第34話 陰キャ率いる不良少女、抗争で暴れる 前

『唯ヶ原君。ライブ会場への入場が始まって五分が経過しました。今の所周辺に異変は無いです』

「了解。引き続き報告と見張りを頼む」

『はい』


 耳にしているイヤホンから聞こえる坂町の報告に、僕は小声で答える。


 ……さて、ここからだな。


 何処か驚いた表情でこちらを見ている不良たちを見据え、意気込む。


「おいおい。一体何なんだい……君たちは……?」

「あ……?」


 すると突然、神崎がこちらへ向け言葉を発してきた。


「いきなり現れて漁夫の利とは感心しないなぁ。これは僕たち【永劫輪廻ウロボロス】と【紅蓮十字軍スカーレット・クルセイダーズ】のどちらが東京の頂点に立つかを懸けた決戦なんだよ。それに水を差すなんて、無粋だと思わないのかい?」


 ……。


「バカかてめぇ」

 

 あまりにも呆れる神崎の物言いに、僕は声を漏らす。


「……何だと?」


 数秒前よりも低い声音トーン、苛立ったような口調と鋭い視線を神崎はこちらへ向けた。


「こっちは三人だぞ。たった三人にやられといて、漁夫だの水を差すだの……ンな言い訳が通用するかよ」

「……っ!!」


 図星だったのだろう。神崎は一瞬肩を震わせる。

 

「ど、どうやら口の利き方がなっていないようだね……!!」

「総長落ち着いて下さい……!!」

五月蠅うるさい!! 分かっているそんなことはぁ!!」


 ドゴ!!


「ぐっ……!!」


 苛立った様子の神崎はそのまま隣にいた志倉の頬を殴った。


「大丈夫だよ大那……僕は冷静だ……!! ここで戦力を割くような真似はしない……!!」


 へー、どうやら態度とは裏腹べつに頭はしっかりしているみてぇだな。


 見た所、戦力は【永劫輪廻】の方が有利。が、もしここで【永劫輪廻】のメンバーを俺らの方に向かわせれば、その隙を轟たち【紅蓮十字軍】に狙われて負けるってことを理解してやがる。

 

 苛立ちながらもしっかりと合理的な思考で理性を保つ神崎に、僕は少しばかり感心する。


 しかし、残念ながらそれは無意味だし奴の作戦は既に破綻している。

 

 何故なら……俺たちがどっちも潰すからだ。


「宇宙人、ジェイソン。一応聞くが、どれとりたい?」


 僕は覆面を被った龍子たちにそう尋ねる。


「えーと、そうだなぁ……」


 宇宙人の覆面マスク越しに、龍子は対峙する不良たちを品定めする。

 そして彼女が選んだのは、


直感ピンと来た!! 赤い方だ!! 特に小せぇアイツ!! かなり楽しめそうだ!!」


 木刀を持った少女、轟琥珀だった。


九十つく……殺人鬼ジェイソンはどれでもいい」


 対し、九十九は誰でもいいようだ。まぁコイツの性格から考えてそう答えるだろうことは予想できていた。


「じゃあ殺人鬼ジェイソンは青い方をやれ」

「お兄ちゃ……鹿さんは?」

「俺は最終防衛ラインだ。お前が仕留め損なった奴を狩る」

「分かった」


 コクリと頷く九十九。

 これで全員の分担は決まった。


「じゃあお前ら、行くぞ」

「応!!」

「おー」


 俺の合図に龍子と九十九は気持ちの良い返事をする。

 その直後、


『っ!?』


 彼女たちは一瞬にして自分たちの標的ターゲットとの距離を詰めた。

 その中で、反応したのは二名。


 バキィィィィィィィ!!


