第57話 その陰キャ、脱獄犯と陽キャギャルと交渉する

「ぁ……ぁ……」


 淳獏の意識が旅立とうとする直前、


「おいおい。まだ気ィ失ってもらっちゃ困るんだよ」


 迅は、それを許さなかった。


「何のためにわざわざ手加減して殴ったと思ってんだ? あぁ?」


 彼は至極苛立った様子で、淳獏の頭部を掴みブンブンと振る。

 

「ぅ……オロロロロ……」


 旅立ちそうな意識を吐き気に捕らえられた淳漠は、たちまちモザイクが掛かりそうな吐瀉物としゃぶつを地面に落とした。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「よーし、目が覚めたな。んじゃ教えろ。何で俺を狙った?」


 淳獏の頭部を掴んだまましゃがんだ迅は、冷淡な目で彼を見る。


「は、はは……本当に、ぇんだなぁ。て、めぇと……同じだいの、不良は……可哀想、だなぁ……」

「余計なことは喋るな。聞かれたことにだけ答えろ」

「……あぁ。てめぇを、狙った、のは……そうするように、言われた……からだ」

「誰に?」

「……【道化衆ジョーカーズ】。俺を、『極少年院ゴクネンショ―』から脱獄させた奴らだ。奴らに……俺は、頼まれた……秋名走司あきなそうじって野郎を、倒せってなぁ」

「……」


 ……。


「……ん!?」


 淳獏の言葉に、迅は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 当然だ。迅は淳獏の狙いが自分だと思い、信じ疑っていなかった。


 だが、実際淳獏が狙っていたのは迅ではなく、秋名走司という人物。

 そして、その人物に対し、迅は心当たりなかった。


「【道化衆】は、秋名走司がこの山で通るルートを、把握していた。だから、そのルート上に……俺を含め、三人が待ち伏せし、現れた所を……襲う。そういう、流れだった……」


 淳獏は、耐え耐えの息で、答える。


「……だから、俺の待ち伏せ場所に現れたてめぇが、秋名走司だと最初は信じて疑わなかった。だが、あの嬢ちゃんが何度も何度も、てめぇのことを……唯ヶ原って呼んで、疑念が生まれた。偽名を使ってんのか、はたまた人違いなのか……けどまぁ、そんなことは直ぐに……どうでも、よくなった」


 ははは、と淳獏は笑う。


「てめぇの、その度を越えた強さに触れてよぉ。正直、今までで……一番たぎった。本来の目的なんざ、吐き捨てて……ただてめぇと喧嘩する……それだけで……はは、もう後悔は、ねぇ」

「なぁにイイ感じにまとめようとしてんだぁてめぇ」

「うぉッ……!?」


 満足そうな表情の淳獏に対し、迅は彼の頭をグイッと上げ、苛立ちの籠る視線を向けた。


「てめぇのせいで、こっちがどんだけ迷惑被ったと思ってんだあぁん!?」

「それは……悪かった……」

「悪かったと思うならよぉ……俺の命令を聞け。負けたてめぇに拒否権はぇからなぁ?」

「あ、あぁ……」

「いいか、【道化衆】の奴らにこう伝えろ。自分は、秋名走司に返り討ちにあったってな」

「あぁ……? そりゃあ、最初ハナから報告はすることになってるから、いいけどよぉ……」

「よし」


 状況と情報を整理する。

 田中淳獏は【道化衆】から秋名走司を倒せというめいを受け、ここにいる。

 つまり、迅については完全な異分子イレギュラー

 更に付け加えると、淳漠の口振りから、彼は迅が【悪童神】だということを知らないことが分かる。


 だから、ここで淳獏に口裏を合わせるよう命令すれば辻褄を合わせられ、全て丸く収まる。


 迅はそう考えた。

 

「んじゃ、【道化衆】とはどうやって落ち合うつもりだ?」

「事前に、集合場所は決まってる。秋名走司との戦闘が終わるか、二時間経っても対象が現れなかったら、そこに戻る手筈だ。仮に戻らなかった場合、それぞれの待ち伏せ位置ポイントに、確認に来る」

「ほーん。それじゃあてめぇが戻らなくても、回収に来てくれるってことだよなぁ」

「あ、あぁ」


 ズガン!


