第32話 その陰キャ、緊急会議を開く
記念すべきくくるちゃんの単独ライブとくだらない不良たちの抗争が同日に渋谷で行われるという衝撃的で受け入れ難い事実。
この事態を打開すべく、僕は龍子と九十九と共に机を囲み、対策会議を開いた。
「ヤベェよ。ヤベェよぉ……!! どうすんだよぉ……!! このままじゃ下手するとライブが中止になっちまう……!!」
僕は頭を抱えながら呻く。
「閃いたぜアニキ!
先ほどから頭を捻らせていた龍子が名案を思いついたような表情で言うが、僕はすぐにそれを却下する。
「ダメだ。匿名で
「あーそっか。んー、メンドーだなぁ」
再び腕を組み、龍子は天井を仰ぐ。
「どうすりゃあいいんだぁ……」
机に顔面を突っ伏し、呟く僕。そんな僕に、九十九は言う。
「ねぇお兄ちゃん、ムズいこと考えなくても……」
「言うな九十九ォ!! それしないために今必死で脳みそ回してるんだよ!!」
が、実際の所……それ以外に方法が全く思いつかない。
抗争の開始時刻が十七時半。
そしてくくるちゃんの記念すべきソロライブの開場時間が十七時、開始時間は十八時。
今回のライブの注意事項を読んだが、一応途中入場は可能。しかし、当然くくるちゃんの
ライブの開始……いや、会場入りすることを考え開始の五分前までには全てを終わらせる必要がある。
二十五分……それが僕に許された
その短時間で、大規模な不良チーム二つの抗争を平和的に終わらせる方法など、無い。
ーー平和的には。
「……やるしか、ねぇか」
最高に不本意。しかし、他に選択肢は無い。
少しだけ強く、拳を握る。
「龍子、九十九」
「ん?」
「なに?」
こちらに目を向ける二人に、僕は言った。
「力を貸せ」
「任せろ!」
「九十九に、お任せ」
そして全く間を置かず、二人はそう答える。
「よし、そうと決まれば……」
僕はスマホを手に取り、ある人物にLINEで電話を掛けた。
◇
ピンポーン。
「来たか」
アパートの
「こ、こんばんわ。唯ヶ原君!」
「待ってたぜ、坂町」
坂町詩織、僕が呼び出したのは彼女だった。
「よぉ、シオリ!」
「辻堂さん! また会えて光栄です!」
坂町は龍子とそう挨拶を交わす。
「……」
対し、九十九は半眼で彼女を見ていた。
「え、えーっと……」
流石に気になったのだろう。坂町は九十九に目を向ける。が、直後。
「ん? まさか貴方様は……!?」
「あぁ、紹介するよ坂町。皇九十九、まぁ……元【羅天煌】……」
「『伍番隊隊長』の皇様ですかぁぁぁぁぁ!!??」
僕が言葉を終えるより前に、坂町は目を輝かせ、九十九に迫った。
「お兄ちゃん。コイツ変」
「安心しろ。確かに変だが悪いやつじゃ無い」
「ちょっ!? 酷いですよ唯ヶ原君! 私はただ不良の皆さんを観察して日記をつけてるだけのしがない不良オタクですよ!」
「それを変っつってんだよ!?」
僕は思わずツッコんだ。
◇
「でもよぉアニキ。坂町から相手にするチームのこと教えてもらう必要あるかぁ? 別にぶっつけ本番でもいいんじゃね?」
「何を言っているんだ龍子!! くくるちゃんのソロライブが懸かってるんだぞ!! 失敗は許されない、万全を尽くす……!!」
それに僕が坂町を呼び出したのはチームの情報を聞くためだけではない。
それよりも重要な役目を、彼女に頼みたかったからだ。
「おぉそうか! 流石アニキだなぁ!! んじゃあ早速シオリから話聞こうぜ……って、おーいシオリ、何してんだ?」
龍子が横で仰向けに倒れている坂町の頬を指でつつく。
どうやら僕が話した今日の出来事、その情報量に
「【永劫輪廻】と【紅蓮十字軍】ががががが……抗、争……!! 【終蘇悪怒】が消えたことでいつかはそうなるとは思っていましたがぁ……!」
「おーい、のたうち回るな」
あまりにも興奮状態の坂町を、僕は
すると少し落ち着いたのか、彼女は大きく深呼吸し、ゆっくりと目を開ける。
「ふぅ……」
「どうだ。話せそうか?」
「は、はい。何とか……」
そうして、一拍置き坂町は話し始めた。
「【永劫輪廻】と【紅蓮十字軍】、このニチームはある意味……【終蘇悪怒】よりも強敵です」
「そうなのか?」
「はい。【終蘇悪怒】は石巻伽藍の
「なるほどな」
僕は顎に手を当てる。
二チーム同時、加えて幹部と下っ端たちの戦闘力は【終蘇悪怒】よりも高い。
それを二十五分以内に完全制圧。
この
くくるちゃん、君のライブ……絶対に遅れず行くからね……!!
