第35話 陰キャ率いる不良少女、抗争で暴れる 中

 レイナが、一撃でやられた……。


 されたレイナを一瞥し、琥珀は改めて目の前で不敵に笑う龍子の異質さを実感する。


「お前……やっぱり強い」

「はは!! ったりめぇだろうが!! だってアタシはぁ……っとアブねぇ!! 口が滑るトコだったぜぇ!! てめぇ!! ハメようとしやがったなぁ!!」

「何言ってるか、分からない」


 バットと木刀越しに、両者は互いの目を見て、言う。

 拮抗した鍔迫り合い。この均衡を先に崩し、次の攻撃アクションに移るのは、どちらか。


「っ!!」


 先に動いたのは、琥珀だった。

 木刀を一振りし、鍔迫り合いを強制的に切り上げた彼女は、そのまま間髪かんぱつ入れず、更に木刀を振るった。


「【悪羅悪羅斬オラオラギリ】」


 ドドドドドドドドドドッ!!!

 

 縦横無尽に、だが美しく流れるように放つ琥珀の連続斬り。

 これに対し龍子は、


「良い速さだ!! 斬り合いならよぉ、こっちも応えねぇとなぁ!!」


 興奮気味に叫んだ。


「【金属バッ刀術:三界さんがい】!!」


 龍子の【金属バッ刀術】には一から七までのわざがある。

 その中で三つ目の型、『三界』は連続で相手にバットを振り続ける。


 ズガガガガガガガガガガッ!!


 およそ一般人の目には補足もできない速度スピードで行われる不良二人の剣戟斬り合い

 一瞬の気の緩みが命取りになる状況下。


 刹那の間、何度も繰り出される木刀とバットの衝突。

 生じる衝撃、それは互いに相手の力量を示す。


 凄い。コイツ、こんなメチャクチャな太刀筋フォームなのに、してる。


 刃を交えれば交える程、琥珀は実感する。目の前にいる、珍妙な覆面マスクを被っている少女の……淀み無い強さを。


「はは……」


 気付けば、彼女は無意識に笑っていた。

 初めて出会った好敵手。自身が心地良く全力を出せる相手との邂逅……不良としての彼女のさがくすぐられた。


【紅蓮十字軍】のトップとしてでは無く、ただ一人の不良として、


 ごめん、皆……。

 地位も、名誉も、矜持も……どうでもいい……!!

 私今……コイツとの戦いが、楽しくて仕方ない……!!


 琥珀は目の前の敵との闘争に胸を躍らせた。


「おぉ笑うかお前!! そうだよなぁ!! 笑うよなぁ!! やっぱり強ぇのと戦うのはよぉ!! 興奮するよなぁぁぁぁぁ!!」

「お前、良い!! だから名乗る……!! 【紅蓮十字軍】総代、轟琥珀。続けよう、何方どっちかが倒れるまで!!」

「ははっ!! 不良礼儀マナーかぁ!! 生憎だが一身上の都合で名乗れねぇ!! 悪いなぁ!!」

「構わない!!」


 ズドドドドドドドドドドドドッ!!


 一層に激しさを増す剣戟。

 両者一切臆することなく放つ、守りを捨てた攻めの太刀。

 ハタから見れば、狂気の沙汰。


「ははは……!!」

「へへへ……!!」


 それでもなお、少女たちは笑う。


 伴う痛み恐怖などには目も暮れず、今ある快楽に身を委ね、一撃一撃に生を実感する。


「「はははははははははははは!!!!」」


 何方どちらが先に口を閉じるか、これはそういう勝負だ。


 楽しい、楽しい楽しい楽しい!!

 けどそれだけじゃ終わらない!! 勝つ……私が!!


 楽しみながらも、琥珀は常に勝利の糸口を模索さがしていた。

 そして、彼女は突き止める。


 龍子の太刀筋に、僅かなクセがあることを。


 どう斬り込んでくるか分かれば、それを逆手に……先に一撃ブチ込められる。


 琥珀は更に神経を研ぎ澄ませる。二秒後、必ず来たる龍子の行動うごきに備えて。


 そして、それは来た。


「はははぁ!!」


 ここ……!!


 龍子が腕を振り上げ、こちらに向かい金属バットを振り下ろすのをはっきりと視認する琥珀。

 瞬間、彼女は木刀の持ち方を変える。


「【悪羅返オラガエシ】」

「おぉ!!」


 バットが当たる直前、琥珀は龍子の手首を狙い、攻撃の軌道を逸らし、攻撃を回避した。

 まるで剣道の『返し』のように。


 轟琥珀、彼女の家は剣道の道場を開いている。

 琥珀の技は全て家の流派を喧嘩用に昇華アレンジしたものだ。


 勝った……!!


