第49話 その陰キャ、ドッヂボールを破戒する(優斗、苛立ちが最高潮に達する)

何だ、コレ……。


 自身から生み出されたその気持ちに、迅は困惑する。

 だが、何故困惑するのか……彼自身も分からないまま、盤面は動いた。


「じゃあまー、そろそろいいか。オラ食らえ柿崎ぃ!!」


 そう言って、敵チームの男が隼太に向かい、ボールを投げた。

 一般人の目からすれば、それはかなりの速度。

 当然、例に洩れず一般人の隼太からすれば、それは避けることも叶わない。

 このまま速球に当たり、羞恥とボールが当たったことによる痛みを抱いたまま退場する。

 

 それが彼に定められた、惨めな運命だった。

 しかし、その惨めを迅は否定したい衝動に駆られる。


 隼太……!!


 気付けば、彼の身体は反射的に動いていた。

 その速度は、到底一般人が視認できるモノでは無い。

 ボールが隼太に直撃する寸前、迅はボールと彼との間に一瞬にして移動し、ボールを捕球キャッチする。

 そして、そのまま最低限の動作でボールを敵陣の方へと投げ返し、元いた地点へとこれまた一瞬で戻った。


 傍から見れば、迅は一歩も動いていないように見える。

 だが……。


 ドゴォォォォン!!


 投げ返したボールは人に当たることは無かったが、生じた風圧で、敵陣の者たちを吹き飛ばした。


『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』

 

 一般生徒たちの断末魔が聞こえる。


「へ、へ……?」

 

 あまりにも非現実的な出来事に、隼太は目を点にした。

 

「な、なななななな……!! どどどどどうなってるでござるかぁ!?」


 次いで、驚愕の声を漏らす。


「な、何だ今のぉ!!」

「わ、分からねぇ!! 柿崎にボールが当たったと思ったら、いきなりボールが反射して、相手の方へぶっ飛んだように見えたぞ!!」

「しかも今の威力!! どーなってんだぁ!!」


 それはドッヂボールに参加せず、ただ観ているだけの者たちも同様である。


「……」


 やっちまったあぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 そして、迅は心の中で叫んだ。だがすぐ、彼は冷静になる。


 い、いや待て落ち着け。周囲の反応を見るに、僕が動いたことは露見バレていない。このまま誤魔化せば有耶無耶にできる。

 それよりも……。


「は、隼太大丈夫か……!?」


 迅は友の身の心配をした。一応完璧にボールから隼太を守ったが、それでも迅はそう声を掛けずにはいられなかった。

 

「……」


 そんな隼太は自身の手を見つめながら、プルプルと震えている。


「じ、迅殿……」

「ど、どうした!? 何処か痛むか!?」


 ワナワナと手を震わせる隼太に、焦るように迅は言う。

 が、それは杞憂に終わった。


「拙者……目覚めてしまったかもしれないでござる!!」

「め、目覚めた……?」

「うむ!! そ、その……超能力に!!」

「……どした急に?」


 ポカン、と迅は隼太が何を言っているのか分からなかった。

 柿崎隼太、彼は前に龍子と九十九の異常なまでの強さを目撃している。

 そして、その強さが超能力によるものであるという九十九の説明をに受け、彼は超能力の存在を信じていた。


 故に、今目の前で起きたはたから見れば超常的な出来事を、自身に宿る超能力が働いたのだと認識したのである。

 

「ふふ、ふふふふふ!! 遂に拙者の無双ターンが回って来たでござるなぁ!!」

「?」


 ダメだ。隼太が何を言っているか、全く理解できない。

 依然として友人が何を言っているのか分からない迅は首を傾げる。

 しかし、隼太に怪我が無かったこと。どうやら彼が今起こった出来事を都合よく解釈してくれていることを理解した迅は、ホッと胸を撫で下ろした。


 そして……。


「は……?」


 このイジメドッヂボールを仕掛けた張本人、羽柴優斗は、目の前で起こった意味不明な出来事に、大口を開けていた。


 ドッヂボールが開始される前、優斗の頭は疑問符でいっぱいだった。

 それは、迅に対するモノである。


 何故だ……!! どうしてアレを食べて平然としているんだあのオタク野郎……!!


 手で顔を覆い、優斗は歯ぎしりを立てる。

 あまりにも想定外で、有り得ない事実に、混乱した。


 ふざけるなよぉ!! 何処までも俺の手を煩わせやがって……!!


 そしてその混乱は、怒りへと変貌を遂げた。

 自身の思い通りの結果にならない迅に対するその歪んだ感情は益々の増長を遂げ、彼は何としても迅に対し、思い知らせねば……虐げねばと、何処までも傲慢な誓いを立てたのだ。

 

 それが、このイジメドッヂボールの存在意義。

 だが、結果はご覧の有様ありさまである。


 またもや不発に終わった己の策に、優斗は何処までも心を掻き乱される。


 クソ……! クソクソ……!! クソがぁ!! どうなっている!! 何で上手くいかない……!!


 自分の思い通りに事態が運ばない苛立ち、怒り。

 自分が気に入らない人間がのうのうと屈することなく存在している事実からくる不快、嫌悪感。


 自己中心的で歪曲的な思いが連なり、重なり続ける。


 優斗は、深く息を吐いた。


 ……仕方ない。これだけは使いたくなかったが、もう、手段など選んでられるか……!!

 何としても、奴らを……徹底的に貶めてやる……!!

 はは、ははははははは!!

 

 心の中で、高らかに笑う優斗。

 果たして彼に、女神は微笑むのだろうか。



「ふぁ〜ダリィ、おいおい何時いつまで待たせんだよコレェ」


 某日某所。

 極少年院から脱獄を果たした田中淳漠たなかじゅんばくは欠伸をしながら目を細めた。


「まぁまぁ、落ち着いて下さい。すぐですよ、ときが来るのは」


 対し、ピエロの面を被る【冷笑スニーア】は淳漠を宥めるように言う。

 その時、


「ねぇねぇ」


 淳漠の服の裾を、如何にも不健康そうな少女が引いた。


「はい、どうしましたか痣呑しのさん?」


 彼女の名は、間宮痣呑。

 淳漠と同じく、極少年院からの脱獄者。

 そして、


「『お父さん』と『お母さん』、何が喜ぶと思う?」


 彼女は、を想う優しい少女だ。


「はは、大丈夫ですよ。貴方からの贈り物ならば、ご両親は何でも喜びます」


 ニッコリと笑う【冷笑】。

 それを聞いた痣呑は、「そう」と言って、彼の裾から手を離す。


「ははは! 変わってねぇなぁシノ。不安になってもカンケーねぇだろお前はぁ」

「黙れバク。無責任なこと言うな。もしそれで嫌われたらお前を殺す」

「手厳しいーなぁおい。ンなこと言ったらさっきの【冷笑】の発言だってそうだろうがよぉ!」

「【冷笑】はいい」

「はぁ!? 何でだよ!」


 納得いかず身を乗り出す淳獏。次の瞬間、彼女は言った。


「『お父さん』になる素質がある」

「……」


 それを聞いた淳獏は無言。やがて【冷笑】の方を向くと、


「良かったな」


 親指を立て、暖かい目を向けた。

 その目は祝福と言うよりは、憐みの目である。


「……はは、お戯れを」


 対する【冷笑】は、乾いた笑いを浮かべた。


「……」


 そして、そんな何とも言えぬ微妙な空気が流れる中、三人目の脱獄者……曽我薬丸そがやくまるはクチャクチャと、自身の指をしゃぶり続けていた。

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