第46話 その陰キャ、悪意による魔の手が伸びる

 迅たちのグループたちと同じように、他のグループも当然山を登っている。

 その中でもとりわけオーラを放ち、先頭を歩くグループがいた。


 羽柴優斗がリーダーを務めるカーストトップクラスのメンバーで固められたグループである。

 男女共に運動神経が高い優斗のグループは、他のグループに比べ余裕な様子だった。


「ったくもー、太陽照り過ぎ。日焼け止め塗ってきて良かったー」

「さっさと上がって休みたーい」


 朝、真白たちと口論を繰り広げた須藤香奈と中条美生はそう愚痴りながらも軽々とした足の動きを見せる。

 香奈はバスケ、美生はバレー部だ。


「詩織もそう思うでしょー?」


 そして、香奈は後ろを振り返り、詩織に問い掛ける。


「え? う、うん!」


 急に話を振られた詩織は一瞬動揺しながらも、すぐに平静を取り戻し返事をした。


「はは、ったく元気だな俺らのグループの女子は」


 香奈たちの様子を見ながら、これまた軽やかな足取りで山を登る亮介は笑う。


「全くだ。女子はもっとおしとやかじゃないとな」

「それはお前の好みの問題だろうがレン」


 隣を歩く蓮に、亮介は半眼を向けた。

 そして、そんな中……。


「……」


 優斗は何処か不機嫌そうに、山道を歩いていた。

 前方を歩く女性陣は気付いていないが、彼の近くを歩く男性陣はそれに気付いていた。


「おい優斗。やっぱり朝のこと、ムカついてんだろ」

「……あぁ、まぁね」


 亮介の言葉に、優斗は短く答える。

 当然のことだ。尊厳プライドの塊である彼にとって、今朝のことは到底看過できるものではない。


 カースト底辺の迅たちと上位の亜亥たちがグループを組むことは勿論、彼女たちが迅を庇うような物言いをしたことも、優斗の怒りを蓄積させた。


 僕は同じカースト上位の人間として助言をしているというのに、アイツらときたら……!!


 優斗を前にして迅たちが庇われたのはこれで二度目。この前隼太をいじめて発散を図ったが、それも龍子たちによって不完全燃焼に終わったことで、優斗の負荷ストレスは限界に達しようとしていた。


「やっぱりな。俺もムカついてるから、分かるぜ」

「いくら同じ地位の人間だとしても、納得はできないな。アレは」


 そう言って、亮介と蓮は優斗を見る。


「はは、やっぱり……お前らは最高の友達だよ」


 不気味ニヒルな笑みで、優斗はそれに応えた。


「あのオタク共に分からせる。いくら亜亥たちとつるんでいようが、自分たちは所詮カースト底辺の人間だっていうことを」

「なんか策でもあんのか?」

「あぁ、既に手は打ってある。実は今回の宿泊施設……俺の父親の会社が経営に一枚噛んでるんだ。それを利用する」

「ほーん、そりゃあ面白そうだなぁ」

「楽しみだね」


 迅たちへの魔の手は、すぐそこまで迫っていた。



 『山登り』開始から約ニ時間後。

 僕たちグループは合宿施設のある山頂まで辿り着いた。

 到着した順番としてはかなり後の方だったようで、ゴール地点には既に多くの生徒がいた。


「着いた〜」

「うぇー、溶けるかと思ったってー」

「はぁ、はぁ……マジ死ねるんだけど……」

「限界突破、デスゲームでござ……」

 

 着いた途端、黛たちは地面に座る。


「だぁもうベタつくしサイアク! 誠くん向こうで体拭いて!」

「バカ言ってんじゃねぇよエミ」


 そう言って、咢宮はドサッとリュックを下ろした。

 

