第33話 抗争、始動

 若者の街、渋谷。

 目まぐるしく行き交う人々、何処にいても聞こえる喧騒。


 そんな渋谷だが、今日は少しだけ……空気が違う。



 渋谷区:道玄坂


「ねぇねぇ、アレ……」

「おいおいマジかよ……」


 渋谷の街の人々は、彼らを見て思わず声を上げる。

 そして次の瞬間、目を合わせまいと顔を背けた。


 しかし、そんな周囲の反応を気にすること無く、赤の特攻服トップクに身を包んだ少女たちはある場所を目指し、歩く。



 渋谷区:神山通り


「ねぇねぇママー。アレ何ー?」

「しっ! タカ君、こっちに来なさい……! 命がいくつあっても足りないわよ!」


 赤の集団と同じように、そこには避けられている集団が闊歩していた。

 青の特攻服トップクに身を包んだ男たち……彼らもまた、同じ場所を目指していた。


 赤と青、二つの色が交差する運命の地。

 そこは……。



 渋谷区、代々木公園。

 敷地の大きさは東京ドーム約十一個分。東京二十三区の中でも有数の面積を誇るその公園に、少年少女は集結した。


 集団の先頭に立つのは彼らを率いるリーダーである総長と総代。

永劫輪廻ウロボロス】の総長である神崎アグルと、【紅蓮十字軍スカーレット・クルセイダーズ】総代の琥珀である。


「やぁ」

「……」


 軽く挨拶をするアグルだが、琥珀は無言。

 やれやれといった風にアグルは肩をすくませる。


 しかし、この場合アグルの振る舞いの方が異常と言っていい。

 これから始まるのは東京の覇権を握るための抗争。どちらが生き、どちらが死ぬか……生存を懸けた魂の合戦かっせん


 下っ端も幹部も、そして琥珀でさえも……敵対する相手に向けるのは、首を取るという覚悟と凄みを込めた視線のみ。


 殺伐にして一触即発。

 そんな雰囲気の中、アグルは必死で微笑ニヤケを抑えていた。


「恨みっこは無しだよ。轟琥珀」

「こっちの台詞セリフ


 交差するトップ同士の視線。

 抗争の開始の合図は彼らが握る。


『……』

『……』


 余計な言葉は不要、どちらのチームもトップの言葉を待つ。

 決戦の火蓋、ピンと張った一本の糸。

 それを切るための言葉を。


 そして阿吽の呼吸かと錯覚するほどに、ほぼ同時に……琥珀とアグルは言った。


「「行くぞてめぇらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

『おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 切られた火蓋、プツンと切れた糸。

 東京の不良界を決定的に揺るがす乱、今宵最も熱く盛り上がるイベントが始まった。

 

 そして開始数秒後、抗争の主導権リードを取ったのは……。


「さぁ、早速仕掛けようかぁ!!」


【永劫輪廻】である。


「おい何だ!?」

「どうなってんのぉ!!」

「マジで意味不イミフなんだけどぉ!!」


【紅蓮十字軍】の少女たちは目を見開く。

 無理も無い、アグルが指を鳴らした瞬間、【紅蓮十字軍】を取り囲むように左右と後方から【永劫輪廻】のメンバーたちが現れたのだから。


「どういうことだ!!」


 レイナはアグルを睨み付ける。


「どうもこうもない、戦術だよ。勝つためのね。歴史の授業とかで学ばなかったかい? 陣形とかさ。あぁそうか。君たちみたいなのはまともに授業を受けないか」

「ヘリクツを……!!」

「屁理屈? 何を言ってるんだい? この抗争は雌雄を決するための決戦だ。万全を尽くすのも、勝つために必死になるのも当然だろう。むしろ僕は、策を講せずにただ目の前の敵を潰すことしか考えていない君たちの方が信じられないよ」

