第42話 その陰キャ、救世主を求める

『オリエンテーション合宿』。

 大惨事学園の新入生を対象に実施される恒例行事。

 聞くところによると、中間テストが終わりひと段落した新入生たちへのご褒美と、学園生活に慣れてきた新入生同士の交友関係の発展を兼ねているようだ。


 県外の山にある宿泊施設へ行って、そこで色々な催しイベントをやるみたいだが、どうも今回はいつも利用しているのとは違う宿泊施設を利用するらしい。


 ……まぁ、どうでもいいな。


 合宿のしおりを閉じながら、僕は思う。


 時刻は午前八時二十分。

 僕ら一年生は学園指定のジャージを着て、校庭に集合していた。

 すると、


「迅殿ぉ……」


 弱弱しい声で、隼太が僕に声を掛けてくる。


「ん? おぉ、おはよう隼太」

「おはようでござる……」

「どうした? 元気無いな?」

「うぅむ。実は拙者、バスに酔いやすい性質たちでして……」

「あぁ、なるほど。それはキツイな」


 などと言ってみたが、正直「酔う」という感覚が僕には全く分からなかった。

 理由は単純。これまで生きてきて、酔ったことがないからだ。

 

「それに、元気が無い理由はそれだけではないでござる……」

「ん?」


 意味深な隼太の発言、一体何のことかと思ったが、その理由はすぐるした。


「おはよ~迅たん、隼たん」

「おっすおっす~!」

「おはよ」

「お、おはようでござる……!」


 現れた陽キャギャル三人組に、カラ元気で返事をする。

  

「こ、こんな陽の光を三日間直で浴びるのは、陰の者にとっては厳しいものがあるでござる……」


 僕にだけ聞こえるように、隼太は小声で呟いた。


「よぉ、俺らが最後か」

「……」


 そしてを空けず、咢宮とその彼女である沢渡エミが現れる。

 彼女だけは、どうやら僕たちのグループに入ることに不満を持っているようであり、それは今も変わらないようだ。


「よろしくね~エミたん!」

「ちょ、馴れ馴れしくすんなし!」

「うぇ~、釣れないなぁ」

「そーだぞエミリン。これから三日間一緒にガンバる仲じゃんか~」

「あぁ~もう!!」


 拒絶する沢渡に全くめげずに絡み続ける黛と来栖。こういった所が彼女たちを陽キャたらしめる所以ゆえんなのだろう。

 

「ねぇ唯ヶ原」

「あ、夢乃さん」


 そんな中、夢乃が僕に声を掛けた。

 一体何の用だろうか。


「バスの席自由みたい」

「……はい?」


 突然何を言い出すんだこの人は?


 言葉の意味が理解できなかった僕は、彼女から発されるであろう次の言葉を待つことにした。


「だ、だから……その」


 俯く夢乃。

 だが数秒後、意を決したように彼女は顔を上げる。


「と、隣……座っていい?」


 ……なるほど。

 これは恋愛攻撃アプローチと言う奴か。


 僕は全てを理解する。

 

 この前の一件で、夢乃が僕に恋愛感情を抱いていることは分かっている。

 つまり、彼女はこの合宿で僕との距離を縮めようとする気なのだろう。


 バスで僕の隣に座ろうとするのは、そのためというワケだ。


「……」

 

 どうするべきか、僕は悩む。


 この前から、僕の気持ちも答えも変わっていない。夢乃のことを恋愛対象として見ていないし、今また告白をされても断るつもりだ。


 下手に期待をさせない、あの時と全く同じことを、僕は考えている。


 ……だが、


『ウチのこと、何とも思ってないのは分かってる。だから……これから絶対、ウチに惚れさせるから!!』


「……いいですよ」

「っ本当!?」

「は、はい」


 僕の答えに、夢乃は小さくガッツポーズをした。


 何故了承したのか。

 僕は推しのために生活をし、推しを中心に生きている。

 どれだけ恋愛攻撃アプローチをされようが、一ミリも揺らぐことは無い。

 

 だから彼女の恋愛攻撃から目を背ける必要は無いと、判断した。


 それに、結果が分かり切っているからといって彼女と正面から向き合わないのは……何か違うと思ったのだ。 


「おい見ろよ」

「あ、アレはぁ……!!」

「は~今日もカッコいいわ……」


 その時である。

 周囲からそんな声が聞こえ始める。


 一体何事だろう、そう思い目を向けると、そこには……。


「遂に来たなぁ合宿! 楽しみだぜ!」

「あまりはしゃぎ過ぎるなよ亮介」

「分-ってるって! なぁ優斗?」

「僕は分かってるよ。気を付けなきゃいけないのはお前だけだ」

「かー! 冷てぇなぁ!」

 

