第11話 その陰キャ、自責の念に駆られる

 特にトラブルが起きる訳でも無く放課後が訪れる。

 僕は坂町と人目のつかない校舎裏で待ち合わせをしていた。

 なんでも坂町が話したいことがあるというのだ。


「唯ヶ原君。昨日【終蘇悪怒】が学校に来たのは覚えてますよね?」

「ん、あぁ」

「どうやら誠ニが彼らを追い払ったみたいで……私が何も知らないってことも、伝えたみたいです」

「マジか!?」


 あまりの吉報に、僕は目を見開く。嬉しさよりも先に、驚きが勝った。


「け、けど問題があって。どうやら誠二……一週間以内に立川麗斗を殴った犯人を見つけるっていう条件で一時的に見逃がしてもらっただけみたいなんです」

「え?」


 何だ、つまり……先延ばしにしただけってことか? 


 ――いや問題はそこじゃない。


「もし、もしも犯人が見つからなかったら……誠二、きっと……」


 そこまで言って、坂町は唇を震わせた。


「ど、どうしたんだよ坂町。様子が変だぞ?」


 問題から目を背け、僕は坂町に問い掛ける。


「……実は、誠二と私……幼馴染で……」

「……」


 そう言えば、と僕は思い出す。

 昨日の坂町と咢宮のやり取りに、どこか親し気があったことを。


「もしこのまま、犯人が見つからなかったら……誠二はきっと、【終蘇悪怒】に……」

「……おい、坂町」

「な、何ですか……?」

「ソレを言って、お前はにどうしてほしいんだ?」

「っ……」


 聞き返す俺に、坂町は居心地の悪そうな表情を見せる。


 誠二が探してる犯人は俺だ。

 つまり、誠二が【終蘇悪怒】に差し出さなければいけないのは俺だ。

 もしそれができなければ、誠二は【終蘇悪怒】から何かしらの罰を受ける。

『何か』、というのは具体的には分からないが、元不良の身として大体の想像はついた。


 ――が、


「ふざけるなよ。僕が平穏な生活を送りたいのは良く知っているだろ」


 犯人として【終蘇悪怒】の元に連れていかれようものなら、僕の平穏は瞬く間に崩壊する。

 そんなことは、断じて許容できるものではない。


「そ、それは……」

「咢宮が【終蘇悪怒】にどうこうされようが、知ったことじゃない。アイツが勝手にいた種だ」

 

 吐き捨てるようにそう言って、坂町に近付いていく。

 そして彼女の耳元辺りで、鋭い視線を向けた。


「一応言っておくが、もし僕のことを咢宮にバラしたらその時は……分かってるな?」


 さっきまで……つまり、ただの不良オタクでしかなかったコイツであれば、その必要は無かった。しかし、今のコイツは人を思う『情』がある。

 俺の行動は、それを潰し情報流出を抑止するためのものだ。


「は、はい……」 

 

 震える声で、坂町は答えた。

 

「そうか。そりゃあ良かった。まぁ安心しろ、【終蘇悪怒】がお前を脅して俺のことを吐かせる可能性があるから、お前のことはちゃんと守ってやるからよ」

 

 怯えた彼女の目を確認した俺は、離れる。


「じゃ、そういうことで」


 そして最後にそう言い残し、その場を去った。



「……」


 坂町に圧を掛けて口止めをした僕は、何とも晴れない気分で帰り道を歩いていた。


 はぁー、何だよ……この感じ。

 

 言いようのない感情に苛立ちを抱きながら、僕は自宅のアパートに到着した。

 

 ん? 何だこの匂い……。


 扉の前に到着した僕はまず感じたのは、扉の向こうからする異様な匂いだった。

 

 龍子の奴、何かしやがったな。


 爆睡をこいていた龍子には『家のモノを壊すな』という書置きを残している。

 アイツは基本僕の言うことを守るから大丈夫だと思ったんだが……もしアイツがくくるちゃんグッズを壊していたら半殺しにしなくちゃならない。


 そんなことを考えながら、ガチャリと扉を開けた。すると、


「おーアニキ! おかえり!」


 龍子が満面の笑顔で僕を出迎えてきた。


「龍子、お前何やらかした?」

「安心してくれアニキ! アニキの大切にしてるモンは壊しちゃいねぇ!」

「じゃあこの匂いは……」

「おぉ! これはアニキのためにアタシがメシ作ったんだ!」

「メシ……?」

 

 これがメシの匂いなのか……?


