第25話 その陰キャ、矜持を見せる
――昼休み。
僕はいつものように隼太と昼飯を食べながら語り合おうと思っていた。のだが、
「あれ、アイツ……どこ行った?」
気付けば隼太の姿は教室から消えていた。
もう先に行ったのか?
至極当たり前の結論に達した僕は、弁当を持ってそのまま一人屋上に向かうことにした。
「あれ……」
そうして屋上に到着したが、隼太の姿は無い。
いない……。トイレか購買にでも寄ってるのか。
ならばとスマホを取り出し、LINEで隼太にメッセージを送ることにする。
『もう屋上にいる』
これでよし。先に飯食って待ってるか。
そうして僕は弁当の蓋を開けた。
◆
「こうして話すのは、久しぶりだね。柿崎」
「は、羽柴殿……」
人気の無い校舎裏。
隼太はLINEで優斗に呼び出され、ここに来ていた。
そして到着した彼を待ち受けていたのは、優斗と彼とよくつるんでいる男たちだった。
「おいおい優斗。何だよこのナヨナヨしたデブは」
「あぁ、紹介するよ。コイツは柿崎隼太。中学時代、俺が
「はぁーん。そういうことか」
優斗の言葉に、男はニヤリと笑う。
男の名は
「ははは、
そしてまた別の男が隼太を観ながら、そう呟く。
こちらの名は
そんな彼らを前にして、隼太は何も言い返すことができず、ただ体を震わせるだけだった。
「んで、どうしてこんな奴わざわざ呼び出したんだ?」
亮介はそう優斗に問い掛ける。
「そんなの調子に乗ってるからだよ。コイツ、最近はカースト底辺のゴミの分際で亜亥と話すようになっている。到底許容できることじゃない」
「あぁ、なるほどなぁ」
「
優斗の言葉に、同調する亮介と蓮。今この場に、優斗に反発する者は誰一人として存在していなかった。
「なぁ、柿崎。この世には分不相応って言葉がある。今のお前は正にそれだよ。だから……」
ドスッ。
「おごぉ……!?」
突然、優斗に腹部を殴られた隼太は声にならない声を発して、その場に膝をついた。
「自分の地位を、価値を……改めて自覚してもらう」
ドス、ドス……!!
「うぁ……! あがぁ……!!」
優斗に背中を踏みつけられ、隼太は為す術も無く、その痛みをただ受け入れる。
「おぉ。結構やるなぁ優斗」
「ははは、こんなのまだ軽い方だよ。なぁ柿崎?」
一旦踏みつけを停止し、優斗は柿崎を見る。
優斗の言う通り、隼太は中学時代……もっと酷いイジメを受けていた。
上履きに画びょうを入れられたり、筆箱や教科書を捨てられたり隠されたりするのは序の口。
露骨に陰口を飛ばされたり、激しく殴られ蹴られるのが、隼太の日常だった。
「なぁ、答えてくれないか?」
「ぁ……ぁ……」
少し苛立った口調で、再度問い掛ける隼太。
だが、上手く呼吸ができないのだろう。今の隼太は呼吸を整えるのが精いっぱいで言葉を話すなど、とてもじゃないができなかった。
「喋ることもできないのかい? はぁ……本当に、お前は無能だな」
「はは、言えてるわw」
「人語は話さなくて良いから、せめて家畜の言葉は話せよ。『ブヒブヒ』ってさ」
ゲラゲラと、下卑た笑い声が隼太の耳に届く。
「……っ」
――だが、隼太は負けていない。
彼の魂は、屈していない。
……耐えろ、耐えるでござる……!!
プルプルと身体を震わせながら、隼太は気を強く
柿崎隼太。彼は確かな、一本の太い信念を持っている。
それは『オタクとしての
アニメ、ゲーム、Vtuber……その他諸々のサブカル文化、彼はそれを堪能するために生きている。
故に、彼は中学時代も優斗からの酷い仕打ちに耐えてきた。
自分がいくら傷つこうが、酷い目に遭おうが……そんなものはアニメやゲーム、推しの配信を観る上で何一つ関係が無いからだ。
……だが、
「あぁ? 何だこりゃ……?」
「っ!?」
亮介が漏らしたその声に、何事かと視線を向けた隼太は愕然とする。
その理由は単純明快。
彼のすぐ近くに、【ハウンズ】所属のVtuber『如月リリス』のキーホルダーが落ちていたからだ。
優斗が隼太を踏んだ拍子に、彼のポケットから落下してしまったのである。
「おいおいキメェなぁ。アニメのキーホルダーか?」
それを拾い上げた亮介は目を細めた。
「……か、返すで……ござ、る」
「あ?」
その時だった。隼太が亮介の足を掴み、顔を上げて彼の目を見た。
「それは、拙者の……だか、ら……返して、でござる……」
それは必至の懇願であった。
だが、今の隼太にとってそれが
今の隼太の言葉は、彼らを増長させるだけである。
「はは! 何だよその必死な顔ぉ!
「おぐっ……!!」
亮介に腹を蹴り上げられた隼太は、無残に転がされる。
「やっぱり底辺だな。こんなモノが好きなんて……」
やれやれと、優斗は溜息を吐く。
「謝れ……でござる……」
「……は?」
呟くような隼太の声。だがそれは確かに優斗の耳に届き、彼を不快にさせた。
隼太は……よろよろと立ち上がった。
「僕のことは、どうでもいいでござる……。けど、リリスちゃんを……『こんなモノ』扱いしたこと……謝れでござる……!!」
オタクの矜持、譲れないもののために、隼太は怒号を上げる。
「おいおい、何急に調子づいてるんだこの豚は」
「
怒りゲージが許容量を越した蓮と亮介の意見が合致した。
「柿崎。まさかお前がこんな
対し、優斗は隼太に憐れみの目を、可哀そうな人間を見るような目を向けていた。
「それも全部、お前の勘違いによるものだろう。高校に入学し同じ底辺とつるむようになって、お情けで亜亥たちに声を掛けてもらって、自分がカースト上位の人間だと錯覚しているんだ。お前は依然、底辺のままなのに……」
「なに、を……」
あまりにも自分勝手な理論構築に、憔悴している隼太ですら困惑を禁じ得ない。
「とりあえず、先ずはそれをお前に自覚させよう。亮介、それを貸してくれ」
「ん、あぁ」
優斗の言葉に従い、亮介は持っていたキーホルダーを彼に投げ渡した。
瞬間、隼太の脳裏に嫌な
「コイツをへし折れば、お前の心も折れてくれるかな?」
キーホルダーの両端を、優斗は持つ。
「やめるで、ござる……」
隼太は一歩前に出る。そして一歩、また一歩と、優斗に近付いていく。
それに呼応するように、優斗がキーホールダーに込める力が、強くなっていった。
「やめろォォォォォォォ!!」
手を伸ばし、隼太は叫ぶ。
だが間に合わない。このままでは、『如月リリス』のキーホルダーは、文字通り真っ二つだ。
絶体絶命、一環の終わり。
――その瞬間、
「っとぉ!」
『っ!?』
突然の第三者の乱入に、優斗たちが目を見開く。
そして彼らが動揺した隙に、第三者は優斗からキーホルダーを奪取した。
「あ、貴方は……!!」
颯爽と登場したその男に対し、隼太は驚きを禁じ得ない。
何故なら、
「よぉ柿崎。大丈夫か?」
現れたのは、同じクラスの不良……咢宮誠二だったからだ。
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