第9話 その陰キャ、美少女二人を家に入れる

 街中から少し外れた住宅街に、僕の住んでいるアパートはある。

 部屋は1DKで一人暮らしの学生が借りるレベルのものだ。


 僕は龍子と坂町をそこへ案内した。


「うぇぇぇ……何だよこれアニキィ!」


 開口一番、玄関に入った龍子が言ったのはそんな一言だった。


「何だも何も、『推し』への愛を表現しているだけだが?」


 僕の部屋はいわゆる『オタク部屋』というものだ。

 玄関から始まり、部屋のいたる所にくくるちゃんのタペストリーやポスター、その他さまざまなグッズを飾っている。


「く、くくるちゃん?」


 む、そうか。龍子がVtuberなど知るはずが無い。


 僕は存在を認知すらしていないであろう龍子にVtuberとは何か、そして小鳥遊くくるちゃんについて熱弁を振るった。


「そ、そんなぁ……アニキがこんなワケの分かんねぇ絵に心を奪われるなんてぇ……」

「絵とは失礼だな。くくるちゃんはちゃんと画面の向こうで生きているんだ!」


 そう訴えるが、見るからに気を落としている龍子に僕の言葉は届かない。


「ま、まぁまぁ辻堂さん! そんなに気を落とさないで……」


 それを見かねたのか、坂町がフォローに入るが、


「あぁん? てめぇ他人事ひとごとだからって舐めた口利いてんじゃねぇぞ!!」


 あっさりと一蹴されてしまう。

 しかし、坂町は引き下がらなかった。初めて会話をした時から思っていたが、彼女は中々にメンタルが強い。


「っ……も、モノは考えようですよ! 唯ヶ原君がこのくくるちゃんにご執心なら、他の現実の女の子を好きになる心配がないじゃないですか!」

「……」


 坂町の言葉に、龍子は無言。

 しかしそれは一瞬の出来事で……。


「おぉ!! 確かにそーだな!!」


 言葉の意味を理解した龍子は即座に晴れやかな表情を見せた。

 ここまでくると単純すぎて元兄貴分ながら将来を心配してしまう。



「ははー! このベッドフカフカだぁ! おぉこっちも兄貴の匂いかする!」

「おい龍子勝手に人のベットにダイブするな! そしてくくるちゃん抱き枕に顔をうずめるな!」


 僕は龍子をベッドから引き剥がした。


「さっさと本題に入るぞ。坂町」

「はい! 僭越ながら不良オタクの私、坂町詩織が説明させていただきます!」


 そう言うと、坂町は大きめのホワイトボードを取り出した。

 ……いや、どっから出した?


「それでは、【終蘇悪怒】というチームについてお話しする前に、まずはここ最近の東京の不良情勢についてご説明します!」


 坂町はホワイトボードにマジックで何かを書き始めた。


「一年前、東京内では覇権を争う三つのチームがありましたが、それらは全てあるチームによって崩壊! そのチームこそが唯ヶ原君たち【羅天煌】です!」

「ふーん」

「アレ!? 何でそんな他人事みたいに反応薄いんですか唯ヶ原君!?」

「いやぁ僕って基本抗争に参加してないんだよな。大体龍子たちがやってくれたから」

「マジですか!? 凄すぎる……」

「はははははは!! 雑魚どもの相手なんて偉大パネぇアニキにさせられるワケねぇからな!」


 龍子は得意げに笑う。


「こ、コホン……話を戻します。東京のチームを崩壊させた【羅天煌】は、その数か月後に全国制覇を成し遂げ、その直後に解散。ここまでは当事者である唯ヶ原君たちもご存じだと思います。問題はこの後です」

「後?」

「はい。【羅天煌】が突如として解散し、不良界は混乱に陥りました。いきなりトップがいなくなるのだから無理もありません。突如として空いたトップの座を獲るべく、各地では新たなチームや不良が名乗りを上げ、勢力争いを繰り広げています。【羅天煌】の圧倒的な強さで抑圧されていた影響なのか、過激さで言えば一年前の比じゃないです」


 えぇ……そんなことになってたのか……。


 Vの沼にハマり、不良の世界から足を洗っていた僕は今の不良界隈の状況に多少ながらも驚いた。


「じゃあ【終蘇悪怒】は……」

「はい。【羅天煌】解散後に結成された新しいチームの一つです。そしてそのトップが……!」


 バン! と大きな音を立て、坂町は一枚の写真をホワイトボードに貼り付ける。


石巻伽藍いしまきがらん! かつて東京内で一、二位を争っていたチーム【破我連合はがれんごう】の副総長です!」

「ほーん、コイツがかしらか。つまりコイツと平和的に話し合いをして、僕の捜索を止めさせればいいワケだ」

「そうですね!」


 ーー……。


「いや無理じゃね!?」


 僕は心から叫んだ。


 考えてみれば、冷静に考えるまでも無く、至極当たり前の話であった。


 一介の一般人と化した僕が、どうやってこの写真の男と話ができるというのだ。

 仮に話ができたとして、僕の要求に応じるとは到底思えない。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

「どうしたアニキ!? 急にうめき出して!?」

「いやぁ、現実の無慈悲さにちょっと打ちのめされそうになっただけだ……」

「マジかよ一大事じゃねぇか!!」

「絶対意味分かってないだろお前……!」

「だ、大丈夫ですよ唯ヶ原君! は、話してみれば意外と何とかなるかも……」

「なるかぁ!! 見ろよコイツの顔! 絶対二、三人殺してるって! ていうかそもそも、チームの総長に話をつけに行くなんて目立つ真似、僕にできるワケないだろぉ!?」

「あぁ? 何だアニキ、コイツと話して言うこと聞かせてぇのか? それだったらアタシが代わりに行ってやるぜ! ちょっと一発ぶん殴りゃあ首を縦に振んだろ!」

「平和的にっつってんだろ!?」


 クソどうする!? どんだけ頭を回してもバイオレンスな解決方法しか思い浮かばねぇ……!


 僕は頭を抱える。

 目まぐるしく回転する脳みそ、脳内CPUに電流が駆け巡る。

 だが、名案は思い浮かばなかった。


「唯ヶ原君! 私も一緒に考えます!」

「さ、坂町! 力を貸してくれるのか……?」

「はい! 元はと言えば私が蒔いた種……。何としても【終蘇悪怒】を退ける策を考えましょう!」


 なんて義理堅い奴だ。変な奴だと思っていてごめんな。

 

 僕は坂町に謝罪する。

 そして僕と彼女は一緒に話し合い、策を練った。

 

 ちなみに龍子は途中で寝た。



 ――翌朝

 

 僕たちは目の下に黒いクマを作り、遠のきそうな意識の中で話を続けていた。

 

「じゃあ石巻伽藍の頭を思考盗聴して奴の気分が良くなる受け答えをするってのはどうだ……?」

「良い考えですね。けどもしそれを防ぐために頭にアルミホイルを巻いていたどうします?」

「あーそうか。ならこれもダメだな」


 非常に建設的な話し合いだ。


「あの……唯ヶ原君」


 そんな中、坂町がふと僕の名前を呼ぶ。


「何だ……坂町」

「ひょっとしてなんだけどさ……」

「あぁ」

「……唯ヶ原君のことがバレなければいいだけなんだからわざわざ【終蘇悪怒】をどうこうする必要ないのでは……?」

「……」


 僕たちの長時間にわたる建設的な話し合いは、一瞬にしてゴミと化した。

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