第8話 その陰キャ、自身を慕う不良少女に問い詰められる

「悪い坂町、まだ降ろせない」

「え、それってどういうってぇ!?」


 坂町が全てを言い切る前に、僕は加速した。


「あ、何で逃げるんすかぁ!!」


 当然のように龍子も加速。僕を追ってくる。


「来んじゃねぇ龍子!! 僕はもう不良を辞めたんだ!!」

「イヤっす!! 何でそんなヒデェこと言うんすか!! アタシはこんなに会いたかったのにぃ!!」


 坂町を抱え建物の上を飛び回る僕に、龍子は難なく付いてきていた。

 既に一般人の目には捉えきれない速度で走っているため周囲に気付かれる心配は無いが、それでも龍子をくことはできない。

 

 やっぱりこの程度じゃ付いてくるか!! もっと速度を上げてぇ所だが、これ以上は坂町が危険だ……仕方ねぇ!!


 意を決した僕は、適当なビルの屋上に着地し、待ちの姿勢を取る。

 そして数秒後、龍子も同じように屋上へと到着した。


「よーやく止まってくれたっすね。会いたかったすよ、アニキ!!」


 数か月ぶりに見る龍子の姿。

 見慣れた三白眼に金髪、学校の制服にスカジャンを着ており、腰には愛用の金属バットを差している。

 ちなみに相当な美少女だ。

 

 ――ま、くくるちゃんには及ばないがな!!

 

 そんな彼女は、キラキラとした目でこちらを見ていた。


「あ、あの方は辻堂龍子さん!! はぁ~、ここ数日で伝説級の不良に二人も会えるなんて私感激ですぅ!! で、でもどうしてここに……?」

 

 不良オタクっぷりを遺憾いかんなく発揮する坂町は首を傾げる。


「僕のことを追って来たんだ。恐らく昨日の写真が出回って、それを見て来たんだろ」

「はは! あの殴った感じは間違いなくアニキだからな! 付き合いの長いアタシはすぐに分かったぜ! んで、写真の場所と殴られた野郎のことを調べて、アニキに辿り着いたってワケよ!」

「はぁ……いつもは頭使わねぇクセにこういう時だけちゃんと使いやがって……」


 僕はやれやれと頭を掻く。


「ところでよぉアニキ」

「あぁ?」

「さっきからいる、その女……誰だ?」


 龍子の声音が一気に低くなる。そしてドス黒いオーラが放たれた。


「っ!?」


 瞬間、坂町が肩を震わせる。

 理由は当然、龍子が坂町に向けた殺意のこもった視線によるものだ。


「え、何……私何かマズいことしちゃいました……!?」


 何故自分が殺意を向けられているのか理解できていない彼女は、ただただ不安そうに僕を見る。


「とりあえず、僕の後ろにいろ」

「は、はい!!」


 指示通り、坂町は僕の背後に身を隠す。


「龍子落ち着けー。コイツとは色々事情があって一緒にいるだけだ。お前が思うような関係じゃない。だから落ち着けー」

「ウソだぁ!! 基本的に人に興味のぇアニキがそうやってその女を庇うってことはよぉ!! 何かトクベツな関係なんだろぉ!?」

「一周回って僕を慕ってるか怪しい発言になってんぞお前。まぁ……トクベツな関係って言えば、そうだな」

「ほらぁやっぱりぃ!! うぅ……アタシがいくら好きって言っても断ったのに……!! その女のどこがいいんだよぉ……!!」

 