「っ……!!」


 冷たく刺さるような目を向けるアグルに対し、レイナは返す言葉が無い。

 一瞬でも、少しでも、アグルの言葉に正当性を見出してしまったからだ。


 アグルは東京の不良たちからの心象イメージを保つため、抗争という正々堂々たる手段を取った。

 逆を言えば、この段階で正当性と公平性は担保された。

 後は抗争で勝つだけだ。手を使っても


 このために水面下で【永劫輪廻】のメンバーも増員した。

 さぁ、これで【紅蓮十字軍奴ら】は正面の僕たちだけではなく、全方向に注意を払いながら戦わざるを得なくなった。

 こういった抗争は通常、陣形を組んで仕掛けた所でなし崩し的に乱戦状態になる。

 だが、僕の下僕たちはそうはならない。


「ちょ!? 何だコイツら!! ちゃんと気持ち悪いくらい連携が取れてやがる!!」

「後ろ、危ない!!」

「えっ!? きゃあ!!」


【紅蓮十字軍】の少女たちの困惑と断末魔を心地良く感じながら、アグルは思う。


 突然の左右後方からの襲撃カチコミから始まる乱戦の中で、不良たちが入り乱れ、思考や判断が鈍る。その中で、徹底的に教育と調教を施した僕の駒たちは、合理的で無駄の無い動きを百パーセント実行する。

 一人に対し、必ず三人で掛かるという動きを。


 マズい、このままじゃあこっちがジリ貧だ……!! 今から指示を出しても間に合わねぇしそもそもあっちみたいな統率の取れた動きはできねぇどうする……!?


 思考するレイナ。

 そして即座に彼女は出し得る限りの最善手を出す。


「お前ら、こっちはいい。左右と後方を援護カバーしろ!!」

『分かった!!』


 レイナが指示を出したのは【紅蓮十字軍】の幹部である少女たち。

 彼女たちの戦闘力は下っ端よりも格段に高い。左右後方の戦闘を良好マシにできると判断したのだ。


「はは、いいのかい? 僕たち相手に、たった二人で」

「うるせぇ。丁度いい足枷ハンデだろうが」


 強がるレイナ。だが彼女の内心は穏やかではない。

 圧倒的な人数差。これを覆せる未来などあるのだろうかと、疑ってしまう。


 だが、それは一瞬だった。


「レイナ」

「っ!!」


 自身が慕う【紅蓮十字軍】の総代に名を呼ばれたレイナは、思い出す。


「ナイス判断。ありがと」


 ……そうだ。


 レイナは拳を握り締める。

 

 この人がいればどんなに人数がいようが、どんな奴が相手だろうが関係かんけー無ぇ!!

 ウチは副総代としてやることをやるだけだ!!


「総代、すいませんでした」

「何が?」

「いえ、ちょっと言っておきたかっただけです」

「そう」


 短く、要領の得ないやり取り。だが彼女たちにとってはそれで十分だった。

 轟琥珀と贄川レイナ、総代と副総代……その信頼関係は地よりも深く、空よりも高い。


「レイナ。ちょうだい」

「はい!!」


 琥珀の言葉を即座に解するレイナ。彼女が琥珀に手渡したのは……一本の木刀である。

 瞬間、琥珀の纏う空気に一陣の風が吹き、渦を巻きながら体を覆う。そしてそこから漏れ出たわずかな衝撃波オーラだけで、


『っ!!』


 相手を怯ませるのに十分だった。


「おいおい、ンだよ。一秒前までタダの小せぇガキだったろうが。何だこの圧は……」

「空気が、揺れた……?」


【永劫輪廻】幹部である大那と狂平はそれぞれ、背筋を凍らせ冷や汗を流す。

 が、一度これを経験していたアグルだけは辛うじてそれを免れた。


「はは……やっぱり凄いなぁ。本当に、できればり合いたくないよ」


 乾いた笑みで、アグルは鋭い視線を琥珀に向ける。


「まぁ、それじゃあ……ろうか」

「潰す」


 アグルと琥珀の視線が火花を生む。


 ――だが、その時だった。


 ……ん?


 アグルは、奇妙なことに気付く。

 周囲が、あまりにも静かなことに。


 何だ……?


 アグルは目を凝らし、周辺で乱戦を繰り広げているはずのメンバーたちを確認する。そこには信じられない光景が広がっていた。


「う、うぅ……」

「な、んだぁ……? 今の……」


【紅蓮十字軍】と【永劫輪廻】のメンバーがほぼ全て、倒れていたのだ。


 バカな……どうなっている……!?


