第三章 弩危弩危合宿

第40話 その陰キャ、余る

『少年院』

 主に非行に走った未成年を隔離し、矯正を促すための施設。

 大きな事件を起こした不良たちは、大抵この施設へと収容される。

 

 だが、その『少年院』ですら手に余る不良たちが存在した。


 例えば、『不良百人斬り』と称し、不良ランキング上位だった不良たちをことごとく瀕死の重傷に追い込んだ者。


 例えば、家族愛に飢えていたがために、見ず知らずの大人たちを監禁・洗脳し、『お父さん』と『お母さん』を量産した者。


 例えば、違法薬物の過剰摂取で警察に捕まり、薬物を全て押収されたが、薬物の禁断症状を経て、脳内で自在に脳内麻薬を作り出すことが可能になった者。


 そういった者たちが入るのは『少年院』ではない。

 ――『極少年院ごくしょうねんいん』だ。


 この施設は日本全国に三つあり、ここに入ることは「収容」ではなく「収監」と言う。


 そして今、この三つの『極少年院』で、ある異変が起こっていた。



 千葉県

 愚露李阿グロリア極少年院。

 

「誰だぁ? てめぇ……。変な被りやがってよぉ」

 

 最低限の栄養摂取で生かされ続け、全身を拘束されている男は、唐突に現れた男に目を向けた。


「僕は【冷笑スニーア】。田中淳獏たなかじゅんばく、いや……【調律師チューナー】と呼んだ方がいいかな? 君を解放しに来たよ」

「はっ……。信じられねぇな」

「おいおい、何を言ってるんだ君は。ここまで来たのが、紛れも無いその証拠だろう?」

「……」


【冷笑】の発言に、【調律師】と呼ばれた男は無言。

 だが数秒後、再び彼は口を開く。


「何が目的だ……?」

「混乱と混沌を生み出す」


 淳獏の問いに、【冷笑】は即答した。


「そのために、君の力が必要なんだ。もうここに入って三年近くが経つだろう? いい加減、出たくないかい?」

「……ったりめぇだろうが」

 

 淳獏は体を震わせる。瞬間、部屋全体が……揺れた。


「おぉ、弱っているとは言えこの。流石だね」

「溜まってんだよぉ。グチャグチャにしたいっていう俺の欲がなぁ……」

「うん。やっぱり君を選んで正解だ。それじゃあ、行こうか」


【冷笑】はそう言うと、即座に淳獏の拘束を解いた。


「ほら、動けるかい? 肩を貸そう」

「はは、ありがと……よぉ!!」


 ブン!!


 その瞬間、淳獏が【冷笑】に向け拳を放つ。

 しかし、その拳は彼の眼前で止まった。


「はんっ、怖気ビビらねぇか」


 脅しのための攻撃、それが不発に終わり、淳獏は口を尖らせる。


「当てる気を感じなかった。最も、今の君じゃあ拳を当てた所で僕にダメージは与えられないけどね」

「言うじゃねぇか、気に入ったぜ。極少年院ここを出るために一方的に利用するつもりだったが、気が変わった。お前の目的、俺に手伝わせろ」

「はは、お眼鏡に叶ったようで嬉しいよ」


 ニヤリと笑う淳獏に、【冷笑】はそう答えた。


 そしてほぼ同時刻。

 他二つの『極少年院』から、それぞれ一名がピエロ面の者たちによって脱獄を成し遂げる。


 狂気と危険が渦巻く第三章。

 波乱の幕が今、開けようとしていた。



 ――六月中旬。


 梅雨の時期に入り、少しジメジメとした空気が漂う。

 そんな中、僕のクラスの担任教師、加賀正道かがまさみちは言った。


「はーい。それじゃあ来週はいよいよ『オリエンテーション合宿』だー」

 

 彼の言葉に、教室内が浮足立つのを感じる。


「てなわけで、合宿中一緒に活動するための班決めを今からやる。四グループ作れっていうお達しだから一グループあたり七~八人だな。まぁ適当に決めてくれ~」


 そう投げやりに言うと、加賀先生は近くの椅子に座り、スマホをいじり出した。

 前から思っていたが、この先生はどうも適当らしい。

 

