第26話 その陰キャ、不良少女二人に救われる

「ほらよ」


 咢宮から投げ渡されたキーホルダーを、隼太は危なげながらもキャッチする。


「か、感謝でござる!! い、いやそれよりもどうしてここに……!!」


 突然の誠二の参戦、隼太は純粋な疑問を口にする。


「いやぁ、徘徊ブラブラしてたら丁度お前がボロボロになってんのを目撃てよぉ。救出たすけにきたぜ。同じ級友クラスメートとして」

「が、咢宮殿……」


 ニッコリと笑う誠二に、隼太は感極まった。


「おいおい、咢宮。どういう了見ことだ?」

「はっ、どうもこーもねぇよ優斗。筋の通らねぇことはしちゃいけないって、小学生の時に教わらなかったか?」

「はっ、お前がそれを言うのか」

「……確かに、この前まで俺はゴミ野郎だった。だから今、死ぬ気で変わろうともがいてる途中だ」

「ちっ、減らず口を……」


 舌打ちをする優斗。


「なら、お前がソイツを守り切れるか……試してみるか?」


 次いで、優斗は片手を上げる。それは合図ジェスチャー、誠二と隼太の周りを優斗たち三人が取り囲む。


「けっ、一対三とは卑怯ずりぃ奴だな」

「お前相手に一対一サシでやるほど馬鹿じゃない」

「そうかよ」


 誠二は拳を構える。


「オラァ!!」


 先に攻撃を仕掛けたのは、亮介だった。

 運動部だけあり、拳のスピードはそこそこ速い。


「っと!」


 が、不良として喧嘩慣れしている誠二はそれをすんでの所で回避する。


「オラァ!」

「っ!!」


 即座にカウンターで拳を繰り出す誠二、咄嗟に片腕で防御ガードした亮介だが、確かなダメージを与えていた。


「痛ぇな……!」

「ったりめぇだろ。俺は不良だぜ?」


 得意げに鼻を鳴らす誠二。だが、


「はっ!」

「おぉ!?」


 死角から攻撃を仕掛けてきた蓮に驚き、反射的に体をらせる。


余所見よそみするなんて、随分と余裕があるじゃないか」

「っ!? ぐぅ!!」


 回避した先にいた優斗の拳が、誠二の脇腹に直撃する。


「てめぇ……」

「はは、喧嘩の経験が無くとも、三人で掛かればお前一人をねじ伏せることくらい、訳無いんだよ」

「くっ……」


 優斗の言う通り、状況は誠二にとって劣勢に他ならない。

 経験や戦闘能力は個人では誠二が一番だ。しかし優斗たち他の三人の能力値は、決して低くは無い。

 三人でなら、十分に誠二を相手取り、組み伏せることが叶う。


 誠二は嫌でもその事実を、実感した。


「亮介、蓮。一斉にかかるぞ。これで終わらせる」

「おう」

「分かった」


 優斗の言葉に従い、亮介と蓮は少し前傾姿勢を取る。それは走り出すため、加速するための所作モノ


『!!』


 三方向から、一斉に駆け出す優斗たち。


「こ、来いやぁ!!」


 自身を激励するように、誠二は声を上げる。

 眼前に迫る拳を避け、即座に体を捻り後方からの拳も回避した。しかし、


 ドスッ!!


「ぐぅ……!?」


 全ての方向からの攻撃に対応することはできない。今度は逆の脇腹への攻撃を、彼は許してしまう。


 や、ヤベェ……捌き切れねぇ……!! このままじゃじわじわ削られてジリ貧だ……!!


 このままでは誠二は確実に詰み。何とか打開策を考えるが、それが悪手。


「おらよぉ!!」

「ぐぅ!?」


 一瞬意識が逸れ、亮介の攻撃をモロに顔面で受けてしまった。

 更にそこから、畳み掛けるように蓮が腹部を蹴り、優斗が頭部に回し蹴りを食らわせる。


「がぁ……!?」


 激しい鈍痛に誠二は堪らず声を上げ、忌々しそうに優斗に目をやった。

 が、そんなものは意味が無い。

 流れに乗るように、優斗たちによる連続攻撃。完全に調子リズムを崩された誠二はそれらを防御する暇も無く、受け続ける。


 マ、マズいでござる!! いくら咢宮殿が不良で強いとは言え、これは分が悪い……!!


