第30話 その陰キャ、不良の会合に足を踏み入れる

 轟のチーム勧誘をあの場で完全に断ることは不可能だと判断した僕は、『体験入団』という形を取ることで逃げ道を作った。

 後は何かと理由を付けたり、僕が無能でチームに相応しくないことを主張アピールすればいい……。


 これができるだけ穏便に事を済ませるため、思考を尽くして導いた僕の結論だった。

 

 ……なのだが、


「夢乃さん。何で付いて来ちゃったんですか?」


 僕は隣を歩く夢乃に小声で尋ねる。

 彼女は僕と違い、轟に勧誘されていない。それどころか「帰れ」と言われる始末だった。

 しかしそれでも、夢乃は轟に屈すること無く僕と一緒に行くと啖呵たんかを切った。

 

 本当に何というか……頑丈タフな奴だ。


「は? アンタだけこんな場所に行かせるワケにいかないでしょ」


 僕が元【羅天煌】の総長だと知らない夢乃は、本気で僕のことを心配してくれている。

 無駄に心配をさせてしまっていることに、僕は言いようのない罪悪感を抱えた。

 

「……まだ、始まっても無いのに……」

「え、何がですか?」

「な、何でも無い……!」


 夢乃の呟きをしっかりと聞き取った僕はそう聞くが、はぐらかされてしまった。


「口を慎め、そろそろ着く」


 何とも言えぬ雰囲気が僕と夢乃の間に流れる中、それを破壊するかのようにレイナがピシャリと言い放つ。


 ガチャリ。


 建て付けの悪い、少し錆びたドアを開ける。

 その先にいたのは明らかに不良と思しき男たちだった。


「ようこそ【紅蓮十字軍】の皆さま。待っていましたよ」


 中央に据えられている丸テーブルと二つの椅子。その椅子の片方に座る男はそう言って歓迎の挨拶をする。

 そんな彼の挨拶を無視するように、轟を筆頭に【紅蓮十字軍】の面々は前に進んだ。


 そして轟は特に何を言われるワケでも無く、空いていたもう一方の椅子に腰を下ろす。


「はは、相変わらずぶっきらぼうだね」

「……」


 目を細め、轟を見つめる男。それに一切動じることなく、彼女は欠伸をした。


「ま、いいさ。それじゃあ会合に映る前に、形式上自己紹介をしておこうか。呼び出したのはこちらだし、先ずは僕の方からさせてもらうよ」


 そう言って、男は足を組み直す。


「【永劫輪廻ウロボロス】総長、神崎アグル。本日はご足労いただき、ありがとう」

 

 神崎アグル、そう名乗った男はニッコリと笑う。

 何一つ、信用できない笑みで。


「じゃあ次、僕の幹部たちを紹介するよ。ほら」

「【永劫輪廻】幹部、志倉大那しくらだいなだ」

「同じく、桑名狂平くわなきょうへい


 幹部と名乗る男二人は、一歩前に出た。


「本当はもう一人、幹部のニノ又って奴がいたんだけどねぇ。ちょっと暴走が過ぎるから【永劫輪廻ウチ】を辞めてもらったよ。僕の思い通りに動かない奴はいらないからね。全く、ある程度人を見る目はあるつもりだったんだけどなぁ。どうしてあんな奴を幹部にしちゃったんだろう……って、こんな話興味ないよね? それじゃあ今度はそっちの番だよ」


