第二章 渋谷狂奏曲

第19話 その陰キャ、推しのライブに思いを馳せる

 ――五月。

 僕が『大惨事学園』に入学し、早くも一か月以上が経過した。

 一か月も経てば新入生は学校生活にも慣れ、気の合う友人たちと楽しい高校生ライフを送るらしい。

 

 そんな中、僕は何をしているかと言えば……。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 昼休みの屋上で座禅を組み、息を吐き、精神統一をしていた。


「じ、迅殿? さっきから何をしているでござるか?」


 そこに、大きめの弁当を食べている隼太が問い掛ける。


「見て分からないのか隼太。座禅と精神統一だ」

「いやそれは見れば分かるでござるよ。拙者が聞きたいのは何でそんなことをしているかということでござる」

「あぁそういうことか。たかぶり続ける気持ちを抑えるためだ」

「ほう。迅殿がそこまで……あ!?」

「ふっ、気付いたか」


 流石隼太。僕と同じVのオタク。


「まさか迅殿……成し遂げたでござるか!? くくるちゃんのワンマンライブ、現地当選を……!!」

「ザッツライト」


 指パッチンをし、僕は隼太を指差した。


 そう、僕のボルテージが上昇し続けている理由。

 それは二週間後に控えているくくるちゃん初のワンマンライブ……『第一回くくっ子決起集会!!~私☆オンステージ!!~』の現地チケットが当たったからだ。


 金を払えば誰でもネットでライブを視聴できる配信チケットとは異なり、現地チケットはその名の通り現地のライブ会場まで足を運んで直接ライブを視聴することができるチケット。


 当然ライブの席には限りがあるため、選ばれし者しかこのチケットは手に入れることができない。特にくくるちゃんは今をときめく大人気Vtuberであるためチケットの倍率もえげつないことになっている。


 くくるちゃんのファンクラブに加入しYouTubeチャンネルのメンバーになっている僕でさえ一次先行で落選したほどだ。

 正直、一次先行落選した時は激しくこの世を恨んだが、二次先行で無事当選した僕はこの世に感謝した。


「なるほど……現地当選を成し遂げたのなら気持ちが高ぶり続けるのも無理ないことでござるな!! おめでとうでございますぞ迅殿!!」

「ありがとう隼太!!」


 僕は隼太と固い握手を交わした。


「それにしても、いいでござるなぁライブのタイトル」

「分かるぞ。タイトルからくくるちゃんのくくっ子への想いが伝わってくるし、『!!』を二回使っているのもバカっぽくてとてもくくるちゃんらしい」


 こうして昼休みの残り時間、僕は隼太と熱いくくるちゃんトークに花を咲かせてた。

 


 東京   区廃ボーリング場


 そこには大量の少女が集まっていた。

 少女……といえば聞こえは良いが、彼女たちは普通の少女たちと比べ、明らかに異質だった。

 服装や髪の毛などもそうだが、特筆すべきはその異様な雰囲気。

 見る者が見れば、彼女たちのことをこう呼ぶだろう。


 ーー不良、と。


「てめぇら! よく集まってくれたぁ!!」


 そんな少女たちを激励するように、足元まであるロングスカートと艶やかな黒髪が特徴の少女は不良たちの前に立つ。


「今日てめぇらを呼んだのは他でもねぇ!! 昨日私ら【紅蓮十字軍スカーレット・クルセイダーズ】のメンバーが襲撃された!」


 その報告に、【紅蓮十字軍】の少女たちは怒りを滲ませる。


「マジで……? アタシらに手ぇ出すとか……ソイツ死ぬ覚悟できてんの?」

「バチ殺し確定でしょ」

「それな」

「許せねぇっすよレイナさん!! やった奴が誰なのか特定かったんすか!?」

「あぁ、既に目撃情報からやった奴は分かってる。正確には、やった奴が所属してるチーム……だけどな」


 少しだけ躊躇ためらうようにレイナは息を吐くと、再度口を開いた。


「犯人は、【永劫輪廻ウロボロス】のメンバーだ」

『っ!?』


 そのチーム名を耳にした瞬間、その場にいた不良少女たちの間に、衝撃と戦慄が走る。


【羅天煌】が突然の解散をした後、次の時代の覇権を握るべく、【羅天煌】によって抑圧されていた不良や、彼らに憧れ不良になった者たちが群雄割拠を繰り広げる混沌の時代へと突入したのは詩織が迅に話した通り。


