第48話 その陰キャ、ドッヂボールの標的にされる

「ど、どうだった唯ヶ原?」


 カレーを食べ終えた僕に、夢乃はそう問い掛けてきた。


 どうって……カレーのことだよな?


 そう考えた僕は、口を開く。


「はい、とても美味しかったですよ」


 これは素直な気持ちだ。正直、僕が作るよりも美味いと思う。


「ほ、ホント!? 良かったぁ……」


 僕の返答を聞いた夢乃は、安堵したように胸を撫で下ろした。


『ふふーん』


 そして、そんな夢乃を見ながら、黛と来栖は目を細めニヤニヤとした、どこか温かい視線を彼女に送った。


「な、何よ二人共……」


 訝し気な目を向ける夢乃。


「ん~別に~?」

「何も無いよー? ただましろにもようやく春が来たかと思ってさー」


 彼女に対し、二人は誤魔化すように言った。



「誠くん、私疲れたー。どっかで休もう。二人きりで」

「そうだな」


 昼食を終え、レクリエーションまでの自由時間。

 エミは誘い、どこかで適当に時間を潰そうとしていた。

 そこに、一人の少年が声を掛ける。


「が、咢宮殿!!」

「んあ?」


 振り返る誠二。彼の目の前に現れたのは隼太だった。


「どうした柿崎?」

「そ、その……さっきは大変感謝でござる!!」

「あぁ? 何のことだよ?」

「昼食の際、羽柴殿に疑問の声を呈してくれたことでござるよ。自分も思っていたでござるが、実際に言い出すことができなかったでござる……」

「何だ、そんなことか。別に気にすんな。俺がやりたいようにやっただけだからな。それに、あんなこと言っても意味ねぇってのは、お前なら分かんだろ」

「そ、それはそうでござるが……」


 誠二の言葉の意味を、隼太は理解していた。

 羽柴優斗、彼の家はとても金持ちで大きな権力を有している。学校にも多額の寄付をしており大概のことは黙認される。隼太への虐めが良い例だ。


 加え、そもそもの話……優斗自身が学校の生徒たちに露見バレないように手を下すため、優斗の悪行がおおやけになることは無い。


「そ、それでも……す、凄いでござるよ咢宮殿は。拙者には、反発する勇気など……無いでござるから……こ、この前だって……」

「……凄くねぇよ。俺は、全然凄くねぇ」


 ポツリと、誠二は呟く。

 そこには自身を卑下する思いが、明確に含まれていた。


 カッケェ不良になるために、無闇に人を殴んのを辞めた。筋の通らねぇことから目を背けんのを辞めた。

 だが……俺はまだ、弱い。


 これじゃあ、ダセェままだ。

 強くなるんだ。カッコよさを押し通せる力を、手に入れるんだ。

 この前の一対三で負けてるようじゃ話にならねぇ……!!


「エミ、悪いな……俺ちょっと鍛えてくる」

「えぇ!? 私との二人きりの時間はぁ!?」

「悪いな。また今度埋め合わせるからよ」


 そう言って、誠二は走り出してしまった。


『……』


 そして、その場に残ったのは隼太とエミのみ。

 エミは隼太をキッと睨みつけた。


「アンタねぇ……!」

「す、すすすすまんでこざる沢渡殿……!!」


 陽キャ女子であるエミの視線にいとも容易く屈した隼太は、頭が振り切れんばかりの速度で謝罪をかました。


「はぁ……ま、いいわ」

「え、ゆ、許してくださるでござるか……?」

「何ソレ、どういう意味よ?」

「い、いや……沢渡殿は何と言いますかその、もっと……直情的なイメージでしたので……」

「喧嘩売ってる?」

「す、すみませんでござる!! そそそそそそういう意味で言ったワケでは無いでござるぅぅ!!」


 隼太二度目の謝罪をかました。


「……ま、否定はしないわよ。この前までの私だったら、頭ごなしにアンタを責め立ててた」


 すると、バツの悪そうな顔で、エミは呟く。


「けど……誠くんが変わって、私も……変わらないと誠くんに……愛想尽かされちゃうかもしれないから……」


 沢渡エミ。

 彼女は、夢乃と違う意味でキツい性格をしている。

 そうなったのは彼女の家庭環境、ひいては父親に原因がある。

 

