第37話 その陰キャ、一撃で終わらせる(一方その頃)

 ――龍子と九十九たちが喧嘩を終える二分前。


 どうして、こうなった……?


 目の前の光景に、アグルはただただそう思うことしかできなかった。


 赤の特攻服トップク、【紅蓮十字軍スカーレット・クルセイダーズ】の面々はほぼ地に伏し、残るは総代である轟琥珀ただ一人。その彼女も宇宙人の覆面マスクを被った少女に敗北をしそうであることが分かる。


 そして青の特攻服トップク、アグル率いる【永劫輪廻ウロボロス】も、あれだけ残っていた戦力は残り幹部である大那と狂平のみ。こちらも殺人鬼ジェイソンの覆面を被った少女に翻弄され、恐らく負けることが濃厚。


 戦況を外から見ていたアグルには、それらの好ましくない未来が、容易に見て取れた。


 僕の計算は、完璧だったはずだ……。

 

【紅蓮十字軍】を潰すための策をくわだた。

 水面下で人員メンバーを増やし、教育と調教を行い、下準備を進めた。

 こちらの有利な舞台フィールドに誘導し、用意していた策にめた。

 

 ……奴らのせいだ。奴らが来て、全ての計算が一瞬で狂った。


 忌々しい表情で、アグルはに目をやる。


「さぁ、後はお前だ」


 鹿の覆面マスクを被る迅は、ただ真っすぐにアグルへ向かい歩く。

 迅の役割は、龍子と九十九が逃した不良の殲滅。よって、どの戦闘にも参加していないアグルを倒すことが、この場での彼の役割だ。


「ふざ、けるなよ……」


 プルプルと肩を震わせ、アグルは迅を睨み付ける。


「何なんだ……何なんだよ!! いきなり現れて、全てメチャクチャにして!! お前は一体何がしたいんだよぉ!! 僕は不良界でトップに立つんだ!! こんなワケの分からないことで終われないんだよぉ!!」

 

 神崎アグル、彼の心には常に誰かを支配し、上に立ちたいという欲望が渦を巻いている。

 そんな彼が出会ったのが、『不良』という無法者アウトローたちがのさばる世界。

 力の大小によって決まる明確な身分。生じるれっきとした格差。力を持つ者が持たざる者を支配することのできる絶対構造。

 学校や会社などでは到底感じることのできない興奮と悦楽は、自身の欲望の器を満たしてくれるとアグルは確信した。


 そしてあと一歩、あと一歩で彼は自身の欲望が満たされるはずだった。それを邪魔し、あろうことが道を断とうとしている迅たちに、声を荒げるのは必定。

 

 対する迅は、


「なら、来いよ」


 一切臆することなく、アグルにそう言い放つ。


「何……?」

「俺が邪魔なんだろ? なら無理やり俺を屈服させてみろ。それが不良ってもんだろ」

「……」


 迅の言葉に、アグルは無言。

 だが、理解していた。


 この状況で、いくら交渉をした所で迅は止まらない。力でひれ伏せさせるしかないことに。


「ふぅ……」


 覚悟を決めたのか、目を瞑り、息を吐くアグル。

 そうして彼は、構える。戦う意思を、ありありと見せつける。


 このままでは奴ら三人と僕一人が対立する構図になる。

 それだけは何としても避けなければならない。

 見た所、あの男は他二人を従えるリーダー的存在。ならば、奴を無力化し人質として取ることができれば、まだ勝利の芽はある……!!


 絶体絶命の窮地に陥ったアグルは活路を……か細いが確かに光を放つ一本の糸を見つけ出す。


「分かった。全力で、君を迎えよう」


 その糸を掴み、切れないよう上へと昇れるかどうかは、アグル次第だ。


 神崎アグル、彼が極めた技は『化頸かけい』。

 中国武術の身法の一種であり、攻撃の衝撃を殺したり、力の方向ベクトルを変える……所謂いわゆる「受け流す」技だ。


 ドンッ!!


「……」


 大地を蹴り、一瞬で眼前まで距離を詰めた迅に、アグルは一切の動揺を見せない。

 今の彼の心は、凪のように穏やかで緩やかだ。

 身体の脱力と冷静な思考。それが相手の攻撃を捌く上で、一番重要なのである。

 

 そんな彼を意に介すこと無く、迅は回し蹴りを放った。


 ――【悪ノ捌キ】。

  

 通常、「受け流す技」というのは相手の攻撃方向に対して交差するように別方向の力を加えて実現する。

 だが『化勁』はそれとはやや仕様が異なる。攻撃を「回転」の力によって流す、あるいは巻き取るのだ。


ッ!!」


 アグルは自身の左足を軸に、己を回転させる。

 迅の右足から放たれた蹴りを「回転」によって殺し受け流す。そしてその力を逆に利用し、渾身の裏拳を叩き込む。

 それが彼の勝利の方程式、勝つための算段だった。


 ――だが、


「【普通タダのキック】】


 ドゴォォォォォォォォォン!!


「があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 圧倒的な力の前では、そんな方程式は無意味だった。


 バ、バカなぁ……!? 攻撃が強過ぎて……受け流し切れなかっただとぉ……!? そんな、ことがぁ……!!


