第47話 その陰キャ、毒が効かない

 米の入っている袋の中に入っていた大量の砂に、僕たちは訝しげな目を向ける。


「あぁ?」

「イミフ〜」

「ど、どうなってるでござるか……!?」

 

 と咢宮と黛、隼太が口を開く。


「何だー? 異物こんにゅーって奴かー?」


 と、発したのは来栖。

 だが残念ながら、それはあまりにも考えにくい。異物混入にしては、あまりにも度が過ぎている。

 米は一粒もなく、代わりに砂が入っているのだから。


「とりあえず先生に言えばよくない?」


 ここまでほぼまともに会話に参加していなかった沢渡が急にまともなことを言い出す。

 確かに彼女の言う通り、こういったことは教師に報告するのが最善だろう。


「じゃ、ちょっと私呼んでくるよ~」


 そう言って黛は伊藤先生の方へと歩いて行った。


 ……約一分後。

 黛は先ほどまでうずくまっていた伊藤先生を連れ、戻ってきた。が……。


「なんかね~、ダメっぽーい」

「ごめんなさい……」


 不満そうにぶーぶーと唇を尖らせる黛に、伊藤先生は申し訳なさそうに顔を俯かせた。


「ダメ?」

「ど、どういうことでござるか?」

「えーとね、お昼の材料がそれぞれのグループが運んできたヤツしか無いから、予備がないんだって~」


 何ということだ。それじゃあ材料の追加はできないということか。


「はぁ!? おいおいそれじゃあ俺らのメシはどーすんだよっ!」


 咢宮は伊藤先生を糾弾するように声を上げる。


「本ッ当にごめんなさい。完全にこっちのミスよ」


 伊藤先生は頭を下げる。

 それを見た咢宮は、不快そうに押し黙った。


「別にリンちゃんのミスじゃないでしょ〜。米が砂になってたなんて、誰かがワザとやったとしか思えないもん」


 そう、黛の言う通りである。

 材料が足りないのはまだ理解できる。だが米が砂に入れ替わってたのはどう考えてもおかしい。

 確認を怠っていたとか、そういう次元を遥かに超えている。


 しかし、当面の問題はそこでは無い。

 今すぐに解決しなければならないのは、昼食をどうするかということだ。


「とりま材料を他のグループからもらうしかなくね? どのグループも全部使い切るワケじゃないし、余ってるトコあるっしょ」


 と、そこで来栖が至極正論を放つ。


「さんせ〜い」 

「そうね」


 黛と夢乃が、声を出して賛同を表明する。

 他の面々も口には出さなかったが、僕を含め同じ気持ちだった。


 では次に、どのグループから材料を分けてもらうかということだが、


「どうしたんだい? 何かトラブルでも?」


 そこで、僕たちよりも早く到着していた羽柴たちが現れた。


「おいおい何だよこりゃあ」

「酷いモンだな」


 西田と東野は口々にそう漏らす。


「実はねー」


 黛が羽柴たちに事情を説明すると、羽柴は「なるほど」と言って顎に手を当てた。


「じゃあ僕たちの昼食を分けよう。それで解決だ」


 そしてニッコリと笑い、彼は言った。


「おぉマジ優斗? マジ助かるわー」

「気にしなくていいよりりあ。困った時はお互い様、俺たちは友達じゃないか」


 トントン拍子で話が進み、伊藤先生の承諾も降りた。

 が、一人不機嫌な表情の者がいる。咢宮だ。


「俺は拒否ゴメンだぜ。コイツらの施しを受けるなんてよぉ」


 恐らく朝の一件、その当事者である羽柴たちグループに助けてもらうというのは、咢宮にとって心穏やかなことではないのだろう。


「えぇー別にそんなの気にしなくていいじゃん咢ち〜ん」

「腹減ってるっしょー? 一番キレ散らかしてたし」

「っ……」


 黛と来栖の言葉に一瞬肩を揺らす咢宮。

 そこに最後の一押しとばかりに、羽柴が声を掛けた。


「咢宮、俺は今回のことでお前に恩を売るつもりもないし貸しを作る気も無い。ただ純粋に、お前たちのグループにちゃんと昼を食べて欲しい。それだけだ」

「あぁ? よく言えたモンだなぁ? 俺はよぉ、てめぇを……いや、てめぇらをこれでもかって程疑ってるぜ。俺らのグループの材料が足りないのも、米が砂になってたのも、全部てめぇらの仕業じゃねぇかってなぁ?」

「……ま、そう思うのも無理ないか。だけど考えてみてくれ咢宮。もし僕たちの仕業ならこうしてお前たちと関わり、あまつさえ手助けをしようとするなんて、おかしいと思わないか?」