 そんな激動の時代の中、東京でも当然個人やチーム同士による不良の潰し合いが毎日のように行なわれていた。

 そして、生き残ったのは三つのチーム。


 元【破我連合】の副総長である石巻伽藍いしまきがらん率いる

【終蘇悪怒】。

 女の不良のみで構成されたレディースチーム

【紅蓮十字軍】。

 統率と連携の取れた動きから、所属している不良たちが『兵士』と呼ばれる

【永劫輪廻】。


 これらの勢力が拮抗し合い、東京では三つ巴の均衡状態が保たれていた。


 ――そう、


 迅と龍子によって【終蘇悪怒】は壊滅するまでは。


「【終蘇悪怒】が消えバランスが崩れた今!! 【永劫輪廻】は私らを潰して東京の不良界を支配しようとしている!! これはその第一歩、つまり……私たちへの宣戦布告だ!!」


 レイナの声量が上がる。その声には確かな怒りが込められていた。


「お前らぁ!! このまま黙ってるワケねぇよなぁ!?」

『応!!』

「舐めた真似しやがった【永劫輪廻】はぁ?」

『ブッ潰す!!』


 【永劫輪廻】の壊滅。

 それは【紅蓮十字軍】の少女たちの総意だった。


「聞きましたか総代そうだい!! 全員覚悟は決まってます!!」


 レイナは後方を振り返る。

 薄暗い中、そこにはこの廃ボーリング場には不釣り合いの豪華絢爛な椅子があった。

 座っている少女は立ち上がると、前に足を進め光の当たる所まで歩く。

 そうしてメンバーである少女たちの前に、その姿を現した。


 チーム名をあらわすかのような灼熱色のウルフカットの髪の毛。

 百五十センチも無いであろう身長。その身に纏うはヘソ出しのセーラー服。

 だが放たれるのは、そんな小柄な身体のどこにそんなモノを内包しているのかと疑いたくなるような、圧倒的強者のオーラ


【紅蓮十字軍】総代、轟琥珀とどろきこはく

 それが彼女の名だった。


「はぁ……やっぱり今日も可愛いわぁ総代……」

「分かるぅ。私らが姿拝んでいいのかって思うもん」

「最&高」


 そんな声がメンバーから口々に漏れる程、琥珀はメンバーを惹きつける才があるようだ。


「……」


 が、メンバーである少女たちを前にして、琥珀は無言。

 

「……」

『……』

 

 少女たちは、琥珀の言葉を待つ。


「……」

『……』

 

 言葉を待つ。


「……」

『……』


 ――待つ。


「……」

『……』


 ――待


「あの総長……」


 そこで初めて、レイナが口を挟んだ。


「ん、何?」

「いえ、あの……ここはチームの総代として、メンバーの士気を上げる言葉をですね……」


 畏まった口調で、彼女は琥珀に耳打ちする。


「士気をー、上げる? 何言えばいいの?」

「いつもの……! いつもので大丈夫です……!!」

「ん、分かった」


 合点が言ったように、琥珀は声を漏らす。


「よーし、じゃーお前らー」

『(ゴクリ)』

 

 約一秒後、琥珀から放たれる言葉に、メンバーたちは固唾を飲む。

 そうしてようやく、満を持して放たれた総代こはくの言葉は、


「えいえい、おー」


 まるで学校の運動会のようであった。

 これから抗争が始まるというのに、あまりにも緊張感が無い。

 ……しかし、


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


【紅蓮十字軍】のメンバーにはこれで十分……否、これこそが彼女たちにとって唯一の激励となるのだ。

 

 東京で勃発しようとしている大規模抗争、【紅蓮十字軍】VS【永劫輪廻】。

 巨大な波乱の波は、すぐそこまで来ていた。

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