第21話 その陰キャ、不良の戦いに巻き込まれる

 メイド喫茶に入り早小一時間。

 その間僕はメイド喫茶というものを隼太にレクチャーされながら堪能した。


 メイドにケチャップでオムライスに絵を書いてもらったり、


『あ、べちゃったわメンゴ!』

『あははは! これじゃ絵じゃなくて血が吐かれたみた~い』

『うっ、食欲無くすんだけど……』

『こ、これはこれで趣があって良いかもでござる……』


 食べる前に愛情ラブパワーを込めてもらったり、


『はーい、んじゃ食べる前に魔法の呪文唱えちゃうよ~。えーと、何だっけ? 忘れちゃった』

『適当でいいんじゃない? 大事なのは気持ちだよ気持ち~』

『あ、言われればマジでそれなだわ。じゃああーしの呪文いっきまーす。『ぴえんぴえんぱおんぴえん、ぴえんぴえんぴえん』』

『あははは! 全然愛情込もってないよリリ~』

『マジそれ』

『あーあー、あーしの愛情伝わんないか~。友達としてマジ病みなんだけど~。オタク君らは分かるっしょ?』

『えぇ!? そ、それは勿論……!!』

『え、あの適当な呪文で愛情感じたん? 隼たんマジパないね』

『ちょ!? 急に梯子はしごを外さないでほしいでござる!? というか来栖殿まで隼たん呼び……!! もう拙者、この世に未練は無いでござるよ……』


 無料チェキを来栖と撮ったり、


『はーい撮るよ迅たん』

『なるほどこういう感じなんですね』

『いんや、あーしチェキ初めてだから良く分からん。まぁでも一緒に写真っつったらこーっしょ。じゃあ迅たんピースピース』

『ピース』

『いえーい』

『いや違うでござるよ!? そんな自撮りみたいな感じでチェキは撮らないでござる!! あーそんなに肩を密着して何と羨ま……じゃないけしからんでござるぅ!!』

『まぁまぁ、細かいことはどーでもいいじゃん隼太ん。じゃ次私~』

『次ウチね』

『あはは、あーし大人気じゃん。てかアイとましろはいつも一緒に撮ってるし、別のコと撮った方が得じゃね?』

『あーそれもそっかー! すみませーん! 一緒に撮りませんかー?』

『あ、あのコ可愛い。ウチあのコに決めたわ』


 ――うん、とにかくまぁ楽しんだ。   



 ひと段落し、コーヒーを口に含む僕。

 そこで黛がよく分からないことを言い出した。


「あ、そーいえば迅たん知ってる? 最近この辺で『化け猫』が出るって噂〜」

「ば、化け猫……?」

「うん。なんか人の少ない所で突然襲われて、食べ物を奪われるんだって。何とか姿を確認しようとしても建物を伝って、すっごい速さで逃げちゃうらしいよ」

「へ、へー。でもそれって気性の荒い猫じゃないの? なんで『化け猫』なんて名前……」

「あー、なんでもねその猫……『人』っぽい姿をしてたらしいよ」

「ひ、人の姿……」


 嫌な予感が、背中に走る。

 そして直後、数秒後に迫り来る危機を


「皆伏せて!!」


 だから叫ぶ。しかし唐突にそんなことを言うものだから隼太や黛を含め、周囲の人間は困惑するばかり。


 くっダメか……!!


 ドガァァァァァァァァン!!!


 僕が苦虫を噛み潰すような思いに駆られた直後、メイド喫茶の壁が突如として爆音と共に破壊された。


「てめぇゴラァ……!! やってくれんじゃねぇかよ……!!」


 瓦礫の中から、吹き飛ばされ壁に激突されたであろう男が立ち上がる。


「先にやりやがったのはてめぇらの方だろうが!! ウチのチームの奴に手ぇ出しといて、タダで済むと思うなよ!!」


 破損した壁の穴の前に、ヨーヨーを持った少女が立っていた。


 って、あっちの状況を気にしている場合じゃない。


 思い直した僕は周囲の状況に目をやる。


 見ると、壁が破壊された近くの席に座っていた人は誰もいない。

 軽症者は多数いるが、重傷者はいなかった。


 後は自分の近くにいる隼太たちだが、当然そちらも問題ない。


「な、何とか大丈夫でござる……」

「うぅ〜ん」

「何今の、ヤバみなんだけど……!」


 壁が破壊される直前、僕が一瞬で机を倒し壁に転用させたことで、隼太たちは飛び石などの被害を受けずに済んでいた。

 しかし、


「ね、ねぇ」

「ん?」


 僕は声のした方に目をやる。そこにいたのは夢乃、それだけならば問題はない。

 問題なのは、


 ムニュ。


 僕が彼女を抱きかかえ、胸を揉んでるということだ。


「……ごめんなさい」


 刹那の思考の中、僕が出した結論は『素直に謝罪する』だった。


 くっ!! 咄嗟に抱えちまったのか……!! なんたる不覚……!! ただでさえ嫌われてんのにこんなこと……!!


 僕は反射的とはいえ、自身がしてしまったことを激しく悔やむ。

 罵声の一つや二つ、暴力の一つや二つ覚悟した。

 だが、


「……」


 肝心の夢乃はなにやらもじもじとしながら顔を赤らめるのみ。


 い、一体どういう感情なんだそれは……!?


 予想の斜め上の彼女の反応に、僕の脳は更に混乱をきたす。

 どう対処すれば良いのか、全く分からない。


「あ、ありがと……」


 ありがとうだと……!? 何故胸を揉まれて感謝しているんだ……!?


 追い討ちとばかりに放たれる夢乃の言葉に、僕の混乱は加速する。


 くっ、どうなっているんだ……!? 最近の女子高生は胸を揉まれるのがトレンドなのか……!? いやあり得ない……!! くくるちゃんの雑談配信でもそんなことは言っていなかった……!! ならどうして……!?

 

「あ、頭大丈夫ですか……?」


 恐る恐る、僕は言う。


「は、はぁ!? 何言ってんのアンタ! 助けてくれたからお礼言ったのに!」


 するととても不本意そうに、夢乃は憤慨する。


 あ、なるほど……。


 よくよく考えてみれば当たり前のことだ。あまりの混乱に思考が斜め上の理論展開を魅せてしまった。

 

 が、そんなことはどうでもよく、僕は可及的速やかに対応しなければならない問題に直面する。


「うわ〜。ていうかすごいね迅たん。なんで分かったの?」

「た、たしかに……。あまりのことでよく分からなかったでござるが、凄まじい反応速度だったような気がするでござる……」

「それ! マジパなかった」


 僕の行動に驚いた黛たちの視線が、集まる。


「い、いやぁ!? じ、実は中学の時運動部だったからさぁ! そ、それで反射神経は少ぉ〜し鍛えられてたんだよねぇ!? みんなも運動部入ればこれくらいできるよ! だから普通普通!!」


 僕は口から出まかせを言い、必死に言い訳する。


「へーそうなんだぁ!」

「そういえば前の持久走で、羽柴優斗にギリギリの勝利を収めていたでござるな……。くっ! 運動ができるオタクとは……!」

「あーしずっと帰宅部だから分からんわ。今からガチればワンチャンある?」


 ふぅ、危機あぶねぇ……。


 黛たちが納得してくれたことに、安堵した。


 さてと……。


 そうして僕は、最たる問題である不良たちへ、再度目を向けた。

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