「それは……」


 咢宮が言葉に詰まる。羽柴は言葉を続けた。


「俺のことが気に入らないのは良く分かる。朝のことも、この前のことも水に流せとは言わないし、そもそも言えた立場じゃ無い」

「……」

「だからこれは、俺のワガママでエゴだ。頼む咢宮、お前たちを……助けさせてくれ」

「……ちっ、分かったよ」


 咢宮は折れた。羽柴が差し出した手を、掴むことにした。

 これで満場一致、俺たちは羽柴のグループから材料と料理を分けてもらうことになった。

 しかし……。


「とは言ったものの、僕たちのを合わせても足りないね……」


 各グループに渡された具材や米の量はグループ内の人数分。

 料理の過程で多少余りが出たとしても、それでは僕たちの不足分を補うには足りなかった。


「じゃあ優斗たち以外のグループからももらうしかないか〜」

「いや、待つんだ亜亥。何とかなるかもしれないぞ……」

「うぇ?」

「施設だ。俺たちが泊まる合宿施設から材料を分けて

もらえないか頼んでみればいいんじゃないか?」

「お〜、優斗天才?」


 羽柴の言葉に、黛は感心したように声を上げる。

 確かに、試してみる価値はありそうだ。

 それにもしそれが通るならば、わざわざ他のグループから材料をもらう必要もなくなる。


「それじゃあ私が聞いてくるよ!」


 そう言って足早に施設の方へ走って行ったのは伊藤先生。

 そして数分後……。


「大丈夫だって!」


 そんな吉報が、先生の方から放たれた。

 こうして、僕たちの昼食問題は解決した。



 料理の方は滞りなく進んだ。

 先に調理を終えた羽柴たちは乗り掛かった船ということで料理の配膳を手伝ってくれた。

 僕たちの机には中々に美味しそうなカレーが並ぶ。

 

「わぁ〜美味しそう!」

「手作りって感じで良きじゃん。ましろマジで料理練習してんだね」

「ふふん。どうよ」


 目を輝かせる黛と来栖に対し、夢乃は鼻を鳴らした。


 こうして、僕たちは昼食にありついたのだった。



 計画通り……!!

 

 内心で、羽柴優斗はほくそ笑む。

 そう、分かっていたとは思うが、当然ながら、この昼食の一連の騒動……全ては優斗が仕組んだものである。

 全ては、ある目的のため。

 

『いただきまーす』


 はは、いいぞ。食べろ!!

 そのカレーを!!


 優斗の視線は、ある一点に注がれる。

 それは、迅のカレーだった。


 結論から言おう。

 迅のカレーには市販ルートでは流通していない特殊な薬が振りかけられている。

 それは一度口にすればとてつもない腹痛を催すという代物だ。


 優斗は迅のカレーに細工をするために、大掛かりで遠回りな策を講じたのだった。


 リュックの中の米を砂に入れ替え、食材を減らしたことで、誠二たちは第三者が意図的に自分たちを貶めようとしていると考えた。

 その容疑者としてまず挙げられるのは優斗やその周りの人間である。朝の一件があったことからも、それは自明の理というものだ。


 しかし、そこであえて優斗は自ら接近し、一緒に問題解決のために尽くした。

 犯人がわざわざそんなことをするワケが無い……その思考の裏を突き、彼は自分のことを容疑者から除外するよう仕向けたのだ。

 そして、実際に優斗の尽力で、問題は解決した。


 米と砂の入れ替え、不足していた食材。

 インパクトのある悪戯いじめを乗り越えた迅たちは、安堵し切っていた。

 それらがただの攪乱カモフラージュだったなど、思うはずもない。


 優斗犯人の本当の狙いが、迅たちのグループの配膳に参加し、迅のカレーに細工を施すことなどとは、微塵も考えていなかった。

 

 更に、ここで肝になるのは標的を迅だけに絞ったということだ。

 優斗が気に食わないのは迅と隼太。本来であれば二人同時に薬を振りかけたカレーを食べさせたかったが、彼はそれをしなかった。


 理由は単純であり、迅と隼太が二人同時に腹痛を訴えれば、多少なりとも作為的な何かが作用しているのではないかと周囲が疑念を抱く可能性があるからだ。

 それを掘り下げられれば、再び白羽の矢が立ってしまうかもしれない。優斗はそれを避けたかったのである。


 ちなみに今回、優斗が標的を迅にしたのは隼太は前に亮介・蓮と共に痛めつけた(第二章七話参照)から順番的に……という何とも几帳面な理由である。

 

 かくして、張り巡らされた悪知恵と謀略は、的確に迅を絡め獲った。


「あむ」


 よし、食べた……!!


 迅がスプーンですくったカレーを口に入れたのを確認した優斗は、表情に出そうになった歓喜の感情を何とかこらえ、肩で息をする。


 ははは!! これで奴は激しい腹痛と共に今日一日をトイレで過ごすことが確定したぁ!!


 内心、そう喜んでいる優斗。

 だが、残念ながら……そうはならない。


 唯ヶ原迅。

 最強の肉体を持つ彼には、毒はおろか薬も効かないのだから。

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