 エミの父親は毎日、彼女の母……自身の妻に罵声を浴びせ続けていた。

 子供は、親の影響を受けて成長する。言い換えれば、親の真似をする。


 エミが吸収したのは、気に入らないものに罵声を飛ばす父親の姿であった。責められ続ける母親を見てきた彼女は、こうはなるまいと……加害者父親の立場に立つことを選んだ。

 言ってしまえば、自衛手段にも等しい。


 そんな彼女もまた、自身の恋人に感化され、変わろうとしている。

 例えそれが強迫観念に近いモノでも、変わろうとしていることは紛れもない事実だ。


 変わる……そうでござる。

 変わらなきゃ、いけないでござる。


 最初は、アニメやゲームさえあれば、自分はどれだけ虐げられようと、良いと思っていた。

 けれど、今の拙者には……いるでござる。

 

 そうして隼太が思い浮かべたのは、同じ志を持つ友。唯ヶ原迅のことだった。


 中学までの拙者ならば、学校生活などどうでも良いと思っていた。しかし今の学校生活は、中学とは比べ物にならない程、楽しい……!!

 だから、このままいつまでも羽柴たちの良いようにされ続けるなど、到底許容できるモノではござらん!!


 隼太は心に決める。

 アニメやゲームのためでは無く、一人の青春を謳歌する多感な高校生……その象徴たる学校生活を守るために、声を上げることを。


 ……が。



 午後はレクリエーション大会。

 クラスという括りを取っ払い、合宿に来た生徒たちがサッカーやバスケなど様々な競技で親睦を深めている。


 その中で、迅と隼太が参加することになったのは『ドッヂボール』。

 そして、問題が発生したのはゲーム終盤になったからだった。


 ど、どうしてこうなったでござるか……?


 自身が置かれている状況に、困惑する隼太。


 それもそのはず。

 今現在、内野ないやにいるのは彼と迅だけだったからだ。

 当たり障りなくやり過ごそうと思っていた彼らだったが、気付けば生き残っている最後の二人という何とも責任重大な地位ポジションになってしまったのである。


「うぇーい!」


 そして、相手の内野からボールが飛んでくる。

 ボールは弧を描いて隼太たちの上空を通過すると、相手の外野へパスされた。


 次は外野が左右の外野にパスを回し、再び内野に。

 そんなことか何度も何度も繰り返される。

 聞こえてくる周りからの声、その大凡ほとんどは内野という孤島に取り残され、まるで晒し者のような扱いを受ける二人をあざわらうかのような声。


 これは勿論、優斗の差金だ。

 彼を慕う者たちを密かに扇動し、この状況を作り上げた。


 圧倒的な辱め。

 隼太はすぐさまその場を駆け出したい衝動に駆られる。

 

「ほらほらどーした柿崎ぃ? 動かねぇとボールは取れねぇぞぉ!」

「ま、そんなだらしねぇ身体で動けるわけねぇかぁ!」


 名も知らない生徒から煽られる隼太。

 周囲からのクスクスという笑い声は、確かに彼の耳に届いた。


 隼太の顔が、紅潮する。肩が震える。

 声を上げ、抵抗する意思を見せる決意をした隼太。その決意虚しく、彼は動くことができなかった。

 これだけの大人数で見せ物にされ、辱めを受けているのだ。無理も無い。

 だが、今の隼太にとってそんなことは関係ない。動き出せない自分という存在を、彼は悔やんだ。


「唯ヶ原ぁ! てめぇもだぜぇ! ボーッと突っ立ってねぇでちゃんと動けよぉ!」

 

 迅に対しても飛ばされる嘲笑。だが……。


 ……。


 そんなもの、彼は気にも留めない。

 当然だ。その身の強さ一つで成り上がり続けてきた元不良の迅にとって、このような仕打ち、跳ね返すにも値しない。

 ……そのはずなのだが、


 ーーイラァ


 迅は、無性な苛立ちを感じていた。

 

 唯ヶ原迅。

 柿崎隼太が友のために抵抗を試みようとするのと同じように、彼もまた……初めてできた趣味や共有する友を貶されることに、怒りを覚える程度には、


 一般人に近づいていた。

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