 後方にいた隼太も、戦況が優斗たちに傾いていることを悟る。

 しかし、隼太にはどうすることもできない。下手に加勢をしても、混戦状態となり誠二の足を引っ張るだけだと、彼自身が一番それを良く理解していた。


 自分を助けてくれた誠二に対し、何もできない無力さ、不甲斐無さに、隼太はプルプルと唇を震わせる。

 一方的虐待リンチされる彼を見続けることしかできない自分に、嫌気が差す。


「はは! ようやく倒れたな!」

「流石不良なだけある。しぶとかったぞ」


 少し息を切らしながら、亮介と蓮は地面にうつ伏せになった誠二を満足げな目で見た。 


 ――その時だった。 


「あれ、隼太お兄ちゃん」

「へ?」


 鈴の音色のような声に、隼太は思わず声のした方を見る。そこにいたのは、


「おい九十九。何だよそれ」

「そーちょ……お兄ちゃんにそう呼ぶように言われてる」


 ジャージ姿の九十九と龍子だった。


「は……? 何だアイツら……」

「お、おい。あの子らメチャクチャ可愛くね?」

「あ、あぁ。そうだな。学校にあんな顔面偏差値高いの、そういないぞ」


 突然現れた龍子たちを見て、優斗たちは困惑と同時にその可愛さに目を奪われる。


「妹君!? それにもう一人は誰か分からぬでござるが、どうしてここに……!?」

「え、暇だったから」

「ひ、暇って普通の学生は今学校に行っている時間でござるが……」


 至極当たり前の疑問を口にする隼太。

 彼は現れた美少女二人が学校へ行っておらず、迅の家に居候しているという事実を知るよしも無い。


 何故彼女たちがここにいるのか、それは数十分前に遡る。



「あははは! バカだなぁコイツら!!」


 昼から録画していた深夜の誰が見ているかも分からないような番組を見ながら、龍子はゲラゲラと笑っていた。


「……ヒマ」


 すると突然、机に突っ伏していた九十九がそんなことを言い出す。


「ヒマ」

「あぁ? 知らねぇよ。だったら寝とけ」


 九十九にジャージのすそを引っ張られた龍子はそう言って再びテレビの方を向いた。


「寝るの、無理。もう今日はたくさん寝た」


 迅が登校した後すぐに二度寝をかました九十九は、十分すぎる程に目が覚めている。もう一度寝るには厳しいモノがあった。


「……」


 だから、彼女は立ち上がる。後ろを向き、向かった先は玄関。

 

 ガチャリ。


 鍵を開け、扉を開けようとする。


「おいクソ猫! 何処どこ行こうとしてんだよ!?」

 

 それに気付いた龍子は、慌てて九十九を制止する。


「お兄ちゃんの所行く」

「はぁ!? お前何言ってんだ!? アニキに留守番するように言われたろうが!」

「じゃあ、お前はお兄ちゃんのこと気にならないの?」

「っ!? い、いやそりゃあ……気になるけど……」


 九十九の問いに、龍子はの心がガクリと揺れた。


「……龍子。これは調査」

「ちょ、調査……?」

「うん。ガッコ―には沢山のメスがいる。ソイツらがお兄ちゃんを誘惑してるかもしれない」

「なっ……!?」

 

 あり得ない、と龍子は言い切れなかった。

 今の迅は昔の面影など何処かへ消え失せたかのようにイメチェンしており、どう見ても不良では無く普通の一般人だ。

 無害そうな彼に近寄る女子生徒がいる可能性は、十分にある……。

 それが龍子の出した結論だった。


「よし九十九!! 調査に行くぞ!! 学校の場所は分かってるからよ!!」

「おおー」


 意見と利害の一致がもたらした結束力。


 こうして龍子と九十九は迅の通う『大惨事学園』へと足を運んだ。

 そして学校に到着し、一先ず誰にも見られないように敷地のへいから学校の敷地内へと侵入した龍子たちは偶然隼太たちを見かけたのだった。



「ねぇねぇ。君たちどこから来たの?」

「可愛い顔してるね。とりあえず、連絡先でも交換しようよ」


 倒れた誠二を無視スルーし、亮介と蓮は龍子たちに歩み寄る。


「あぁ? ンだてめぇ?」


 不快そうにガンを飛ばす龍子。


 おぉ見た目から分かってたが、やっぱり気の強いタイプか。いいねぇ、そういう女ほど、屈服のさせ甲斐がある……!!