 半べそを掻きながら龍子は聞いてくる。


「えーと、特に無ぇな」


 流れで関わっただけだし。


「うえぇぇぇぇん!! 何も無ぇ女に負けたぁぁぁぁ!!」


 龍子は大声で泣く。


「あ、あのぉ唯ヶ原君? なんか扱いというか受け答えが適当過ぎない?」

「え? いや、いいんだよ。もうアイツを普通に説得すんのは諦めてっから」


 この状況になった時点で、僕がすべき行動は決まっていた。


「許さねぇ!! アタシのアニキを取ったその女、ブッ殺してやるよぉ!!」

「うえぇぇぇぇぇ!!??」


 龍子は坂町に死刑宣告を放ち、特攻を仕掛けてくる。


「どどどどどどうするんですか唯ヶ原君!? 辻堂さん真っすぐこっちに来てますけどぉ!?」

「あぁ? ンなの決まってんだろ」


 僕はそう言って、ドッシリと構えた。


「さっき言った通りだ。そのまま後ろにいろ。死にたくねぇならな」

「……う、うん!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 叫ぶ龍子。次の瞬間、彼女は……。


「ははっ!! 死ねやぁ!!」


 俺の背後、つまり坂町の方へと回り込んでいた。


「え……?」


 あまりにも唐突で一瞬の出来事に、坂町はそう声を上げるだけ。


 はぁ……ったく。


「予想通りで助かるよ」


 そして、龍子の行動を見越していた僕は、一瞬で背後に回り込んだ。


「うぇ!?」


 ほぼゼロ距離で真正面から対峙する僕と龍子。

 ここからが、本番である。


「よっと」

「ふぇ……?」


 殴るでもなく、蹴るでもなく……僕は龍子を、優しく抱きしめた。


「落ち着けって言ったろ。な?」


 耳元で、僕は龍子にそう言って頭を撫でる。へなへなと、彼女はその場に座り込んだ。


「ふへ、ふへへ~……久しぶりのアニキの匂い~」


 その顔は、とても幸せそうだった。


「え、えとー……どゆこと?」

「コイツ、昔から僕に対することで癇癪かんしゃく起こす時があるんだ。そういう時はいつもこうやってなだめてる」


 辻堂龍子、単純明快と単細胞を足して二で割ったような僕の『元』舎弟である。


「な、なるほど……」


 坂町は納得したような声を上げる。


「……さてと、話を聞いてくれるか龍子?」

「おう! この辻堂龍子!! アニキの話は耳をかっぽじって良く聞くぜ!」

「よし。実はな……」


 こうして、ようやく話し合いのテーブルについた龍子に僕は事の経緯を説明した。



「なるほど。そーいうワケだったんすね!」

「そういうワケだ。分かってくれたか?」

「ウス!」

「じゃあとりあえず謝っとけ」

「ウス! 悪かったな勘違いして! よくよく考えてみりゃあアタシでダメなのにお前にアニキが惚れるワケ無かったわ! えーと名前は……」

「さ、坂町詩織です! お会いできて光栄です辻堂さん!」

「んあ? アタシのこと知ってんのか?」

「はい!! 解散した【羅天煌】の元メンバーで【悪童十傑衆】の一人!! 数々の抗争で大きな成果を上げ、付いたあだ名が【暴走龍バイオレンスドラゴン】!! 不良オタクなら常識です!」

「ほーん? よく分かんねぇけどそうなのか」


 龍子は頭上に『?』を浮かべながら返事をする。

 それを横目に、僕は再度口を開く。


「とりあえず、これで当面の問題は【終蘇悪怒オズワルド】だけか」

「【終蘇悪怒】って、アニキがぶっ飛ばした野郎が入ってるチームだよな?」

「あぁ。今日は学校にも来やがった。このままだと僕の平穏を脅かす可能性がある。だからさっさとカタを付けたい。できるだけ、穏便に。そのためにまずは【終蘇悪怒】についての情報がほしいんだが……」


 そこまで言って、僕は坂町の方へと顔を向けた。 

 

「坂町、お前【終蘇悪怒】について詳しいよな?」

「え、まぁ人並み以上には!」

「よし、なら僕の家に来てくれ」

「うぇ!?」

「いつまでも屋上ここにいるワケにはいかねぇだろ」

「いやまぁそうだけど! いいの!?」

「話をする上で一番都合が良いのは僕の家だ。一人暮らしだからな」

「……いぃぃぃぃやったぁぁぁぁぁ!! まさか【悪童神ワルガミ】の部屋にお邪魔できるなんて!! あぁ……今が私の人生の絶頂期……」


 坂町は恍惚こうこつそうな表情でくるくると僕の周りを回る。


「んで、龍子。お前は……」

「行くに決まってるぜアニキ!!」

「うん知ってた!!」


 聞くまでも無い答えを耳にした僕は、最早ヤケクソ気味に返事をした。

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