「ぁ……」


 確認を取った瞬間、迅は淳獏の頭部を殴り、今度こそ確かに気絶させた。


 気絶して戻らなかった方が、しっかりやられた感出ていいだろ。

 悪いとは思わねぇぜ。てめぇがやったことを考えたらな。


 迅は淳獏を地面に寝かせ、立ち上がる。


 ……さて、と。


 次いで、彼は振り返る。

 もう一つ、残った問題に向き合うために。


「……」

「……」


 無言で、たた唖然とした表情を向ける真白に、迅は一瞬目を伏せる。

 だが、そうしていても無駄な膠着こうちゃく状態。


 意を決するように、真白に近付くよう、迅は歩き出す。

 その中で、彼は彼女になんと言葉を掛ければ良いのか、必死に頭を回した。


 危機ヤベェ……。

 どうすりゃいいんだ……アレを見られた以上、誤魔化すなんてできねぇ……。


 そう、真白は迅と淳漠の戦闘を一部始終目撃した。

 当然、迅が只者タダモノでないということを、これでもかという程に理解した。


 迅の皮膚から、ドッと冷や汗が流れ出る。

 特段打開の一手を思いつくワケも無く、迅と真白の距離は、一メートルまで縮んだ。


「あ、あの夢乃さん……大丈夫ですか?」


 とりあえず、取り繕うように、当たり障りの無いことを言う迅。


「……」

「え、えぇと……」


 無言の真白に、気まずそうに乾いた笑顔を向ける迅だが、あまりの居たたまれ無さに、今すぐにこの場から走り出したい衝動に駆られる。


 無論、それはできない。

 真白は知ってしまった。ここで対処しなければ、迅の平穏はついえる。


 迅は次の言葉を考える。

 が、彼が次のソレを発するより前に、真白の口が、開いた。


「唯ヶ原……、本当マジで強いんだね」

「え、いや……それは、その……はい」


 この期に及んで「いいえ」と答える選択肢は存在しない。

 迅は素直に肯定する。


「正直さ、ウチ今すっごい混乱してて……だから、なんて言っていいのか、分かんなくて……」


 ポツリ、ポツリと真白は呟く。


「だから……いや、でもさ。とりあえず……」


 そこまで言って、彼女は一歩前へ。

 そうして手の届く距離になった迅へと、抱き着いた。


「えっ、あの……夢乃、さん?」


 あまりにも唐突で、脈絡の無い真白の行動に、迅は困惑し、狼狽える。

 そんな彼を気にすること無く、彼の胸の中で、真白は言った。


「助けてくれて、ありがと。それと、唯ヶ原が無事で……本当マジ良かった」

「……」


 迅は、感じる。

 真白の身体が、震えているのを。


「……」


 彼は空を見上げた。

 燦然さんぜんと輝く星空が、二人を照らしている。


「ふぅ……」


 彼は息を吐いた。そして、


「夢乃さん。今から、僕のことを話します」


 彼は、真実を告げることにした。



「……唯ヶ原って、ないんだね」


 迅から全てを聞かされた真白は、そんな月並みな感想を抱いた。


「別に、凄くないですよ」


 そんな彼女に対し、迅は自虐的に言う。


「というわけで、僕のこと……露見バラさないてくれると助かるんですが……」


 頭を下げる迅。

 彼が選んだ、『真実を話し愚直に頼む』。


 これが功を奏すのかどうか。

 その、結果は……。


「いいよ。けど、条件じょーけんが二つある」

「じょ、条件……ですか」


 一体なんだ……?


 迅は警戒する。


「一つ目、ウチと二人きりの時は敬語けーご止めて、名前で呼ぶこと。それと……」


 何やらもじもじとする真白。

 やがて彼女は照れ臭そうに、


「ウチもジンって、呼ばせて」

「……えーと、そんなことでいいんですか?」

「いいの」


 迅にとって真白が提示した条件はあまりにも破格だった。

 故に、迅がそれを拒む理由も、無かった。


「……分かりました。改めて、これからよろしくお願いします」

「違う」

「え?」

敬語けーご

「……」


 ジト眼を向ける真白。

 そんな彼女を見て、迅は観念する。


「……よろしくな。真白」

「……うん!」


 迅の言葉に、真白は笑顔で頷いた。



 一方、その頃。

 迅と淳獏の戦闘中、ほぼ同時刻。


「がぁ……!!」

「が、咢宮殿ぉ……!!」

「頑張るねぇ。頑張るだけ辛いのにねぇ……」


 柿崎隼太と咢宮誠二は、淳獏と同じく【道化衆】が放った刺客しかくの一人、間宮痣呑に蹂躙されていた。

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