第6話 その陰キャ、体育の授業で無双(?)する 後

 両者が合意したことで勝負が成立。

 黛はルール説明を始めた。


「ルールは簡単! 迅たんと優ちゃんがまだやってない体力測定の種目で、迅たんが一つでも優ちゃんに勝てば迅たんの勝ち!」

「そのくらいのハンデは当然だな。ま、そうしたところでソイツに勝ち目は無いが」

 

 羽柴は得意げに鼻を鳴らす。


 くっ、つい勝負を受けてしまった。

 だが仕方ない。くくるちゃんのフィギュアがかかっているのだから。


 こうなってしまった以上、僕がすべきことは羽柴さんにで勝つことだ。

 僅差での勝利ならば、多少かどは立つがその後の立ち回り次第で何とか穏便に事を済ませられる。そして僕の身体能力が普通の学生レベルだと周囲に思わせることもできる。


 くくるちゃんのフィギュアを手に入れて、かつ平穏な生活を守り抜くにはこれしかない……!!


 僕は方針を定め、勝負に臨む。


「さてと、それじゃあ二人共まだやってない種目を教えて」

「えぇと……ハンドボール投げと立ち幅跳び、あと持久走です」


 正直、ただただ手抜きをするだけなら問題ない。ただ、僅差で勝つくらいの力加減となると相当難しい。調整のために何種目か練習したいのだが、それは羽柴がやっていない種目が僕といくつ被っているかどうかで決まる。


 少し緊張した面持ちで、羽柴の言葉を待った。


「俺がやってないのは、50メートル走と持久走、握力だ」


 ……。


「え、えーっと」


 どこか気まずそうに、黛が頬を掻く。

 全く予想していなかったという顔だ。ちなみに僕も全く予想していなかった。こうなる可能性を全く考えていなかった。


 やっべぇ……。


 こうして、僕と羽柴の練習無し持久走一本勝負が決まった。



「ねぇねぇ、羽柴君とあのオタク。勝負するみたいよ」

「えー何それ。羽柴君に勝てるワケないじゃん」

「ホントそれー。身の程を弁えろっての」


 持久走のスタート位置に着くと、外野からそんな声が聞こえてくる。


「頑張れー羽柴くーん!」

「ぶっちぎっちゃえー!」

「ゴーゴー!」


 次に聞こえてくるのは彼へのエール。

 それに対し、僕へエールを送るのは、


「迅たんガンバ―!」

「が、がんばるでこさるー。迅殿ー……」


 黛さんと隼太のみ。

 隼太に関しては周囲の体裁を気にしてか、とてつもなく消え入りそうな声だった。


「さぁ、それじゃあ測定を始めるぞ」


 そして、耳に入る体育教師の声。


「位置についてー!」

「カースト底辺のゴミが、これで身の程を弁えるんだな」

「え?」

「よーい!」


 隣に立つ羽柴からの言葉に、僕はそちらの方を向くが、


「スタート!!」


 それが出遅れに繋がった。

 羽柴を含む、俺以外の男子全員が一斉に僕を置いて走り出したのである。


「……」


 まぁ出遅れたところで問題ない。


 一切焦ることなく、僕は彼らの背を追った。

 何とか速く走り過ぎないよう、かつ遅すぎないように走りながら、前方にいるの羽柴を目視で探す。


 そして、僕は彼をいとも容易く発見した。彼は一番先頭を走っていたのである。更に彼はどんどん加速していき、属していた集団さえも置き去りにし、一人でどんどん僕たちとの距離を離していた。


 完全独走状態か……。さて、それじゃあ……。


「行くか」


 僕は速度を上げ、集団を引き離し、羽柴に追いついた。


「え、ちょっ……」

「は……何あれ」

「アイツ、早くね?」


 すると、外野からそんな声が聞こえてくる。


 まずい、やりすぎたか……なら。


 僕は速度を落とす。羽柴との距離は再び開けていった。


「おい見ろよ。唯ヶ原の奴ペースが落ちてくぞ!」

「ははっ! やっぱり今のは全力を出して一瞬追いついただけだったんだ!」

「バカかよアイツ! ンなことしても無駄だってのにw」


 うん、何とか誤魔化せたな。


 狙い通りの周囲の反応に、僕は心の中で笑う。


 羽柴とはこのまま一定の間隔を保ったまま走り続ける。

 そしてラスト一周になったらまた速度を上げ、ゴール寸前で彼を追い抜き、僅差で勝利。これならラストまで力を残してたっていう言い訳もできる……完璧な作戦だ。自分の知能指数が恐ろしい。


