、いける……!!


 確かな成功体験は自信という名の糧となり、彼を更に鼓舞した。


「いっくぜぇぇぇぇぇ!!」


 誠二はそう叫び、大地を駆ける。無論、向かう先は痣呑の元。

 遠距離武器が手元に無い以上、彼の持つ武器は己の五体のみ。故に痣呑に接近することは必須事項だ。


「おらよぉ!!」


 走る最中、誠二は強く足元を蹴り、地面の砂を痣呑へと飛ばす。


「そんな手、何度も食らうか!!」


 だが、痣呑はその目くらましをいとも容易く回避する。

 

 ちっ、やっぱり砂はもう通用しねぇか……!!

 なら……いいぜ。真っ向から、叩き潰す……!!


 誠二は更に加速する。


 そんな彼を見て、痣呑もまた思考を巡らせていた。


 投擲した針を回避されるなら、回避されないようにジカに……!!

 攻撃を誘って、反撃カウンターで針を打ち込む……!!

 

 互いの脳が導き出した結論。

 それは、近接戦闘への渇望。


「ふんっ!!」


 痣呑との距離がニメートルとなる。


 ここだ……!!


 身体を揺らしながら出方を伺う痣呑に対し、誠二は確かなスキを見出す。

 その隙を見逃がさず、彼は左足で踏み込み、渾身の右ストレートを放った。


「ぁあぁ!!」


 わめくように叫んだ痣呑は目を見開き、スレスレでそれを回避する。


「っ!!」

「あははぁ、油断……したねぇ!!」


 下卑た笑みを浮かべながら、痣呑は言う。

 彼女の手には、針が握られていた。


「【傀儡父母カラクリピエロ】……!!」


 繊細な動作と、凄まじい観察眼を以て、誠二の右腕に正確に針を打ち込む痣呑。


「ぐっ……」


 途端、誠二の右腕は機能を停止する。


「お前、右利きでしよ? 見てれば分かる。利き腕使えなくなってさぁ、もう終わりだねぇ?」

「ほざけ!!」


 そう叫びながら、右足で蹴りをかます誠二。

 狙いは、当たりどころが良ければ意識を飛ばせる、痣呑の頭。


 自暴自棄ヤケになって冷静さを失ってる。

 簡単に誘導されてくれて嬉しいよ。

 ま、殺したい気持ちは変わらないけどね!!


 プスリ


「ぐっ……!!」

「はい、右足も終了しゅーりょー。後二つ」


 蹴りをしゃがんで避け、そのしゃがみ様に右足に針を打ち込んだ痣呑。

 これで誠二は右腕と右足の機能が停止した。


 だが、それでは終わらない。

 しゃがんだことで、誠二の左足との距離が間近となった痣呑はその機を逃さなかった。


 続けざまに、彼女は【傀儡父母】で左足も停止させる。

 後、一つ。


「あははぁ!!」

「っ!!」


 誠二を見上げ、笑いながら痣呑は勢いよく立ち上がる。

 そして、


「はい、おしまい」


 針を残っていたもう片方の腕へ刺す。

 腕と足、それどれもが誠二の脳からの命令を拒絶するようになった。


「良かったよぉ。全部私の思った通りに動いてくれて。見た目通り、単純だったねぇ」

 

 勝ち誇ったような表情を向ける痣呑。だが、彼女は分かっていなかった。


「……あぁ、俺も良かったぜ」

「え……?」


 油断、それこそが人を敗北たらしめるのだと。


「てめぇが、単純でよぉ」


 冷静な口調と、すべきことを見据えた表情で、誠二はほど先にいる痣呑を見下ろす。

 

 確かに、誠二の手足は動かない。

 しかし……彼にはまだ、とっておきが残っていた。


「フンッ!!!!!」

 

 ズドォン……!!!


 誠二は自身の頭を勢いよく振り下ろし、痣呑の額に派手なを見舞う。

 酷く鈍い重低音が、響いた。


「がぁ……!?」


 そ、んな……さっきまでの雑な攻撃は、頭突きができる距離まで、私をき寄せるための罠……。


「誘導されてたのは、てめぇの……方だぜ」

「最、悪……」


 薄れゆく意識の中で耳にした誠二の言葉。

 痣呑は鼻と額からダラダラと血を噴出しながら、そんな捨て台詞を吐いて、後ろへと倒れた。


「はぁ……はぁ、や……やった、ぞ」


 戦闘に勝利した誠二。

 緊張が解けたことで研ぎ澄まされた集中力と感覚は消え、途端に彼を圧倒的な疲労が襲った。

 

ェ……そういや、どうすんだ。これ……」


 だが、痣呑の【傀儡父母】によって誠二は動くことができない。

 憔悴しきった脳で途方に暮れる誠二。すると、


「が、咢宮……殿」

「っ!? 柿崎……!! お前大丈夫なのか……!?」

「はは、まぁ……何とか……身体が妙に、熱いでござるが、問題は無いでござる」


 腹部の針を引き抜いた誠二は、ヨロヨロと立ち上がるとおぼつかない足取りで誠二の元まで歩く。

 そして彼の手足の針を抜き、【傀儡父母】を解除した。


 肉体の自由を取り戻した誠二は、万感ばんかんの思いでその場に座り込む。


「……ありがとな」

「え?」


 ポツリと出た誠二からの感謝の言葉に、隼太は僅かに混乱する。


「な、何を言ってるでござるか咢宮殿。感謝をするのは、拙者の方でござる」

「名前でいいぜ」

「んなっ!? い、いやですが……それはあまりに畏れ多いといいますか……」

「俺が良いって言ってんだ。だから気にすんな」

「で、では…… せ、誠二殿。誠二殿がいなければ、今頃どうなっていたか……」

「いんや、それは違うな」

「え?」

「お前がいたから俺はあの女に勝てた。お前の漢気ガッツが、俺を勝たせてくれたんだ。だから……」


 誠二は顔を上げる。そして、


真剣マジ感謝ありがとな。


 彼はオタクに感謝した。


 隼太オタク誠二不良の友好条約は、こうして結ばれたのてある。


◆◆◆


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