第41話 その陰キャ、陽キャグループの一員になる

「じ、迅殿ぉ……。危機ヤバいでござるよぉ……!!」


 この状況を僕同様実感している隼太が、小声で耳打ちをしている。

 

「あんなカースト上位の方々と同じグループになっては、周囲からの風当たりが強くなるのは必至でござるぅ……!」


 隼太の言う通りである。

 このままでは僕たちへの批判バッシングを含め、何かしらの口論になりかねない。平穏な学校生活を望む僕にとって、それは何としても避けたい事態だった。


 だが今回、『夢乃から僕たちを誘ってきた』という性質タチの悪い事実が存在する。

 メンバーが集まらなくて仕方なく穴埋めで僕らが入ったっていうならまだ周囲からの当たりも弱く、辛うじて納得もできるだろうが、今回はその限りではない。


 批判バッシングや口論への発展は必至かくじつと言える。


 どうしたものか、出来るだけ穏便に済まし、軋轢あつれきを生まない方法を導き出すべく、脳みそを回していると……。


「お、何だ。お前ら面白そうなグループになってんじゃねぇか。俺もいいか?」

「え?」

「あ、あなたは!?」


 その声に、僕と隼太は驚く。

 自ら名乗り出た男は、咢宮だったからだ。


「ちょっと誠くん! 何でこんなトコに……!」

「別にいいじゃねぇかよエリ。見た感じ、他はあんまり俺を入れたくねぇみたいだからな。無理に入ろうとするより、すんなり入れてくれそうなグループに入った方がいいだろ」


 咢宮の言う通り、他のグループは彼をメンバーとして入れることを躊躇しているように見える。まぁ二ヶ月前と比べ大分丸くなったとは言え、不良は不良。普通の奴らからすれば怖いのだろう。

 もっと言えば、この前までいた奴の取り巻きの不良二人は不良を辞め、すっかり奴と距離を取るようになっていた。グループもどうやら咢宮とは違う所に入るようだ。


 こう見ると、状況だけで言えば今の咢宮は僕らカースト底辺と変わらない。


 無闇に暴力を振るわなくなったことで、クラスの奴らは彼に対してドライな対応をすることに躊躇が無くなっている。


 だが不良という種別カテゴリと、それを裏付ける強さによって、周囲から表立ってバカにされたりするようなことは無い。


 つまり、咢宮はスクールカーストという仕組みから逸脱したのである。


 そして、そんな彼が今、僕たちのグループに入ろうとしているのだ。


 ――これを、利用しない手は無い。

 

「なぁ、俺らも入っていいか?」

「うん、いいよ~」

「おぉ咢じゃん。モチおkよ」

「別に、あとのメンバーは誰でもいい」


 黛、来栖、夢乃の三人はすんなりと咢宮たちを受け入れる。


 よし、これで……!


 僕はチラリと、外野へ目をやる。


『お、おい……咢宮の奴、亜亥ちゃんたちと同じグループに入っちまったぞ……?』

『ざけんな……! おい誰か言ってこいよ……!』

『何をだよ……!? かなり大人しくなったとは言え、アイツは不良だぞ!? 下手に口出ししたら何されるか分からないだろ!』

『というか待てお前ら、これは僥倖ラッキーかもしれないぞ……』

『はぁ?』

『考えてもみろ。俺たち皆、咢宮をグループに入れたくないのは同じだろ? それを引き取ってくれる所が現れたんだぞ』

『言われてみれば、確かに……』

『亜亥ちゃんたちと同じグループになれないが、咢宮と一緒にならなくて済む……』

『今回の合宿のカリキュラムはグループでの活動がほとんどだ。それを考えれば……』

『あぁ、下手に問題起こされるよりは……』


 ふふふ、そうだろうそうだろう。


 予想通りの話の展開に、僕は内心ほくそ笑む。


 僕はしっかりと見ていた。

 先程まで他のグループ間では黛たちの取り合いと共に、咢宮という爆弾の押し付け合いも行われていたことを。

 咢宮と同じグループになるのを避けたいという思いと、この状況で口を挟み咢宮に何かされるのではないかという不安を抱いている奴らならば、無益で無駄な衝突は生じない……そう考えた。


「おー、決まったか? そんじゃあグループのメンバーが誰かしっかり覚えとけよー」


 そして、加賀の言葉によって、グループ決めは締め括られた。

 

 ふっ、この二か月……普通の生活を続けてきたことで、一般人の思考って奴が分かるようになってきたぜ。

 これは完全にタダの一般人になる日も近いな。


 僕は順調な自分の成長ぶりに感動する。


 だがまぁそれは別として、しこりは残ってしまった。

 無駄な争いが発生しなかっただけで、周囲の奴らが僕らに負の感情を向けることに変わりはない。しかも今回の一件で、それが一層強くなったのを感じる。


 そして……。


「どうすんだこれ……」


 決まってしまったグループメンバーの面々を見回しながら、僕は小さく呟いた。



「と、いうワケだ」


 その日の夜、僕は居候二人に合宿のことを説明した。


「うぇ!? マジかよつーことはこのバカ猫と三日間二人で過ごさなきゃなんねぇのかよぉ。最悪だぜぇ」

「こっちの台詞セリフ、アホ龍」


 悪態を吐き合う龍子と九十九を見て、僕は溜息を吐く。


「ったく、別にいいだろ。どうせ僕が学校に行ってる間はいつも二人で留守番してんだから」

『むぅ……』


 僕の正論に、二人は頬を膨らませる。


「んで、僕がいない三日間だけど、とりあえず飯は用意しとく。ある程度の金も置いておくから飯足りなかったら適当に弁当でも買うか材料買って作ってくれ。料理は龍子ができるからそこら辺は問題ないだろ」

「は……? お前、料理できるの……?」


 心底信じられないといった表情で、九十九が龍子を見る。


「はっははは! アニキの女になるために覚えたんだ! まぁ今もアニキの女みたいなもんだけどなぁ!」

「やかましいわ」


 思わずノリでツッコんだ。


「料理……くっ、その手があった」


 その横で、何故か悔しそうに九十九は床に手を付いた。

 次いで、僕は思い出す。


「あー、後もう一つ忘れてた。一応お前らが買い出しで外に出ることを考えてだな……」

『ん?』



 一週間後。


「んじゃ、行ってくる」


 合宿当日。

 必要な荷物をまとめたリュックを背負い、迅は振り返る。


「おう! 家はしっかり守っとくぜアニキ!」

「良い子で待ってる」

「……」


 大丈夫かなぁ……?


 自信満々に言い放つ龍子と九十九に、些末さまつな不安を抱く迅。

 しかしここはもう彼女たちに任せるしかない。


 そう思い直し、彼はアパートを後にした。


 バタン


 ドアが閉まり、龍子と九十九は、互いに目をやる。


『ダセェ……』


 そして、変装のために黒く染め上げた髪を見て、そう呟いた。

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