第31話 その陰キャ、重大な事実に気付く

 会合が終わり、【紅蓮十字軍】が去った後、【永劫輪廻】の拠点アジトでは幹部たちが話を続けていた。


「にしても、本当に良かったのかよアグル。さっきの状況、人数マンパワーで【紅蓮十字軍奴ら】の大将首を獲ることだってできたんじゃねぇか?」


 そう言って大那は煙草タバコに火を着ける。

 彼の言う通り、【紅蓮十字軍】はチーム全員が来ていたワケでは無い。せいぜい三十名程度だ。

 それに対し、会合を拠点で行った【永劫輪廻】はメンバーほぼ全員が建物の内外にいた。その数は約三百名。

 

 圧倒的な人数差。合理的に考えるならば、あそこで仕掛けない手は無い。

 しかし、アグルはそれをしなかった。


「分かってないなぁ大那。そんな卑怯な手で【紅蓮十字軍】を潰したら、外野の不良たちに対する僕たちの印象イメージが悪くなっちゃうだろ。下らない下っ端同士の争いならまだしも、これは東京の頂点テッペンを決めるための戦いだ。マイナスな感情を観客に抱かせるワケにはいかない。必要なのは、全身全霊を尽くし、正々堂々天下の座をもぎ取ったという事実さ」


 アグルは人差し指でこめかみを抑えながら呟くように言う。


「それに……奴の間合いで下手なことはしたくなかったからね」

「奴? あっちの総長のことか?」


 狂平が問う。


「あぁ。正直、アレとはまともにやり合いたくない。抗争を提案したのもそれが大きい。相応の犠牲を出さないと、アレは倒せない」

「実際に戦ったことは無いが、そんなに強いのか?」

「まぁね。僕は一回まともに戦ったことがあるけど、良くて互角って感じだった。二度と一対一サシで戦いたくない」

「「……」」

「おいおい、そんなに気を落とさないでくれよ。チームの総合力は僕たちが圧倒的に勝ってる。いくらでもやりようはあるさ」


 神妙な顔つきになる大那と狂平に向け、あっけらかんとアグルは告げる。


 そう、問題ない。

 戦力も、戦略も、下準備も……全てこちらに一定以上の分がある。

 今の戦況、僕たちが六。奴らが四だ。このままいけば、間違いなく僕らが勝つ。

 

 神崎アグルは頭脳明晰であり、合理的な男である。

 勿論戦闘力も突出しているが、それよりも注目すべきはその頭脳。彼は腕っぷしだけでは無く、その頭脳から導き出した知略と策略で総長へと上り詰めた。


 そして今、東京の不良界のトップを獲るための【紅蓮十字軍】との抗争を制すために、アグルの頭脳は回転を続けている。

 彼の脳内には、それぞれのチームメンバーの強さが数値として記憶されており、それに基づいた戦略と準備が遂行されていた。


 しかし、今の彼には一人、数値が分からない者がいた。

 そう……唯ヶ原迅だ。

 

 唐突に参入した、たった一つの異分子イレギュラー。これに対し、アグルが思慮を巡らせないはずが無かった。


 見た所タダの雑魚だったが、轟がわざわざチームに引き入れたんだ。警戒しておくに越したことは無い。

 念のため、【常闇商会】に調べさせるとするか。


 アグルは迅に対し、そう方針を固めたのだった。



「はぁぁぁぁ……メチャクチャ緊張テンパったぁ……寿命縮んだって絶対……」


【永劫輪廻】の拠点アジトを出た直後、夢乃は緊張の糸を切らすように大きく息を吐いた。


「だ、大丈夫ですか夢乃さん?」

「な、何とかね……。ていうか、唯ヶ原こそ大丈夫なの?」

「あー、えぇと……まぁ」


 ああいう雰囲気は日常茶飯事だったため、僕は全くと言っていいほど動じていなかった。


「唯ヶ原。どう?」

「え? どうって、何がですか?」


 すると突然、一緒に歩いていた轟が足を止め振り返る。


「チーム、ちゃんと入る気になった?」

「え、それはぁその……」


 轟の問いに、僕は冷や汗を流しながら目を泳がせる。


「しょ、正直言いますとぉ……やっぱりああいうのはちょっと僕には合わないかなーと……それに僕、全然喧嘩強くないですし、むしろ足手まといになるだけっていうか……」


 計画通り、僕は自身が入団に乗り気じゃないということを遠回しに主張アピールする。


「……そう」


 轟は少し寂しそうに呟いた。


「おい!! てめぇ何総代を悲しませてんだ!!」

「うぇ!?」


 すると突然、贄川が僕の胸ぐらを掴む。


「ちょっとめなさいよ!!」

「あぁ!?」


 それを見かね止めに掛かった夢乃を、彼女は更に睨み付ける。

 しかし夢乃は一瞬ひるむだけで、言葉を続けた。


「見れば分かるでしょ!! 唯ヶ原は不良とかそういう種別タイプじゃないって!!」

「知らねぇなンなモン。総代の命令には『はい』か『イエス』。それ以外は認めねぇ」

「そんなメチャクチャ通るワケ無いでしょ!!」

「何だぁ……勝手に付いてきやがったクセに生意気な女だな……!!」

「ウチらはその子が迷子だって言うから道案内しただけ! その後巻き込んできたのはそっちでしょ!!」

「てめぇ、いい加減に……!!」

 