 無駄に大きな声会話を繰り広げる男たちがいた。

 隼太の言葉を借りるのなら、『圧倒的陽のオーラを纏った者たち』とでも表現するべきか。


 そんな彼らは、僕らの前で、足を止めた。


「……おいおい、まさかとは思っていたが、本当なのか?」


 そして羽柴たちは、侮蔑するような視線を僕と隼太に向ける。


「っ……」


 隼太は気まずそうに目を逸らした。


「あーおはよ優斗」

「亜亥、一体何を考えているんだい?」

「ん? 何がぁ?」

「何がじゃない、君たちのグループのことだ。相応しくないのが紛れているじゃないか」

「あはは、何言ってるの優斗? グループに相応しくない人なんてここにはいないよぉ」

「……はぁ、どうやらまた言わなきゃならないらしい。そこのカースト底辺のオタク共のことだよ」


 だろうな。


 指を刺された僕は、内心で呟いた。


「えー、でも優斗この前の持久走で負けたじゃん。だから迅たんはゴミじゃないって話になったと思うけどー?」

「っ!!」


 痛いところでも突かれたのか、羽柴は顔を歪ませる。


「あ、あの時は調子が出なかっただけだ! 次に勝負すれば絶対負けない!!」

「うぇ〜なんかダサーい」

「だ、ダサっ!?」


 ケラケラと、嫌みを全く感じさせず笑う黛に、羽柴の顔は赤くなった。


「ちょっと、さっきから何調子こいてんの?」

「優斗の悪口言うとか許せないんですけど」


 すると、そこに唐突に現れた数人の少女たちが割って入ってくる。


「うぅ……。また陽の者が増えたでござるぅ……」

「隼太。あの女子たちをを知ってるのか?」

須藤香奈すどうかな中条美生なかじょうみお。羽柴殿たちと仲の良い、カースト上位の女子でござる」

「解説ありがとう。何でも知ってるなお前は」

「何でもは知らない、知ってることだけでござる」


 そんなやりとりを経て、僕は再度彼女らに目を向ける。


「亜亥、優斗に変なこと言うの止めてよね」

「いくら何でも調子乗り過ぎでしょ」

「うえーん! 香奈かなたんと美生みおたんがイジメるよぉー」

「おーよしよしこっち来なアイ。おぉいそこの二人、あーしのダチイジメるのは許さんぞー」


 何だろう、物凄く温度差がある。


 向こうの二人は至って真剣な表情だが、対して黛と来栖はその声の抑揚トーンや表情から分かるように、真剣さの欠片も無い。


 それが癪に触ったのだろう。

 須藤と中条の怒りは加熱ヒートアップする。


「てか、優斗は親切に言ってあげてるたけじゃん。こんな奴らと関わってたら自分の価値落とすって」

「そーだよ。アンタらだったらグループ選び放題だったでしょ。それをわざわざ……」


 気持ちの良いくらいの言われっぷり。そんな中、異を唱えたのは当事者の僕ではなく、


「おいてめぇら、さっきから黙って聞いてりゃよぉ。随分好き勝手言ってくれるじゃねぇか」

「マジそれ。ちょーし乗ってんのはそっちでしょ。何舐めたこと言ってんの?」


 咢宮と夢乃だった。


 何ぃぃぃぃぃぃ!?


 あまりにも意外な出来事に、心で叫ぶ。


「はぁ? な、なに急に……」

「ゆ、夢乃たちは関係無いじゃん」

 

 二人に気圧されたのか、須藤と中条は動揺したように口を開く。


「関係大ありだ。唯ヶ原たちは俺らのグループメンバーだからな」

「唯ヶ原たちをを誘ったのはウチ。文句ならウチにどーぞ」

「っ……」


 が、畳み掛けるように放つ咢宮と夢乃の言葉に、押し黙ってしまった。

 それを見かねたのか、いや……最初から介入するつもりだったのだろう。


「珍しいな。夢乃がそこまで言うなんて」

「咢宮ぁ、てめぇもそんな情に熱い奴じゃねぇだろうが。といい、頭でも打ったか?」


 西田と東野が参戦した。

 ここまでくるともう混沌カオスだ。


「気のせいだっての」

「いいや、気のせいじゃない。お前は亜亥とりりあ以外には基本無愛想だからな。イヤでも分かるさ」

「キモ、ウチのこと見過ぎじゃん」

「はは、安い挑発だな」

「あとその腕の包帯カッコいいね。アレでしょ、中二病って奴」

「これはそういう意味じゃ無い!! というか露骨に話を逸らすなっ!!」


 夢乃と東野が言葉の応酬繰り広げ、

 

「あぁん? 西田、てめぇ何言ってやがる。また喧嘩るか? ま、ポッと出の女に一撃で気絶ばされた奴には無理か」

「てめぇ……!!」


 煽る咢宮に西田が怒りの声を上げる。


「じ、迅殿ぉ……どうなってるでござるかぁ……?」

「は、はは……」


 不安そうにこっちを見る隼太に、僕は乾いた笑いを浮かべる。

 

 ……全く笑い事じゃない。

 人目が集まり始めている。これ以上事態が悪化する前に、収束を図られねば。


 いや、これ僕がどうこうできる問題か?


 しかし直後、そう思う。


 無理ダァ!!

 こんなカーストトップ勢のよく分からない言い合いでに僕が参加してもどうしようもなぁい!!


 内心、頭を抱える。

 

 救世主メシア、救世主はいないのかぁ……!!


 心からの叫び、否……心の叫び。

 それに応えるように、


「ちょっとちょっと! 何してるの皆ぁ!」

「え?」


 坂町詩織メシアは現れた。

 

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