「く、そがぁ……」


 悔しさと無念が入り混じったようにポツリと呟き、アグルの意識はそこで途絶えた。

 

「よし」


 まるで掃除を終えたかのような軽い迅の反応。

 東京内で名を馳せるチームの総長を一撃で倒したにしては、何とも淡白だ。


「アニキィー!!」

「お兄ちゃん、終わった」


 迅が振り返ると、龍子と九十九が彼の方へと駆け寄って来た。

 彼女たちの後方には、赤と青の特攻服トップクを着た少年少女たちが、漏れなく倒れている。


【紅蓮十字軍】と【永劫輪廻】は、こうして儚い終わりを迎えたのだった。



『唯ヶ原君。入場が始まって十分が経過、こっちに異変は無いです』

「そうか。こっちも今全部終わった」

『え!? てことはもう全員、倒しちゃったんですか……?』

「あぁ」

『ひょえぇぇぇぇ……。や、やっぱり流石です……』

「今からそっちに向かう。何かイレギュラーが起きたら連絡してくれ」

『あ、はい! 分かりました!』


 坂町からの報告に僕は要件を伝え、通話を切った。

 そして龍子たちの方へと目をやる。


「龍子、九十九。協力ありがとな。お前らのおかげで大分早く片付いた」

「へっへーん! 気にすんなってアニキ!! アニキのためなら例え火の中水の中だからよぉ!」

「九十九も、同じ」

「この借りは必ず返す。何が良いか決めといてくれ」

「よっしゃあー!! アニキからのご褒美だぁ!! 何が良いかなぁ~!!」

真剣マジで、考える」


 まるでおもちゃを買ってもらった子供のような無邪気な反応に、俺は思わず苦笑する。


「うし、じゃあとりあえずここで解散だ。お前らはこのまま家に帰っててくれ」

「おう!! アニキもらいぶ? 楽しんでこいよ!!」

「あぁ!!」

 

 龍子に背中を押されるように、僕は代々木公園の原っぱを走り、渋谷公会堂を目指すのだった。



 迅と詩織が通話を終了した直後、当の渋谷公会堂ではある問題が発生していた。


「許せない、許せない許せない許せない!!」


 ナイフを持った中肉中背の男が、鬼気迫る表情で肩を震わせていたのだ。


「な、何なんですか貴方はぁ!!」

「お、落ち着いてください!!」


 ライブ会場のスタッフたちは動揺しながらも何とか宥めようとするが、男は止まらない。


「俺はなぁ……!! くくるちゃんのファンクラブの会員なんだぞ!! YouTubeのメンバーシップにも入ってるし何十万とスパチャしてきた……!! その俺がぁ、ライブの現地当選しないなんてぇ、おかしいだろぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!??」


 そう言って男は持っていたナイフを、


「ひぃ!?」


 人質として捕らえられてる詩織に突き立てた。


「この女の命が惜しいなら、俺をライブ会場に入れろぉ!!」


 ど、どうしてこんなことにぃ……!!


 迅との通話が終わった直後、油断していた彼女は背後から男に襲われ今に至る。

 そして男が持っているナイフにより、下手に動くことができないでいた。


 こ、これじゃあ唯ヶ原君に連絡もできないしどうすればぁ……!!


 そう、彼女が悲壮感に暮れる時だった。


「おいおい、随分と穏やかじゃないねぇ」


 何処からともなく現れたイケメンが、陽気に声を掛けてきたのである。


「あぁ!? 何だお前……!!」


 突然現れた彼に、ナイフを持った男は動揺を見せながらも問い掛ける。


「名乗るほどの者じゃないさ」


 が、その問いを無視するように、イケメンはナイフを持った男に向かい前進を続けた。


「ちょ!? 何をしてるんですかあなた!!」

「見て分からないんですか!! 彼は人質を取っているんですよ!?」

「うん、見れば分かるよ」


 みかねたスタッフの言葉さえも軽く聞き流し、イケメンは進む。


「おい、おいおいおい!! 来るんじゃねえ!! 見て分からねぇのか!! この女がどうなってもいいって言うのかよぉ!!」

「いんや、女の子が死ぬのは……あまり見たくないかな」

「……え?」


 ナイフを持った男は、素っ頓狂な声を上げる。

 無理もない、たった今目の前にいたはずのイケメンが消失し、背後からその声が聞こえてきたのだから。


「あまり自暴自棄ヤケにならない方がいい。世の中は俯瞰していた方が得だよ?」


 そう言いながら、イケメンは後ろからナイフを優しく取り上げた。


「は……はぁ……はぁ……!!」


 あまりにも不気味で異質な体験に、男の動悸は加速し、呼吸が荒くなる。


「ほらほら、ダメだよ。そんな風に呼吸を乱したら……」

「ぁ……が」

「簡単に、倒されてしまうからね」


 意識を失い、力無く倒れた男に向かい、イケメンは呟いた。



 突如発生した事態は数分の内に解決した。

 ナイフを持った男は拘束され、警察を待っている。

 そきて解放された詩織は、自身を助けてくれたイケメンに礼を言って頭を下げた。


「あ、あの……ありがとうございました!」

「はは、気にしなくていいよ。大したことはしていないから」

「い、いえそんなこと無いですよ……! 何か格闘技とかやってたんですか?」

「やってないよ。ただ色んな人の技を見てきたからね。それの真似ならできる」

「そ、それってかなりスゴくないですか……?」

「んー、まぁこれでも前は隊長を任されたりはしてたなぁ」

「へ? それって……」


 イケメンの聞き捨てならない言葉に、詩織は目を見開く。


「っと、長居し過ぎた。それじゃね」

「ちょっ!? 待ってください!! ……って、アレ?」

 

 詩織はキョロキョロと周囲を見渡す。だがどこを見ても、もうイケメンの姿はなかった。

 彼は、煙のように忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。

 思わず狐に化かされたような感覚に陥る詩織。

 

 一体、あの人は……。


 渋谷の雑踏を耳にしながら、彼女は数秒前までいたはずの彼に思いを馳せたのだった。

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