 売り言葉に買い言葉、両者一歩も退かない言葉の応酬。

 当事者である僕はそれを蚊帳かやの外で見ていることしかできなかった。


 しかしそんな中、特段気にする様子も無く介入する者が一人……轟である。


「レイナ。いい」

「総代……!? ですが……!!」

「私が、いいって言ってる」

「っ……はい」


 轟に制された贄川は、行き場の無い感情を抑え込むように、一方後ろへと下がった。


「お前、何?」

「え……?」

 

 急に、夢乃にそう問いかける轟。

 当の夢乃も、これには困惑を呈する。


「決めるのは唯ヶ原。お前が口を挟むことじゃない」


 いや、あの轟さん。夢乃が口を挟んでも挟まなくても僕の答えは決まってるんですが……。


 などというツッコみを喉で堪え、僕は事の成り行きを見守る。


「そ、そんなの……!!」


 関係無い、と夢乃は続けようとしたんだろう。

 しかしそれを言う前に、轟は更に畳み掛けた。


「お前にとって、唯ヶ原は何だ?」

「は、は……?」


 あまりに唐突で脈絡の無い言葉。

 僕ですら面食らってしまったそれに、直接投げ掛けられた夢乃が動揺しない摂理ワケが無かった。


「な、何言ってんの急に!?」

「私たちみたいなのは、大体一般人カタギから避けられる。けどお前は無理やり会合に付いてきたし、今もレイナに反抗した。全部唯ヶ原のために。だから気になった。わざわざそこまでする理由」

「い、いや……そ、それは……その」


 取り留めのない轟の問いに、夢乃の顔は徐々に朱色を帯びていく。

 チラリと、彼女は僕を見た。


「そ、そんなの……!!」


 だが、やがて意を決したように、彼女は真っすぐに轟を見据えた。


「好きな人が危ない目に遭いそうだからに決まってるじゃん!!」

『……』


 静寂が、その場を包む。

 

 ……。


 僕はとても居たたまれない気分になった。今すぐこの場を駆け出したい衝動に駆られる。

 贄川は顔を背けていた。それに対し轟は……。


「あー……?」


 いや分かれよ!? 何で頭に『?』浮かべてんだお前はぁ!!


 明らかに夢乃の言葉を理解していない轟に対し、僕は叫びそうになる。


「と、とにかく!! 唯ヶ原はチームには入らないから!! ほら、行くよ唯ヶ原!!」

「え、ちょっあの夢乃さん!?」


 無理やり夢乃に手を引っ張られ、なし崩し的に僕たちはその場を後にすることになった。



「ちょ、ちょっと夢乃さん!!」


 ある程度轟たちから離れた地点で、僕は彼女に声を掛ける。

 すると彼女は立ち止まり、振り返ってこちらを見た。


「……」


 彼女の頬は未だに朱色を帯びており、それが夕日に照らされ、より一層強調されていた。


「ねぇ……」

「は、はい!」


 僕は思わずかしこまり、姿勢を正す。

 そうして次に夢乃から放たれた言葉は、


「ウチ、本気だから……」

「……」


 夢乃の手の熱が、伝わってくる。

 熱と共に、手の震えも伝わってくる。

本気マジ』だということが、伝わってくる。


 しかし、今の僕にとって、生きる意味は全てくくるちゃんに集約されている。

 下手に期待を持たせるよりも、ここでしっかりと断った方が、彼女のため。


 そう思い、口を開く。


「あの……」

「今は、返事しなくていい。ウチのこと、何とも思ってないのは分かってる。だから……これから絶対、ウチに惚れさせるから!!」

 

 しかし、彼女によってそれはき止められる。

 

「へへ、覚悟しててよっ!」


 そして、そう笑顔で言う彼女に対し、僕は何も言うことができなかった。



「はぁ、何かまた面倒なことになったなぁー……」


 夢乃と別れ、アパートへと帰宅した僕は呟く。しかし直後、その考えは打ち消された。


 いや、冷静になってみれば万々歳って感じじゃないか?

【紅蓮十字軍】への正式加入は夢乃が口を挟んでくれたおかげでなし崩し的に消えた。轟たちとはもう関わることも無い……うん。


「最高の着地を決めてるじゃねぇか!!」

「うわっ!? 急にどーしたアニキ!」

「びっくり」


 思わず出た大声に、龍子と九十九は驚いた。


 よし、よしよし!! 夢乃のことがあるが、不良関係の問題は片付いた!! これで心置きなく来週のくくるちゃんのライブに専念できる!!


 手に入れたチケットを広げる。

 僕の胸の高鳴りは増すばかりだ。


「はぁぁぁ楽しみだなぁ……!! 現地で生くくるちゃんを観られるなんて最高過ぎる……」


 自分でも気持ち悪い顔になっていることを自覚しながら、僕はチケットの文字列を眺める。


「……ん?」


 その時、僕は気付いた。


「ん、ん……?」


 それが現実だと、受け入れたくなくて何度も目をこすり、ソレを見た。

 幾ら見ても、ソレが変わることは無い。見間違いでも無い。


 会合の時、感じていた『違和感』の正体……無慈悲で、無情なが、そこにはあった。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 僕は叫ぶ。隣人からの壁ドンを気に掛けることなく叫ぶ。

 叫ばずには、いられなかった。



『第一回くくっ子決起集会!!~私☆オンステージ!!~』


 会場:渋谷公会堂

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