「っ!!」

「おぉ!! 受けるかアタシのバット!! やっぱり良いなぁお前!! アタシの見込み通りだ!!」


 木刀で龍子の金属バットを迎え打った轟と、


「っ!!」

「お、反応した」


 危機を察知し、九十九が接近し攻撃を仕掛ける寸前、後方へと跳躍し大袈裟に距離を取った神崎だけだ。


「クソ、クソクソクソクソクソがぁぁぁぁぁぁぁ!! 何で思い通りにいかない……!! これじゃあ全部台無しじゃないかぁ!! お前らぁ!! ソイツに全員で掛かれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 空中を舞いながら、忌々しそうな表情で神崎は叫ぶ。

 龍子と九十九の強さを目の当たりにし、温存していた戦力を放出しなくてはならないと判断したのだろう。


「さぁ、上げてこうぜぇ!!」

「総代……!!」

「アイツ、強い。気を抜かないでレイナ」

「はい!!」


 龍子VS【紅蓮十字軍】。


「めんどいけどー、お前ら潰すー」

「っざけんなよこのアマ……!!」

「総長の命令だ。全員で掛かる……行くぞお前ら!」

『おぉぉぉぉぉ!!』


 九十九VS【永劫輪廻】。


 ほぼ同時に、対戦マッチアップが開始した。



「てめぇ赤のトップだろぉ? 今の一撃で確信したゼェ!!」

「っ……」

 

 バットに込める力を強める龍子。それに追随するように轟も木刀に込める力を強めた。


 ギリギリギリギリィィィィ!!


 金属バットと木刀。つばの無い鍔迫り合い。


「はぁ!!」


 その隙を突くように、レイナが横から龍子に攻撃を加えようとする。


 レイナが携えるモノ……それは『トンファー』。

 打突だとつと防御に長けた、攻防一体の武器。


 彼女はこれを、文字通り手足のように扱う。


 っやるしかない!! 全力で……!!


 トンファーの持ち手を、レイナは強く握りしめる。

 そして放つ。


「喰らえ……!!」


 そう言って腕を引くレイナ。次の瞬間、彼女から放たれたのは、


「【宝の持ち腐れトンファーキック】!!」


 何とも鮮やかな前蹴りだった。


【宝の持ち腐れ】、文字通りトンファーを持った状態で放つ蹴り技である。

 両手に持ったトンファーにより身体の左右バランスを取ることで放つ前蹴りは、通常の前蹴りの威力を遥かに凌駕する。

 加えて、単純に相手の意表を突けるという利点メリットがある。


 トンファーという武器を極めたレイナの必殺技。

 だが、レイナ自身はこの技を忌避きひしていた。

 理由は単純に『卑怯』だから。

 不意打ちを喰らわせるのは彼女の矜持プライドに反したのだ。


 しかし、それでも彼女は今この瞬間、矜持プライドを放棄した。

 そうしなければならないと、本能が悟ったからだ。

 

 矜持を捨てての一撃必殺。全力全開の妙技。

 それは……。


「あぁ……?」


【悪童十傑】の前では、意味を為さなかった。


「な、んだと……!?」


 矜持を捨ててまで放った必殺技が通用しない。

 その事実に、レイナはただ愕然とするばかり。


「はは。何だよてめぇ。良いモン持ってんじゃねぇか。久々にアタシの筋肉ニクがよお、ちょっとばかり揺れたぜ」


 龍子はニヤリと笑う。

 彼女は最大限の賛辞をレイナに送った。

 そして、


「礼だ、受け取れぇ!!」


 ズガン……!!


「ごぉはぁ……!!??」


 レイナの腹部に、蹴り一発ブチ込んだ。

 構えもなっていない無作法な蹴りだが、その威力はレイナの【宝の持ち腐れ】以上の威力を優に誇っていた。


 私、が……こんなぁ……。


 レイナは悟る。

 自身の意識が、後コンマ数秒で潰えることを。

 そんな中で彼女が思ったのは……。


 すみま、せん……総代。何も、役に……立てなかっ……た。


 自身が敬愛する琥珀への懺悔だった。

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