 まぁそんなことはさて置き、グループ決めか。

 とりあえず、一人はもう決まっている。


「隼太。一緒に組もう」

「勿論でござる!」


 僕の声掛けに、隼太は快諾した。


「んで、残りのメンバーだけど……」

「えーと、そうでござるね……」


 隼太と僕は、チラリと教室を見回した。

 見ると、既に仲の良い人たちで大方のグループが決まっており、誰も僕たちの方を向いていない……すなわち、誰も僕たちとグループを組む気が無い。

 というより、むしろどのグループが僕たちを引き取るか……その押し付け合いが始まっている。


「ま、まぁ拙者たち陰の者はこういう運命さだめでござるよ。大人しく拙者たちの受け入れ先が決まるまでここで待機してるでござる」


 隼太は自嘲気味に笑いながら、僕の肩を手を乗せた。


 ザワザワ


 ん? 


 教室の中心が何やら騒々しい。僕がそちらに目をやると……。


「亜、亜亥ちゃん! 俺らと一緒のグループになろうよ!」

「はぁ!? 何抜け駆けしてんだ亜亥ちゃんたちは俺らと同じグループになるんだよ!!」

「ちょっと何勝手に話進めてんの!? 黛さんたちは私たちのグループに入るんだけど!」


 黛たちを自分のグループに入れようと、クラスの奴らが男女問わず躍起になっていた。


 流石人気者は大変だな、と対岸の火事を見るような感覚で、そのやりとりを眺める僕。

 すると、ウザそうにその喧騒を抜け出た夢乃が、こちらへ向かって歩いてきた。

 

 一体どうしたのだろう、などと軽く考えていた僕だったが……。


「唯ヶ原、あと柿崎。アンタら、まだ入るグループ決まってないでしょ?」

「え……? あ、はい」


 突然の夢乃からの問いに、若干の困惑を覚えつつも答える。


「じゃあ、ウチらのグループ入りなよ」

「へ……?」


 彼女からの誘いに、思わず目が点になった。


「な、ななななななな何を言っているでござるか夢乃殿ぉ!?」


 ほぼ同時に、隼太が驚愕の表情を浮かべる。

 当然の反応だ。


 この二か月、僕はスクールカーストがどういうモノなのかを多少ながら実感した。

 だからこそ、隼太の気持ちが分かる。


 カースト上位の陽キャである夢乃が、カースト底辺の僕らを誘うなど、天地がひっくり返るレベルの事態であることを。 


 だが、僕は夢乃がどうして僕たちを誘って来たのか。その理由を、漠然とだが理解していた。


「何? ウチらと組むのヤなの?」

「そ、そういうワケではないでござるが……」

「な、なぁ……?」


 僕と隼太は思わず顔を見合わせる。


「じゃ、決まり。アイとリリもいいでしょ?」


 が、そんな僕たちを夢乃が意に介すことは無い。

 彼女は、未だに争奪戦の渦中にいた黛と来栖くるすを見る。


「あーうん分かったぁ! 皆ごめんねー? そゆワケだから♪」

「メンゴメンゴ~」


 そして、とても軽く他の人たちからの誘いを断った二人は僕たちの元に駆け寄って来た。


「じゃ、これで五人。後二~三人どうする?」

「え~? 私は誰でもいいよ~?」

「あーしも、誰でもおk」


 などと、勝手に話を進める夢乃たち。

 僕と隼太は完全に蚊帳の外だ。


 ……マズい。


 直後、僕はそう実感する。


『おい、何で亜亥ちゃんたちが唯ヶ原たちとグループを組むんだよ……!?』

『どーなってんだよ!? 俺らがあんなに誘ったのに……!!』

『黛さんたち、どうしてあんな陰キャに……』

『アイツら、どんな手使いやがった……!!』

 

 周囲からの、妬みの視線を……。

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