第58話 間宮痣呑という少女(SIDE隼太&誠二)

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 隼太、誠二が『極少年院ゴクネンショ―』からの脱獄犯である間宮痣呑まみやしのと邂逅し早一分。

 にもかかわらず、誠二は軽く息を切らしていた。


 経緯は簡単。

 誠二が何度も何度も、仕掛ける攻撃をことごとく回避され、そして痣呑の不気味な圧に当てられたからである。


 クソッ……この女、見た目通り身軽だ!! しかもそれだけじゃねぇ、かなり喧嘩慣れしてやがる……!! 


「いっぱい、動いてくれてありがとう。分かったよ」

「っ!?」


 誠二は息を呑む。

 何故なら、痣呑の顔が一瞬にして眼前に迫ったから。

 彼女は政治との距離をコンマ数秒の間に詰めた。


「らぁ!!」

「……」


 咄嗟に放つ誠二の拳。

 だがそんなものが痣呑に当たるワケも無い。彼女は狙いすましたようにそれを紙一重で躱し、そして……。


「【傀儡父母カラクリピエロ


 誠二の両腕に、を差し込んだ。


「あぁ!?」


 チクリと、皮膚を貫かれた感覚に誠二は声を上げる。

 ただ、不思議と痛みは無い。

 その代わり、奇妙な感覚が彼を襲った。


 針だと……!! だがこんなモンすぐに抜いて……!!


 差し込まれた針を引き抜こうとする誠二。しかし、


待機ステイ

「っ!?」


 瞬間、彼の腕は……硬直を余儀なくされた。


 な、何だ……!? どうなってやがる、腕が……腕が動かねぇ!?


 自身の身体の異常に、誠二は顔を強張らせる。


「捕まえたぁ……」


 不気味な笑みで笑う痣呑は、目を細め彼を見据えた。


「気色悪い顔向けてんじゃねぇよ……てめぇ……何、しやがった!!」

「何って、止めただけだよ。私、凄い? なら、褒めて欲しいなぁ……」


 くねくねと、気味の悪い動きで痣呑は身体を揺らす。


 何なんだ、コイツ……。


 意味不明、奇々怪々。

 目の前の不健康そうな少女に、誠二は不快にも似た不気味さを覚える。


 落ち着け……。

 俺は前とは違う。自分が弱いことをしっかり自覚してる。

 だから、それを補うために……頭を回せ!!

 

 恐らく、原因はこの針だ。

 これを刺された瞬間、俺の腕は動かなくなった。どういう原理かは知らねぇが、多分それは間違いねぇ。


 誠二の考えは的中していた。

 

 人体には点穴てんけつというモノがある。

 全身の至る箇所にあるソレは、適切なものを突けば相手の内的循環や身体機能を停止させることが出来る。

 だが、実際に行うのは容易ではない。

 

 理由は二つ。

 一つ目は点穴が無数にあり、人によって押すべき点穴の位置が異なること。

 このため、相手の動きや体内循環を止めるような点穴をピンポイントで狙うのは至難の技だ。


 二つ目は、加減が難しいこと。

 ピンポイントで点穴を狙えたとしても、その際の押し込む加減を誤れば意味がない。

 また、指先のような面積が広いもので押せば他の点穴も巻き添えに押してしまうため、これも無意味。


 これらの難題を突破クリアするためには、相手の重要な点穴を見抜く目と、患者の体にメスを入れる以上の繊細で微細な技術が必要になる。


 そして、痣呑は見事にそれらを持ち合わせていた。


 間宮痣呑。

 幼少期から親の虐待を受け育つ。

 だが十歳になった頃、児童相談所の職員に発見され、その後は孤児院で過ごしていた。


 こうして全てが一件落着、と思ったが……そうはならなかった。


 間宮痣呑は、飢えていた。家族愛に。


 飯を満足に与えられなかった。

 服を買ってくれなかった。

 盗みを手伝わされた。

 罵詈雑言を浴びせられた。

 毎日暴行を加えられた。

 

