第27話 その陰キャ、意図せずギャルをデートに誘う

「くぅぅ……!! まさか妹君が超能力者エスパーだったとは……!!」

「お、おいお前。信じてくれんのか?」


 目を輝かせる隼太に、思わず龍子は聞いてしまった。


「ふっ、先ほどの光景を目撃すれば信じざるを得ないでござるよ。それに、昨日も非現実的な事態に遭遇したことですし」


 そう言って彼が思い出すのは脳裏にこべり付いて離れない、メイド喫茶での出来事。

 人が建物に激突し、メイド喫茶の壁が破壊されたという衝撃的な光景が、九十九の発言の信憑性しんぴょうせいを後押ししていた。


 お、おぉ……。よく分かんねぇが、コイツが変な奴で助かった……。


 龍子は内心で安堵する。


 とりあえず、九十九のハッタリを信じてくれてるなら話は早ぇ。このまま推し通すぜ。


「おいお前」

「は、はい!?」

「コイツが超能力者エスパーだってこと、誰にも言うなよ?」

「そ、そそそそれはつまり……!! 『異能を持った美少女と、

それに気付いた男が秘密を共有する』状況シチュということでござるかぁ!?」

「あぁ? よ、良く分かんねぇがまぁ……そうだ」


 龍子にとって、隼太の言葉はまるで異国の言語。彼女は彼の言っている内容を特段理解しないまま、首を縦に振った。


「言っとくがアニ……コイツの兄ちゃんにも秘密ナイショだぞ」

「な、何と……!! 妹君は迅殿にもこのことを告げていないのでござるか……?」

「え、えーと。まぁ、うん」


 早々に隼太の言語解析を諦めた九十九は同調する。


「くっ、どうやら拙者は昨日から『非日常』に足を踏み入れてしまったでござるなぁ!」


 嬉々とした様子で話す隼太。

 そんな彼を見て、龍子と九十九は思う。


 ーー何なんだコイツ……。


 だが次の瞬間、


 ーーまぁ、丸く収まったしいいか。


 刹那的な生き方をしている彼女たちは、そう考えた。



 ……そして、龍子たちが隼太たちの前に姿を現す少し前。



「ごちそうさまでした」


 迅は空になった弁当箱の蓋を閉じ、手を合わせていた。



「ふぅ……にしても遅いな隼太の奴。便秘か?」


 未だに開く気配が無い屋上の扉を見て、僕は思う。


「ふあぁ……ん、眠いな」 


 突然の眠気の到来。


 昼飯を食べたことによる満腹中枢の上昇、くくるちゃんの配信を観るために夜更かしをしたことが原因であることは明らかだった。


「寝るか……」


 隼太が来るまで一眠りしよう。


 そうして、僕は広々とした屋上に寝転がり、目を瞑る。

 その直後、


 ガチャリ。


 屋上の扉が開いた。


「おー隼太。遅かったな」


 直前まで扉の方を向かなかった僕は、その人物を安易に隼太と決めつける。が、


「誰が隼太よ」

「うぇ?」


 あまりにも違う声質に、思わず顔を上げる。

 そこにいたのは夢乃真白だった。


「あれ、夢乃さん……どうしてここに……」

「アイから聞いた。よっと」


 夢乃は僕の近くに腰を下ろす。


「え、えーと……」


 そんな彼女に、僕は何と言葉を発せばいいのか分からなかった。


「な、何か御用で、しょうか……?」


 だから、とりあえず聞くことにした。


「い、いや……その……」


 すると何故か、言い出し辛そうに夢乃は口をすぼませる。

 しかし意を決するように、彼女は口を開いた。


「お礼……」

「はい……?」

「だから、お礼!」


 夢乃の声量が上がる。


「昨日、助けてくれたでしょ。そのお礼、まだしてないから」

「え、それは昨日お礼言ってくれたじゃないですか」 

「あれだけじゃ足りないでしょ」

「いや、全然足りてると思うんですが……」

「足りてないの!」


 そう言って、夢乃は食い下がるように僕を見た。


「とにかく、何かお礼させてよ。私にできることなら、な……何でもやってあげるから……」

「……」


 何だ、随分とぐいぐい来るな……。


 彼女の発言に、素直にそう思う。そして、自分でも分かるほどに怪訝な顔つきとなった。


 っと、いかんいかん。

 

 だが直後、僕はすぐに思い直す。


 落ち着け僕。頭を冷静クールにしろ。

 僕の周りにいた奴らは今までヤバい奴しかいなかった。僕の感覚がズレているだけで、きっとこれが『普通の人』の対応なんだ。


 考えてもみろ。坂町だってお礼と称してわざわざ僕のアパートまで来てチョコレートをくれたじゃないか。


 これはそれと同じだ。ならこの好意を受け取らないのは失礼というもの。

 彼女と同じ『普通の高校生』として、ここは適切ちゃんと対応しなければ。

 

「な、何どうしたの……?」

「ううん! 何でも無いよ!!」


 色々と思慮しているのが顔に出ていたのだろう。気まずそうな表情を向ける夢乃を、僕は作り笑顔で誤魔化した。


「えーと、それじゃあ夢乃さん。お礼なんだけど、有難く受け取らせてもらうよ」

「そ、そう。で、どうする?」

「そ、そうですね……」


 うーん。礼を受け取ると言ったものの、こういう時って何が正解なんだ……? 全く分からん。

 とはいえ相手に聞くのも変な気がするし……。


 内心で頭を抱える。


 仕方ない……下手に取り繕うのは止めよう。ここは正直に、自分の欲望を解き放つ。


 熟考の末出した結論。それに基づき、僕は口を開いた。


「じゃあ夢乃さん。今週末、僕に付き合ってくれませんか?」

「……へ?」


 僕の頼みに、夢乃は何故か素っ頓狂な声を上げる。


「ちょ、ちょちょちょ待って!? な、なななな何ソレ!?」

「え、何って……そりゃあ」

「待って言わなくていい!! 分かった、分かったから!!」

「そ、そうですか?」

「うん! しゅ、週末ね!! オッケー準備しとくから!!」


 そう言って、夢乃は立ち去ろうとする。


「あ、すみません夢乃さん」

「な、何!?」

「週末の集合時間と場所を送りたいのでLINEを交換したいんですが……」

「っ!? あ、あぁそ、そそそそそうだよね!! ウチとしたことが忘れてたわー!」


 振り返り、再びこちらへ戻って来る夢乃。そんな彼女と僕はLINEを交換した。


「そ、それじゃあ週末!!」

「は、はい……」


 矢継ぎ早に言葉を発し、足早に屋上を立ち去る夢乃に、僕は呆気に取られたような返事をするのが精いっぱいだった。


 なんか、すごい緊張テンパってたな。大丈夫か……?


 明らかに様子が可笑おかしかった夢乃。

 彼女が去り再び訪れた静寂の中、行き場の失った視線を、僕は何となく屋上の扉に向けた。

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