第20話 その陰キャ、メイド喫茶へ行く
【紅蓮十字軍】のメンバーが襲撃された翌日。迅は普通に日常を過ごしていた。
◇
――放課後
「迅殿。一緒に帰ろうでござる」
「おぉ」
隼太に応えるように、僕はカバンの取っ手を掴む。
今日は隼太の誘いでメイドカフェに行くことになっている。
Vtuber……特にくくるちゃんしか興味のない僕と違い、隼太は広範囲なオタク趣味を持っている。今回は話の流れで僕がメイド喫茶に行ったことが無いと分かった隼太が
『それはあまりにももったいないでござるよ! 是非一緒に行くでござる!』
という感じでメイド喫茶に行くことが決定した。
◇
「ここでござる!」
学校を出て、場所は秋葉原。
隼太は興奮気味な様子でビル型の建物を指差した。
見ると、二階の所に『キューティクルドリーミー』と看板がある。そしてビルの前にはメイドと思われる格好をしている少女が看板を持って宣伝をしていた。
「メイドカフェ『キューティクルドリーミー』でーす♪今なら初めてご来店したご主人様には私たちメイドとのツーショットが無料でチェキれるキャンペーンやってまーす♪」
「チェキ……ってなんだ隼太?」
「む? 知らないでござるか? その場で現像してもらえる写真のことでござるよ。メイドカフェの場合メイドさん一人のソロ撮影、拙者たちご主人様とのツーショット撮影があるでござるな。本来ならこういったものはオプション料金が掛かるでござるが流石『キューティクルドリーミー』、既にメイド喫茶業界のトップに君臨しているにも関わらず新規顧客を獲得しようとするその心意気。感服するでござる」
隼太はペラペラと解説する。よほど好きなのだろう。
「ささ、行きますぞ迅殿。細かいことは拙者がレクチャーするでござる」
「おう、頼んだ」
同じVtuberオタクである友人がここまで言うのだ。僕は身を任せることにした。
が、その時、
「あれぇ? 迅たんと隼たんじゃーん」
聞き覚えのある声が、耳に届いた。
声のした方に顔を向ける。そこにいたのは黛だった。
「ま、まままままま黛殿!? 貴方のようなお方が一体どうしてアキバにぃ!?」
隼太の言う通り、黛のようなタイプがこのような場所にいるのはどうも違和感がある。
「あはは、それは偏見だよ隼たん。アキバくらい誰でも来るって。コスプレ用品店の化粧グッズとか、結構買うモノあるんだー。ま、今日行くのはアレだけどー」
そう言って、黛は上を指差す。指し示された場所は、これから僕たちが向かおうとしているメイド喫茶だった。
「な、なんですとぉぉぉぉ!?」
隼太、本日二度目の驚愕。
「な、
「それはねぇ、最近あそこでバイト始めた友達がいるから! どんな感じでやってるのな気になって来てみたんだー。ねぇましろん?」
そう言って、黛は彼女の隣に立っていた髪にメッシュがかかった少女に目をやる。
その少女にも見覚えでなければ黛同様、僕のクラスメートだ。
『ましろん』と呼ばれた女子の名は……。
「隼太、隣の子の名前はなんだ?」
「迅殿……いい加減クラスメートの名前くらいは覚えた方がいいでごさるよ……。あの方の名前は夢乃真白殿、黛殿と同じく本来であれば我々が関わらないような
ふむ。つまり黛と同じくカースト上位の陽キャって奴か。
「何? ジロジロ見てキモいんだけど」
「え? あぁごめん」
僕の視線に耐えかねたのだろう、夢乃は不快そうな目を僕に向けた。
どことなく咢宮の彼女と同じ匂いを感じる。
「全くもう! ダメだよましろん、そんな無愛想じゃ! 可愛いんだからもっと笑顔笑顔ー!」
「やめふぇアイ」
「あ、そういえば二人はどーしてアキバ来たの?」
「話聞へし」
「じ、実は拙者らもあそこのメイド喫茶に……行こうと、しておりまして……」
黛によって無理やり口角を吊り上げられた夢乃を他所に、たどたとしい口調で隼太は答える。
「え、
「私はヤダ。オタクが
「よーしそれじゃあいこー!」