 あまりにも非現実的な光景に、アグルは狼狽する。


 僕の作戦は上手く成功ハマったはずだ。なのに、どうして……!?


 アグルにとって奇襲を仕掛けさせた【永劫輪廻】のメンバーたちは、レイナに【紅蓮十字軍】の幹部を向かわせる判断をさせ、彼女と琥珀を孤立させる時間を稼ぐための捨て駒だった。

 後は孤立している間に圧倒的な人数差で二人を獲るだけ。

 それがアグルの想定、描いていた未来予想図だ。


 しかし、現実はそれに反した。

 たった十数秒の間に、【永劫輪廻】も【紅蓮十字軍】も等しく、地に伏し意識を失っている。だ。

 これでは時間稼ぎのていを為していない。


 予想外の事態に不安と困惑が押し寄せるアグル。


「何だ? 全員倒れてやがる……!?」

「……」


 アグルが異常に気付いた直後、レイナと琥珀を始めとした全員がそれに気付く。視線が倒れるメンバーたちの方へと集結する。

 そんな中、アグルは思考を変える。


 いや、落ち着け。考えてみれば、これは僥倖ラッキーじゃないか?

 どちらにしろ【紅蓮十字軍】のメンバーで残っているのは轟琥珀と贄川レイナの二人。それを圧倒的人数で叩ける状況に変わりはない。むしろ援軍が来る心配が無くなったことで、想定よりも遥に良い結果だ。

 ……そうだ、問題ない。ツキは依然、僕の方を向いている……!!


 しかし、彼は気付いていなかった。

 慎重な自分が、都合の良い考えをしてしまっていることに。


「……あ?」


 そして直後、彼は目にする。

【永劫輪廻】と【紅蓮十字軍】のメンバーが倒れ伏している乱戦の跡地で、変わらず立っている者が三名いることを。


「よーし、雑魚はこれで片付いたか」

「うぃー!」

「しゅーりょー」


 その者たちは赤でも、青の特攻服トップクを着ているわけでもない。

 ただ、覆面マスクを被っている。


 ――鹿のマスクを被った男。

 ――宇宙人のマスクを被った女。

 ――そして十三日の金曜日、ジェイソンのマスクを被った女。


 珍装を纏う彼らに、アグルたちは困惑を隠せない。


「誰だアイツら……?」

「チームの奴じゃない……?」

「どーいうこったよ」


 大那、狂平、レイナが口々に言葉を漏らす。


「……」


 そして琥珀は、彼らをただ見つめる。


 何だ……アイツらは? どうしてここに……? いや、というか待て……まさか……。


 考えたくない、しかしそうとしか思えない状況。

 アグルは、恐る恐る……結論を導き出す。


 奴らが、全員倒したのか……?


 瞬間、鹿の覆面を被った男がアグルたちの方を向く。

 そして、彼らを指差した。


「てめぇら、元気が良いなぁ。代々木公園こんなトコ全面対決ドンパチするなんてよぉ」

「アァ? 何だぁてめぇ?」

「そんなワケの分からない恰好で何しに来た?」


 大那と狂平は屈すること無く、鹿の覆面を被った男に威勢良く問い掛ける。


「俺は……指導しに来たんだよ」

『……は?』


 意味の分からない覆面男の言葉に、大那たちは目を点にする。


「てめぇら、高校生だろ? てことはガキだよなぁ?」

「あぁ?」

「それが何だ?」

「ダメじゃねぇか……」


 ーーゾワリ。


『っ!?』


 その時だ。場にいた【永劫輪廻】と【紅蓮十字軍】の面々に、とてつもない悪寒が走る。


何者だれ……?」


 そしてそれは、琥珀ですら例外ではない。

 が、そんなことを意に介すことも無く、覆面男は続ける。


「先生に言われなかったかぁ? 高校生ガキは……暗くなる前に帰れってよぉ!!」


 覆面男……否、唯ヶ原迅は自身のことを棚に上げ、そう言った。


【永劫輪廻】、【紅蓮十字軍】……そして、【くくっ子】唯ヶ原迅率いる覆面集団。


 熾烈と苛烈を極める三つ巴。


 ーー抗争は、加速する。

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