 だがそれは、亮介にとって余計に興奮する材料にしかならなかった。


 この無表情、最高だね。この子が俺の魅力に顔を紅くするのを、見てみたい。


 そして対する蓮は、九十九に興味を抱く。


「まぁまぁ、そう言わずによぉ」


 亮介は龍子に触れようと、蓮は九十九に触れようと手を伸ばす。

 

 ――それが、彼らへの死刑宣告だった。


「……ぁ?」


 まず一人。

 バタリと、急に意識を失ったように亮介はその場に倒れる。

 龍子が一般人には認識できない速度で蹴りを放ち、彼を気絶させたのだ。


「……は?」


 あまりにも唐突で、突然のことに隣にいた蓮は状況を飲み込むことも、何が起きたのかを把握することもできなかった。


「バカか。てめぇみたいなゴミ野郎がアタシに触れようとしてんじゃねぇよ」


 汚物を見るような目で、龍子は亮介を見下ろした。

 

 そして二人目。


 ブシュ……。


「へ……?」


 蓮の腕と頬に切り傷ができ、そこから血が流れ出た。

 九十九の仕業こうげきである。


「お前の手は、気持ち悪い。拒否する」

「え、え……? な、何が……どうなって……?」


 亮介とは違い、意識のある蓮は何が起きたのか全く分からず、ただ自身の体に生じた確かな痛みに、動揺と不気味さを覚える。


「わ、わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そして彼は、その場から逃げ出した。


「ど、どういうことだ……?」


 後ろから一部始終を見ていた優斗だけが、辛うじて冷静さを保ち、呟く。


「……!!」


 そして隼太を一瞥いちべつ


「覚えていろよ……!!」


 そうして、彼は亮介を置いて、逃げるようにその場を立ち去った。

 

「た、助かったで……ござるか……?」


 現実感が湧かない隼太は手持ち無沙汰な様子で、辺りを見回す。


「そ、そうだ。それよりも……大丈夫でござるか咢宮殿ぉ!!」


 倒れ伏す誠二に駆け寄る隼太。


「くっそ……!! 負けた、完全に……!! 弱ぇな俺ぇ!!」


 三人がかりでやられてもなお、敗北したという事実に、誠二は圧倒的な悔しさを抱いていた。

 だがともかく深手を負った様子はない。それを確認した隼太は安堵した。


「そ、それにして一体どうなっているでござるか? 奴らが急に意識を失ったり出血したり……」

「「(ビクリ)」」


 とうとう至ってしまった当然の疑問に、龍子と九十九は肩を揺らす。

 

「よ、よく分からないでござるが……妹君たちが、やったでござるか……?」


 恐る恐る、隼太は問う。


『お、おいどうすんだよコレ……。ノリでやっちまったけど、こんな目立ったらアニキに怒られちまう……!!』

『くっ、そーちょ……じゃない、お兄ちゃんと仲良さそうにしてたから思わず話し掛けたのがマズかった。龍子をお兄ちゃんに差し出して許してもらう』

『ざけんなてめぇ……!? 何アタシに全部罪なすりつけようとしてんだ……!』

「と、どうしたでござるか?」


 ヒソヒソと泥の掛け合いを繰り返す龍子たちに、隼太は首を傾げる。


『仕方ない。ここは九十九に任せて』

『大丈夫だろうな? アタシに罪りつけんのは無しだぞ』

『うん』


 そうして九十九は口を開く。


「隼太お兄ちゃん。実は……」


 一体何言う気だ九十九の奴……!! だが心配してもしょうがねぇ!! アタシが何にも思いつかない以上、ここは任せるしかねぇ!! 信じろ、コイツの自身に溢れた目を……!!


 歯を食いしばり、龍子は九十九に賭けた。

 だが瞬間、彼女は気付く。


「九十九、超能力者エスパー


 九十九が、自分よりも馬鹿であることに。


 なぁに言ってんだコイツゥゥゥゥゥゥゥ!?

 ンなの通用つうよーするワケねぇだろうがぁぁぁぁぁぁ!?


本当マジでござるかぁ!?」


 通じたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??

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