 龍子はバットを振り切り、空を切った。明確な隙を作り出した琥珀は自身の勝利を確信する。

 後は、木刀を龍子にブチ込むだけ。

 そう意気込み軽く息を吐くが、


「え……?」


 思わず彼女は、目を丸くした。


「ははっ」


 相手もまた、勝ちを確信した目をしていることに。


「良かったぜ。アタシが偽造つくったクセ、しっかりと見抜いてくれてよぉ。やっぱり、強ぇよてめぇはぁ!!」


 そう言って、龍子は一瞬でバットをに持ち替えた。


「【金属バッ刀術:四突しとつ】!!」


【金属バッ刀術:四突】、金属バットで相手を突く技。

 今回龍子は、これをバットのグリップ側で行った。逆手で持ち替えたのはこのためである。


 強いからこそ、凄まじい龍子のバット捌きに癖を見出すことができた琥珀。

 だが、龍子はそれよりも一枚……否、何枚も上手うわてだった。


 バギィ……!?


「がはぁ……!!」


 バットの後ろ先端グリップエンドが、琥珀の鳩尾に容赦なく食い込む。

 想像を絶する痛みと衝撃に、琥珀は……。



「……あ」

「おぉ、目ぇ覚めたか」


 ゆっくりと目を開ける琥珀に、龍子は声を掛ける。


「私、どれくらい……」

「んあ? そんな気絶トンでねぇぜ。十数秒だ」

「……」


 龍子の言葉に、琥珀は何とも言えぬ気分で空を見上げた。


「負けた……」


 そしてポツリと呟く。


 完膚なきまでの敗北。これまでに味わったことの無い感覚と行き場の無い感情に、琥珀は呆然とするしかなかった。


「ダメ……これじゃあもう、誰も私と……仲良くしてくれない」

「あぁ?」


 琥珀の意味不明な言葉に、龍子は首を傾げる。


 轟琥珀、彼女は人付き合いコミュニケーションが苦手だった。所謂いわゆるコミュ障だ。

 しかしそれでも彼女は友達がほしかった。友達と楽しく過ごしたかった。

 そんな彼女が友達を作るためにしたことが、不良として周囲に力を誇示アピールすることだ。

 

 強ければ皆が集まってくれる。

 強ければ皆が自分を見てくれる。

 強ければ皆が遊んでくれる。

 

 人付き合いに関して何処までも不器用で初心うぶだった彼女は、そう考えた。


 結果として彼女の周りには彼女を敬愛し尊敬する不良の少女たちが集まった。

 そうして【紅蓮十字軍】が形成され、気付けばそれは東京内でも有数のチームとなり、なし崩し的にチームのトップ、総代となっていた。


 故に、今回の敗北は彼女にとって許されるものではなかった。

 周囲との繋がりを保証する、ただ一つのモノ。それが消えたのだから。


「何言ってんだてめぇ?」

「え……?」


 が、龍子はそれを一蹴した。


友達ダチってのはよぉ。一緒にいて楽しい奴のことだろ? 喧嘩の強さだけで決まるもんじゃねぇって」

「で、でも……」

「でももヘチマもねぇ。ったく、さてはてめぇバカだな? 友達ダチの作り方も分かんねぇんだろ? ならアタシが教えてやんよ」


 しゃがみ込む龍子。

 そうして彼女は琥珀の胸に、拳を突き立てた。


「一番大事なのは、ここだ。てめぇがどうしたいか、どうなりたいのかを……魂から出た言葉で、ちゃんと相手に伝えることだ」

「魂、言葉で……。分かった、やってみる……」

「おう。やってみろ」

「……でも、何で教えてくれたの……?」


 恐る恐る、琥珀は龍子を見上げながら言う。


「てめぇとの喧嘩が楽しかったからな。その礼だ」

「……嘘。敗北けてから気付いたけど、お前……全然本気じゃ無かった」

「ったりめぇだろうが。アタシが早々本気で戦える奴なんていねぇよ。でも、てめぇはかなり骨のある方だ。だから楽しかったのは本当マジだ。自信持て、もっと強くなったらまたやろうぜ!」


 何てこと無いように、答える龍子。

 その異常性と特異性に、琥珀の中の疑心と好奇心が渦巻く。 

 だが、もう彼女は問い掛けることをしなかった。


 敗者に、その資格は無いと……思ったからだ。


「さてさて、あっちはどーなってっかなぁ?」


 そんな琥珀の思考などつゆ知らず、龍子は視線をある方向へと向ける。


「コイツ……何なんだよ……!!」

「化け物めぇ……!!!!」

「失礼。化け物じゃない」


 そこでは殺人鬼ジェイソン覆面マスクを被った少女が、幹部含めた【永劫輪廻】数十人を相手に、淡々と無双していた。

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