第5話 その陰キャ、体育の授業で無双(?)する 前

「はぁ……」


 学園のアイドル、坂町詩織との会話を終えた僕は地面にあぐらをかき、溜息を吐く。


 今は体育の授業。これは男女別、更に他クラスと合同で行われる。今回は内容が体力測定のためほぼ男女別合同みたいなものだが。

 まぁそういう仕様はさておいて、頭を使わなくていいこの授業は楽だ。

 そんな中、僕が空いたリソースで考えていたのは今後のことだった。


 坂町には僕が助けたのがハンカチを貸してもらった件についてだと嘘を言うように指示した。

 これで周囲が僕に対し変な勘繰かんぐりを入れることは無い。


 後の問題は、不良どもが僕を探してるってことか……。


「はぁ……」


 体力測定中の男共を横目に、僕は二度目のため息を吐いた。


「迅殿〜」


 すると、息を切らした隼太が重い足取りで近づいてくる。


「おぉ隼太。疲れ切ってるな」

「い、陰の者……にはぁ、じ……持久走などぁ……厳し……ぃものがぁ……」


 そう言って、俺の元にたどり着いた隼太は今にも死にそうな顔をしていた。


「じ、迅殿は……す、ごいですなぁ全く……息切れもしてま、せんし……記録も、中々……だったのでは?」

「そんなこと無いよ。どれもせいