第7話 その陰キャ、自身を慕う不良少女と再会する

 羽柴との持久走での勝負が終わり、その後の授業は滞りなく進行した。

 勝負の噂を聞きつけ野次馬が僕を見に来たり、陰口を叩かれたりした程度だ。

 この程度は全然許容範囲である。


 そうして放課後に突入したのだが、


『マズイです唯ヶ原君。学校の周辺を【終蘇悪怒】のメンバーがうろついています』


 初っ端、坂町からのLINEでそんな連絡がきた。


 ちぃっ!! やっぱり来やがったか!!


 僕は唇を噛み締める。


 殴り飛ばした犯人(僕)を見つける一番手っ取り早い方法。それはもちろん坂町から誰が助けてくれたのかを聞き出すことだ。


 この局面、当事者である僕は勿論、坂町も関わらせたくない。


『坂町、校舎裏で待ってろ。僕もすぐに行く』

 

 僕はそうメッセージを送った。


「生徒も腑抜けばっかじゃねぇかぁ! ホントにこの学校の奴にやられたのかよ麗斗ぉ!!」


 その時、外からそんな声が聞こえてくる。

 ちらりと窓の方を見ると、見るからにガラの悪い男たちが複数人校門に立っていた。


「あーいやだいやだ。さっさと退散しよう」


 僕は呟き、そそくさと教室を後にする。

 その十数秒後、正門の方から地響きがした。

 


「生徒も腑抜けばっかじゃねぇかぁ! ホントにこの学校の奴にやられたのかよ麗斗さんはよぉ!!」


 そう言ったのは麗斗が倒されたことにより繰り上げで【終蘇悪怒】のナンバー3になった男、橋森圭吾……通称『ハッシー』だ。


「奴はこの学校の制服を着ていたらしい。ここの生徒だということは間違いないよ……!」


 そう言って忌々しそうな表情で下校する男子生徒を物色するのは同じく繰り上げによって【終蘇悪怒】ナンバー2になった男、望月淘汰もちづきとうた……通称『モッチー』である。


「ったくよぉ、他に麗斗さんなんか言ってたか?」

「強いて言えば、どこにでもいる普通の奴だった……って言ってた」

「ははは!! ますますメンツがねぇなぁ! ンなカスに負けるようじゃあ序列から消されんのも納得だぜ!」

「黙りなよハッシー……。麗斗さんはきっと油断したただけだ。じゃなきゃあの人がやられるなんてあり得ない!! とりあえず、麗斗さんをあんな目に遭わせた奴は、僕が確実に潰す……!!」

「おーおー。怖い怖い、んじゃまぁやりますか」


 あっけらかんと笑いながら橋本、もといハッシーは大きく息を吸う。


「聞けぇお前らぁぁぁぁ!!」


 学校の敷地中に響き渡るような声、地面が揺れた。

 

「昨日、ウチのチームの幹部がこの学校の野郎に殴られた!! やった奴は確実にぶちのめす!! だから出てこい!!」


 不良にとってメンツとは命にも等しい。それに泥を塗られたことは、麗斗本人にとってもチームにとっても看過できないことである。


「バカかハッシー、そんなこと言って出てくる奴がいるワケないでしょ」

「あぁん? ならてめぇは考えがあんのかよ?」

「ナンパした女が誰か、麗斗さんから聞いた。坂町詩織、ここらじゃ有名な奴だ。彼女から助けた奴を聞き出せばいい」

「おぉ、確かにそうだな。ならソイツに聞こうぜ」


 ハッシーはキョロキョロと辺りを見回す。すると、


「あ、あの!」

「あん?」


 自ら彼らに声を掛けた者がいた。


「誰だてめぇ?」

「っ……【終蘇悪怒】所属、咢宮誠ニです!」

「おぉ。こんな学校にもメンバーいるのかよ。知らなかったぜ。まぁ俺が知らねぇ時点で下っ端か。何の用だ?」

「じ、実は既に坂町詩織から話を聞いておきました!」

「ほー、そんなら話は早ぇ。んで、麗斗をやった野郎は誰だって?」

「そ、それがアイツも分からないと!」

「はぁ!? ンなワケねぇだろうが!!」

「どうやら暗がりだったことに加えすぐにその場を立ち去ったとのことで、顔があまり分からなかったそうです!」

「っザけんなよカスがぁ!!」


 ドォン!!


 ハッシーが癇癪かんしゃくを起こしたように地面を強く踏んだ。

 激しい音を立て、彼の足元がヒビ割れる。


 こ、ここだ!!


 タイミングを見計らっていた誠ニは、今が好機とばかりに畳み掛ける。


「そ、そこでなんですが!! 立川さんを殴ったクソ野郎の捜索、俺に任せてくれないでしょうか!!」

「あぁ? 何言ってんだてめぇ?」

「犯人がここの制服を着ていたと聞きました! であれば、犯人がこの学校にいるのは間違いない! 俺はこの学校の生徒です! 入学してまだ日が浅いですが既に校内で高い地位にいる! やった奴が誰なのか、すぐに見つけてみせます!」


 誠二は自身の有用性をこれでもかというほどアピールした。


「だってよモッチー」

「……」


 ハッシーは隣の麗斗に話を振った。


「えーと、咢宮……だっけ?」

「は、はい!」

「もし犯人を見つけられなかったら、お前どうするの?」

「ど、どうって……」

「決まってるでしょ。そんだけ大見得おおみえ切ったんだ。覚悟には相応の代償が伴う、お前は何を賭けるの?」

「そ、それは……」


 モッチーの圧に、恐怖と不安が誠ニの中で渦を巻く。


 ひ、ヒヨんな俺……!!


「そ、そん時は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないです!!」


 誠二は負の感情を乗り越え、一歩を踏み出した。


「……分かった。なら一週間だ。一週間以内に、犯人を見つけろ。できなかったら、罰ゲームだ」

「……っ」


 ニヤリと笑うモッチーに、誠二はゴクリと唾を飲み込んだ。


 自ら背水の陣を敷き、後戻りができなくなった彼誠二、これで何が何でも麗斗を殴った犯人を見つけなければならなくなった。



「あ、唯ヶ原君!」

「あまり大声を出すな」

「ご、ごめんごめん。それで、どうするの?」

「敷地内の出入り口には【終蘇悪怒】の奴らがいる。だから出入口じゃないところから出るぞ」

「え、出入口じゃない所ってぇぇ!?」


 僕は坂町を抱え、そのままジャンプ。敷地のへいを飛び越え、外の建物に飛び移る。


「しゅ、しゅごい……」


 現実感が湧いていないのか、坂町はそう呟いた。


「ここら辺まで来ればいいだろ。降りるぞ」


 ある程度学校から距離が離れた場所で、僕は下へ降りようとする。すると、


「アニキィィィィィィィ!!!」


 僕の背後から、聞き慣れた声がした。

 まさかと思い、振り返る。

 そこには僕と同じように建物の上を飛び移りながらこちらへと向かう少女の姿があった。


「会いたかったっすよぉ!!」


 少女は純真無垢な笑顔で手を振ってくる。


「りゅ、龍子……!!」


 ポツリと、僕は少女の名を呼んだ。

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