 龍子の発言と部屋中に充満する匂いと近くにある台所に散乱する様々な残骸に、僕は彼女の正気を疑った。

 そして龍子が正気だった時など無かったことに気が付いた。


「はぁ……まぁいいや。メシがあんなら食わせろ」

「やた―!」


 僕の返答に龍子は飛び跳ねて喜んだ。



 居室に着き、荷物を下ろした僕はすぐに食卓についた。


「……んで、これか?」

「おう! アニキのために愛情たっぷり込めて作ったんだ! 自信作だぜ!!」


 ギュッと拳を握り締め、熱い視線が龍子から向けられる。それを無視し、僕は机の上の皿に目をやった。

 そこにはプスプスと黒い煙を立てた黒焦げの物体が存在した。


「龍子。何だこの謎の物体Xは? グラタンのなれの果てか?」

「パエリアだ!」

「パエリア!?」


 あまりにも斜め上の料理名に僕は叫ぶ。


「これのどこがパエリアなんだよ!?」

「うぇ? 上手くできたと思ったんだけどなー」

「これでそう思えるなら病院に行け。ったく、いただきます」


 とりあえず手を合わせ、食べることにする。

 

「あむ」


 箸で一体パエリアのどの部分なのか分からない箇所を摘まみ、口に運ぶ。

 そして噛む。


「ガリュ……バリ、バリバリバリ。ボリボリュ……」


 明らかに普通のパエリアでは決して鳴らない咀嚼音が僕の口から鳴った。


「……別に、マズくはねぇな」

「だろぉ!?」

 

 しかし、意外なことに味はマシだった。決して褒められたモノでは無いだろうが、食えないレベルではない。

 まぁ一般人が食えば体調に支障をきたすだろうが、生まれてから一度も腹痛やその他の病気に悩まされてあことの無い僕にとってはノープロブレムである。


「えへへ~やった! アニキに褒められたぁ~」


 褒めてはねぇ。


 そう思ったが、口に出すのは野暮だと思い、僕はその言葉を心の中だけにとどめた。


「アタシさ~、アニキと再会した時のためにさ~、アニキが喜ぶこといっぱい練習したんだぜ~」


 言いながら、龍子は僕の腕に引っ付いてくる。


「おぉーそうなのか。嬉しい嬉しい(棒)」


 無気力に、僕は肯定する。


「……」

「ん? どうした龍子?」


 しかし、何故だろうか。

 龍子はどこか釈然としないような表情で、僕を見上げていた。


「なぁアニキ。何かヤなことでもあったか?」

「っ……」


 あまりにも突発的に、唐突に、核心めいた問いをする龍子に、僕は一瞬面食らってしまう。


「いや、別に……何もぇよ」

「ウソだ。長い付き合いだから分かるぜ。アニキはそーいう時、ウソついてるってな」

「……」


 こういう時の龍子は、妙に強い。

 参った……どうやら誤魔化せないらしい。


「……実はな」


 だから僕は、素直に話すことにした。



「ふーん。ンなことがあったのか」

「あぁ。だからどうってワケじゃないが、妙に引っ掛かってな」

「はは、なるほどな! アタシには分かったぜ! 何でアニキが気にしてんのか!」

「え、マジかよ……」

「おうマジだぜ! ズバリ! アニキはどっか自分が筋違いなことをしてるって無意識に思ってんだよ!」

「……」


 筋違い、すなわちそれは道理が通っていないこと。理不尽なこと。不条理なことという意味だ。


「アニキはよ。昔っから周りには冷たかったけど、義理や筋だけはちゃんと通してた。恩は返してたし、自分がしでかしたことにはちゃんと責任を取ってた。アタシがアニキを好きな理由の一つだ」

「……」


 そこまで言われ、僕は理解した。

 何故、自分がここまで気にしているのか。


【終蘇悪怒】が学校に来る理由を作ったのは、僕が奴らのナンバー2を殴り飛ばしたからだ。もし殴っていなければ坂町は奴らに捕まり酷いことをされていたかもしれないが、それは関係無い。

 問題なのは僕の都合で、僕の意思で、殴ってしまったということだ。

 僕が殴っていなければ最初から犯人など存在しないし、奴らも犯人を見つけるような真似はしない。

 そして、咢宮が奴らに約束を取り付けることも無かった。


 ――発端は、僕だ。


「……しゃーねぇか」


 よって、僕はある決意をする。


「龍子。ちょっとドンキ行くぞ」

「え? 何買うんだ?」

「ついてくりゃ分かる。好きなの選んでいいぞ」

「? 良く分かんねぇどアニキがプレゼントしてくれんだったら何でも嬉しいぜ!」

「そりゃ良かった」


 一先ず、準備をすることにした。きたる一週間後に向けて。

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