 通常、幼少期の子供がこんな目に遭えば、親との関係を一刻も早く断ち切り、二度と関わりたくないと思うだろう。


 たか、痣呑は違った。彼女はそれでもなお、親を求めた。


 罵詈雑言を浴びせられ暴行を加えられている時、彼女が思っていたこと……それは。


 この人たちは、私のお母さんとお父さんじゃない。私のお母さんとお父さんは、きっと別にいる。こんなのじゃない。


 自身に愛情を向けてくれる存在への渇望だった。


 孤児院に入れられ、彼女はようやく自身の願いが叶うと心から喜んだ。

 だが、それは叶わなかった。

 

 ついぞ不気味な雰囲気をまとう痣呑。

 孤児院に来る大人たちは、そんな彼女に近づこうともせず、他の子を引き取った。

 それが、続いた。


 そこで、痣呑は気付く。

 本当に自分を愛してくれる親など、存在しないのだと。


 彼女は泣いた。

 彼女は叫んだ。

 彼女は恨んだ。

 

 ーーしかし、それでも彼女は諦めなかった。


 そうして、ある考えに至る。


 自分を愛してくれる親がいないのなら、自ら造ればいいのだと。


 二年後、千葉県で連続失踪事件が多発する。

 失踪した者たちに共通点は無かった。ただ無作為に、無差別に、人が次々と消えていった。


 失踪した者たちの居場所を警察が突き止めたのは、捜査本部を立ち上げてから約二ヶ月後のことだった。


 厳重な動員警察四十名。

 脱出不可能な包囲網を形成し、警察は乗り込んだ。

 そして、そこにあった光景に、彼らは目を疑った。


 ーー団欒だんらん


 それが、広がる光景の全容だった。

 失踪した複数名の男女は、もれなく笑っていた。

 何処にでもある、変哲の無い温かな……まるで家族の営みが、そこにはあった。


 たが、すぐに警察たちはその異常さを理解する。

 

 失踪者たちの身体には、至る箇所に針が打ち込まれていた。

 腕に、足に、胴に、そして顔に……。


 彼らは点穴を突かれ身動きを取れなくされ、笑うことを強制されていた。

 その証拠に、彼らの目からは涙が頬を伝っていた。


『ハハハハハハハハハハ』


 笑う失踪者たち。そんな偽りの笑顔に囲まれながら……。


「あはははははははぁ! お父さん、お母さんだーいすき!」


 ただ一人。

 間宮痣呑は、心から笑っていた。


 あまりにも歪で不気味な空間に、気付けば数名の警察官は嘔吐したが、何とか痣呑を確保。

 その後彼女は凶悪な未成年と判断され、『極少年院』に入所するに至る。

 

 ちなみにだが、この事件をきっかけに動員された警察官のうち、十名が退職届を提出した。


 そして、脱獄を果たし今日。


 痣呑は悲しみと醜さを乗り越えて手に入れた一筋の光、【傀儡父母カラクリピエロ】で新たな父親を作り上げようとしていた。


 コイツら、【冷笑】が言ってた奴じゃない。

 けどまぁ、待機場所に来た奴らは好きにしていいって言ってたし、いっか。


 改めて、そう決意を固める痣呑。

 その目はまるで無邪気な子供のように、誠二を見据える。


「ふふ」

「あぁ!? 何がおかしいんだよ!!」

「えへへ、可笑しくないよー。ただ嬉しいだけ。君、私のいいお父さんになりそうだから」

「っ!! 何ワケ分かんねぇことを……!」

「君さぁ、見た目は私にイジワルしてたゴミだけど、私には分かるよ。優しいよねぇ……?」


 痣呑は相手の点穴を突くため、他者を観察する修行に没頭した。

 結果、彼女は点穴を突く洞察眼だけで無く、相手が自分の親に相応しいかどうか、それを見極めることもできるようになっていた。


「だからさぁ……なってよねぇ。なってくれなきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ヤだよぉぉぉぉ」

「とことん逸脱イカれてやがるな、てめぇ……!!」


 頬を掻きむしる痣呑、そんな彼女に対し不気味さを抱く誠二。


 そして、その中で……。


 咢宮殿……。


 隼太は、あまりの恐怖に動かないでいた。

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