僕は顔を上げ、龍子たちを見る。
「それぞれの役割を説明する。まず僕と龍子、九十九は不良たちの相手。そして坂町、お前はライブ会場付近で連絡役として待機だ。時間報告と会場付近に異変が起きてないか逐一報告してくれ。当日は
「おう!」
「分かった」
「頑張ります!」
示した方針と役割。後は当日を待つばかりである。
「あ、そういえば唯ヶ原君。一つ気になることがあるんですけど」
「ん、何だ坂町」
坂町の方へ、僕は耳を傾ける。
「【永劫輪廻】の総長、神崎アグルは計算高く慎重ということで有名です。不安要素を無くすため、唯ヶ原君のことを調べると思います」
「アイツそういう感じなのか。でもまぁ、そこは問題ない」
「問題ないんですか?」
「あぁ」
僕の発言の真意、それを知るのは恐らく……僕を探ろうとした
◇
ーー数日後。
【紅蓮十字軍】と【永劫輪廻】の抗争が刻一刻と迫る中、アグルは神妙な顔をしていた。
「何も、無いだって?」
思わず聞き返すアグル。そこには確かに、驚愕の色が滲み込んでいた。
「はい。唯ヶ原迅……奴のことを調べましたが、ごく普通の高校生です。特殊な経歴や情報もありません」
【常闇商会】の諜報員を金で雇い、迅のことを調べさせたアグル。
だが結果は全くの「白」。
突きつけられた事実に、彼は思考する。
どういうことだ……? 「何も」無い?
轟がわざわざ勧誘した男だぞ? そんなことがあり得るのか……?
いや、だが実際に【常闇商会】からの報告はそれを示している。
机の上に広がる唯ヶ原迅に関する書類を眺めるアグル。
【常闇商会】は無能ではない。
彼らはアグルの依頼通りに仕事を果たした。果たした結果、迅は「白」だったのだ。
これには
迅は【羅天煌】を解散し自身が不良を辞める際、【常闇商会】の
故に、今【常闇商会】が迅を調べたところで出てくるのは彼のソレ以降の情報。
人畜無害のVtuberオタクである唯ヶ原迅の情報だけだ。
「……」
が、アグルの疑念は消えない。
何も無い、人畜無害な存在にも関わらず轟からチームに勧誘されたという事実は、彼をより一層疑心に陥らせた。しかし、
「追加で報告をするならば、唯ヶ原迅……彼は轟琥珀からの勧誘を完全に断ったようです」
「何だって? それを早く言え」
「申し訳ありません」
謝罪する【常闇商会】の諜報員。
そんな彼を他所に、アグルの表情は少し晴れやかになった。
何だ、それならば問題ない。
唯ヶ原迅が何者であろうがなかろうが、今回の抗争に参加しないのであればどうでもいい。
口に手を当てるアグル。
その奥には、確かな笑み。
これで、間違いなく勝てる!!
東京の不良界の頂点に立つのは、【
こうして、それぞれの思惑が渦巻き、運命の日が近づいていく。
ーーそして、遂にその日は来た。
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