「だから話聞けし!」
夢乃は抵抗するが、台風のような勢いの黛に圧され、僕たちは一緒にメイド喫茶へと入店することになった」
入店するまでの最中、僕は……。
オタクが
その疑問が頭の中をグルグルと回っていた。
◇
『お帰りなさいませ! ご主人様、お嬢様!』
『キューティクルドリーミー』の扉を開けると、待っていたのはメイド服を着た女性たちの手厚い出迎えだった。
「くうっ!! やはり何度来てもこの瞬間はたまらんでござるな……!」
「あはは〜お嬢様だって! 面白〜い」
「なんか、照れる」
隼太たちは三者三様のリアクションを見せる。
「ふっふっふ、どうでござる迅殿?」
「……いいな」
「おぉ! そうでござろうそうでござろう!」
隼太は嬉しそうに胸を張る。
サンキューな隼太。これで決心がついた。
次のくくるちゃんの衣装リクエスト、何と送ろうか悩んでいたが……これはメイド服で決まりだ。
◇
メイドに席を案内され、僕たちは席につく。
「いらっしゃいやせー。どもども、メイドでーす」
僕たちの席に水を持ってきたのは、あまりにも軽い感じのメイドだった。
「やほーリリ」
「ははは、アイとましろ来てくれたん嬉しす。んで、コイツらは〜?」
「そそ、迅たんと隼たんだよ」
黛が僕たちのことを軽く紹介する。
「あぁ! いつも教室にいるオタク君たちか〜」
合点がいったように、メイド服の少女は手を合わせる。
「迅たん、隼たん。知ってると思うけど一応紹介するね。同じクラスの
「よろしくね〜オタク君たち」
来栖りりあ、夢乃よりも気の良さそうな少女だ。
そして助かる黛、同じクラスなのだろうが夢乃同様、僕は名前を知らなかった。
やはり今後は少し、くくるちゃん以外にも脳のリソースを使うことにするか。
ウインクをしながらピースをする彼女を見て、僕は素直にそう思う。
「ちょっと来栖さん!」
すると突然、店の奥から大人の女性が出て来た。
「あ、は〜い。どしたん店長?」
どうやら店長らしい。
「どうしたじゃないでしょ! 教えた風にちゃんとメイドの作法を……!」
「え〜? だってアレ堅苦しいんだも〜ん。それよりこんくらいの方が皆気に入ってくれそーじゃね?」
「それは貴方が
何やら揉めている。
「いやいやそんなこと無いって、ねぇそう思うっしょ? オタク君たち」
そして唐突に、来栖は僕たちに話を振ってきた。
「え、いやまぁ……こういうメイドが『あり』か『なし』かと言われれば、正直……『あり』でござる……!!」
やけに真剣な口調で隼太は言う。
そしてそれは隼太だけでは無かった。
『ありだな』
『あり』
『うん、ありだ』
『圧倒的あり』
周囲の客からも、そんな言葉が漏れる。
「なぁ……!?」
その様子を目撃した店長の女性は、頭に雷が落ちたような衝撃を受けていた。
「そ、そんな……私のメイド理論が、破綻していたというの……!?」
何だメイド理論って……?
思わずツッコみたくなる衝動を、僕は喉奥で止める。
「そう、そうなのね……。時代は変わる、私はいつの間にか、取り残されていた……「あーいう大人にはなりたくない」、そうして反発しメイド喫茶の世界に足を踏み入れたけど……今の私は、あの時嫌悪していた大人そのもの……。ごめんなさいりりあちゃん。私が間違っていたわ。これからは多様性の時代!! あなたはあなたのままで良い……!!」
「おー、分かってくれてあーしも嬉ピだよ!」
そうして、店長と来栖は握手を交わした。
「うんうん。良かったね〜」
「過去と未来が手を取り合い、新たな時代の幕が上がる……。拙者らは今、歴史的瞬間を目撃しているでござるよ……!」
見ると、黛と隼太が何やら感動していた。
対し、僕と夢乃は……。
『ナニコレ……?』
この異様な空間についていけず、口を揃えてそう言ったのだった。
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