 ーー5分後。


 ついにラスト一周。

 羽柴は残り約100メートルでゴール。対する僕は彼の100メートル後方を走っている。ここから追いつけば、ちょうど接戦を演じることがだろう。


 タイミングを見計らった僕は、ここぞとばかりに加速した。

 羽柴の背中が徐々に近づいていく。


 よし、いい感じだ。力の入れ加減も申し分ない。


「おい、唯ヶ原の奴ここにきて羽柴に追いつこうとしてるぞ!」

「はは! どうせまたバテて引き離されるのによぉ!」

「おとなしく諦めろよなぁ!」

「そーそー! 羽柴君に勝てるワケないんだからさぁ!」


 ケラケラと僕を笑う声を背に受け、走る。

 そして遂に、僕は羽柴と並んだ。


「なっ!?」


 突如として現れた僕を見て、目を見開く羽柴さん。


「っ!! 調子に乗るなよゴミが!!」


 しかし、彼もまた加速した。

 再び僕との距離が開く。ゴールまでの距離は、後50メートル程だ。


 マジか!! そうだ、完全に失念してた……! 僕と同じように、コイツだって加速はできる……!


 当たり前のことをようやく認識した僕。

 このままでは徐々に距離を離されて負けてしまう。

 それではダメだ。くくるちゃんのフィギュアのために、僕は……!


 焦った僕は、更に加速する。

 それが、まずかった。


 ダッ!!


 あれ……?

 

 直後、僕は違和感に気づく。

 何故か僕のすぐ目の前に、ゴールラインがあったのだ。


 んー……。


 極限まで凝縮された時の中で、僕は振り返る。すると、はるか後方に羽柴がいた。

 頬を、冷や汗が伝う。


 加速し過ぎて一気にゴールまで来ちまったぁぁぁぁ!!


 内心で叫ぶ。


 ま、マズいマズいマズい……!!

 どうする、立ち止まるか? いや意味ねぇ!! 


 刹那の思考で、打開策を考える。


 思いつかなければ『詰み』――平穏な生活が、終わる。


 ……諦めんな!! 周りの奴らはまだ俺がここにいることを認識できてない!! なら……!!


 絶体絶命の中で、俺は閃いた。それは一か八かの賭け。だがやらない手は無い。


「っ!!」


 瞬間、俺は更に加速した。今よりも比べ物にならない速度で。


「あれ……? 何か今、唯ヶ原消えて見えなかったか?」

「え? 何だよそれ。気のせいだろ」

「あーうん。だよな。そんなことあり得ねぇよな」


 周囲からそんな声が聞こえてくる。

 誰にも視認できない速度でもう一周走り、羽柴に追いつくという俺の作戦は成功したようだ。

 

 流石になまってる今の身体だと無理な速さかと思ったけど、何とか出せたぜ……。


 窮地きゅうちを脱することができた安堵する。

 隣には羽柴がいて、ゴールまでの距離は後40メートルといった所だ。


「ふざけるなよ!! いつまで付いてくる!! さっさと離れろぉ!!」


 羽柴は苛立ちを滲ませたような目で、俺を見る。


 悪いな。俺にも負けられない理由があるんだよぉ!!


 もう力加減を間違えたりはしない。

 並走を続ける俺と羽柴、ゴールまでの距離は10メートルを切った。


 走る、走る、ただ走る。

 その勝者は……、


「やったぁぁぁぁ!! 迅たんの勝ちだよぉ!!」



「そ、そんな……羽柴が負けるなんて……」

「う、嘘だろ……」

「け、計測ミスだろ。僅差だったし」

「いや、それってどっちにしろ唯ヶ原が羽柴とギリギリまで食いついたってことだよな……それって、かなりすごいことじゃ……」


 周囲の視線が、僕に刺さる。

 まぁこの程度は覚悟していたから問題ない。


「ほーら、これで分かったでしょ? 優ちゃんにだって勝てないことの一つや二つあるんだよ」

「……」


 得意げに言う黛、羽柴は怒りと苦渋が入り混じったような表情を僕に向けた。

 ……いや、僕に向けられても困るんだけど。


「ふんっ、今回はコンディションと運に恵まれなかっただけだ。調子に乗るなよ……!!」


 お、おう……。

 

 綺麗な捨て台詞セリフを吐いて去る羽柴に、僕は内心でそう呟いた。


「迅殿ぉ!」

「おぉ隼太」

「まさか勝利するとは夢にも思っていませんでした! 迅殿は我ら陰の者の希望の星でござるぅ!」

「いやいや、大袈裟だよ。たまたま運が良かっただけだって。そうだ、それよりも黛さん」

「ん? なーに?」

「約束、忘れてないよね?」

「分かってるよ。明日ちゃんと持ってきてあげるから」


 よっし!!


 僕は心の中でガッツポーズをする。

 受け取ったフィギュアをどこに飾ろうか想像し、僕の頬は自然と緩んだ。


 後日、黛が取ったフィギュアがくくるちゃんではなく、別のVtuber事務所に所属している『西条くるみ』であったことが発覚。ひと悶着もんちゃくあったのだが、それはまた別のお話。

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