「はーい。お疲れ様」


 するとそこに、ジャージ姿の女性が現れる。

 彼女の名前は伊藤凛いとうりん。大惨事学園の教師であり、僕たちの数学の授業を担当している。


「それじゃあ次は昼食、運んできた食材で料理を作ってねー」

「うぇー! こんな疲れてんのに料理させっとかリンちゃん鬼畜すぎ!」


 地面に座ったまま、顔を上空へ向ける来栖は不満げに言った。


「はいはい。疲れてるだろうけど頑張ってねー」


 それを伊藤先生は軽くあしらう。

 来栖は頬を膨らませた。そして、


「そんなだから結婚できないんだよー!」

「あん?」


 禁句タブーを口にした。

 伊藤先生は額に青筋が浮かび上がり、肩をプルプルと振るわせる。

 はたから見れば、この先生がこれから激しく怒る事前動作モーションだと思うだろう。

 だが、


「うぅぅぅぅぅどうしてそんなこと言うのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 先生は大声で泣き出した。

 授業などで話が逸れ、結婚の話になると見られるいつもの光景である。


「私だってぇ、私だって頑張ってるのにいぃ……!! どいつもこいつも『重い』とか言ってさぁ……!!」

「あー、リンちゃん。メンゴメンゴ、だから落ち着きなって」


 先程まで悪態を吐いていた来栖が、まぁまぁといった様子で伊藤先生をなだめた。


「もぉ~、ダメだよリリ。リンちゃん泣かしたら」

「あははー、ちょっとヤケクソ気味になっちゃって……。よ、よーし! さっさと料理場に移ろう!! 料理をしよう!」

「あ、誤魔化した~」

「シャラップアイ! そ、それじゃあ行くぞ皆の衆ぅ!」


 無理やり調子テンションを上げた来栖。

 黛や隼太はゆっくりと立ち上がり、そんな彼女の後ろをついていく。


「……」


 チラリと僕は振り返る。

 そこには伊藤先生の、哀愁漂う背中があった。



 調理場はキャンプ場さながらだった。

 見れば、既に調理を始めているグループがちらほらいる。


「よーし、料理料理! お腹減ったし、さっさと作れー!」

「あぁ? 来栖てめぇ人任せにすんなよ」


 咢宮が珍しく来栖に正論を吐いた。


「あっははー。そんなこと言っていいのかなセイジー。あーしが料理を作ろうもんなら、食べた二秒後にトイレに駆け込ませる自信ありまくりんぐだぜい」

「それな~、リリの料理最悪ヤバたんだもん」

「アレなら材料そのまま食べた方がマシ

「うぅ酷い二人とも! もっと言葉を選んでぇ!」


 どうやら来栖は料理ができないらしい。

 作る料理はカレー。

 作り方もしおりに書いてあるため問題は無いと思うのだが、黛と夢乃の言葉を聞く限り、相当に酷いようだ。

 では誰が作るのか、一応僕も人並みには料理はできるが、無駄に目立つのを避けたかったため、僕は無言を貫く。

 僕が名乗り出るのは最終手段だ。

 誰かが名乗り出るのを祈る。すると、


「ウチがやる」


 夢乃が挙手をした。


「うぇ!? ましろん料理できんの!?」

「天変地異!?」

「何でそーなるのよ!」


 驚愕し目を見開くギャル二人に、夢乃はたまらず叫ぶ。


「さ、最近ちょっと夢中ハマってんの」

『へー』

「な、何?」

「いやべっつに〜」

「ましろが料理に夢中ハマるとか、なーんか怪しーとおもってさー」


 黛と来栖はそう言って目を細める。


「べ、別に変な意味は無いわよ。さ、早く始めよ」


 何処か誤魔化すように、夢乃は机の上に置かれたリュックに手を掛ける。

 そして、中の食材と調理器具取り出した。


「ん……?」


 一つ一つ、机の上に置く夢乃。

 彼女の表情が、徐々に曇り始める。

 そして……。


「ねぇ、これ」


 夢乃は呟く。その真意を、僕は理解した。

 ……足りないのである。


 料理をする僕にはどれくらい足りないのかも、分かった。

 丁度、二人分だ。二人分、足りない。


 だが、問題はそれだけではなかった。

 リュックの中には、食材全てが入っていた。

 食材、全て。それには当然、米も含まれる。


 僕たちのリュックに入っていた米は……砂だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る