 そうして、神崎は轟たちに名乗りを促す。


「【紅蓮十字軍スカーレット・クルセイダーズ】総長、轟琥珀」

「【紅蓮十字軍】副総長、贄川にえかわレイナ。名乗んのは私らだけで十分だな?」

「あーうん、いいよいいよ。そっちのチーム無駄に幹部クラス多いからさ」


 あはは、と笑う神崎。

 瞬間、空気が確かに揺れるのを感じる。


「……って、思ったけどもう一人名乗ってもらわないと困るね。いつから【紅蓮十字軍】はレディースチームじゃなくなったんだい?」


 神崎の言葉を皮切りに、全員の視線が僕へと向けられる。

 あまり注目の的になりたくなかったのだが、考えてもみれば無理な話だ。こっち側の男は僕だけだし、何故か轟の命令で彼女のすぐ近くに立たされているのだから。


「え、えーと……」


 注目を浴びることに圧倒的な気まずさを覚えながら、僕は目を泳がすことしかできない。


「そ、そういえばそうだ。誰だよアイツ」

「明らかに場違いだろ」

「見た感じタダのオタク野郎じゃねぇか。何であんなのがあそこにいんだ?」


【永劫輪廻】のメンバーたちが口を揃え、当然の疑問を呈す。


「コイツは唯ヶ原。私が勧誘すかうとして今体験入団中」

「……へぇ。それは興味深いね。【紅蓮十字軍】の総長直々に勧誘なんて」


 やめろバカ!! そんな目で僕を見るな……!!

 

 好奇の目を向ける神崎に、僕は内心で叫ぶ。


「まぁ彼のことは今は置いておくとして……本題に入ろうか」


 笑みを崩すこと無く、神崎はそう切り出す。


「単刀直入に言おう。東京の不良界、その覇権を担うチームがどちらか……ここらで決めないかい?」 


 少しだけ、神崎の声のトーンが低くなる。


「……」

「【終蘇悪怒オズワルド】が消滅し、東京内での不良の勢力均衡は崩れ去った。良い機会だとおもうんだ……というか、君たちも同じ考えだろう? じゃなきゃ、今日この会合に足を運ぶワケが無い」


 全てを見透かしたように、神崎は轟に目をやった。

 ――しかし、


「いらない」

「ん?」

 

 突然だった。

 何の脈絡も無く、轟は煩わしそうに神崎と目を合わせる。


「前置きはいらない。お前、単刀直入って言ったクセに御託ごたくばっかり。さっさと言え、一番大事なこと」

「……」


 あまりにも直球ストレートな轟の物言い。一瞬だけ、神崎を囲む空気によどみが生じたのを、僕は見逃さなかった。

 そして奴の幹部たちは何一つ口を挟まない。通常のチームであればチームのトップが舐めた口を叩かれると黙ってはいないのが普通だが、どうもコイツのチームはそうじゃないらしい。何というか、少し不気味だ。

 

「あはは、容赦が無いね。それもそうだ。申し訳ない」


 表情を崩すこと無く、神崎は軽く笑いながら立ち上がる。

 そして、言った。


「宣戦布告だ。僕たち【永劫輪廻】は、君たち【紅蓮十字軍】に抗争を申し入れる。これに拒否権は無い」

「……乗った」


 対し、轟も立ち上がる。

 

「場所は【永劫輪廻僕たち】と【紅蓮十字軍君たち】、そして消滅した【終蘇悪怒】の活動拠点ホームグラウンドからほぼ等距離にある……『渋谷』だ。互いの活動拠点でやるのは公平フェアじゃないからね」

「分かった」

「日時は、そうだな。諸々の準備を考慮して、今から丁度一週間後でどうだい?」

「分かった」


 おいおい、轟の奴……こんなホイホイ相手が提示した条件に乗っかっていいのかよ。


 あまりにもイエスしか言わない轟に、僕は不安になる。

 だが、それだけではない。

 

 ……いや、ていうか……何だ、この違和感は……?

 

 言いようのない、奇妙な感覚。魚の骨が喉に引っ掛かっているような、ベットリとした悪寒が背中をなぞる……そんな感覚。

 無性な気持ち悪さに不快感を抱く僕。


 そんな僕を意に介すること無く、気付けば会合は終了した。


 そして、僕はすぐに思い知ることになる。

 感じた『違和感』……その正体に。

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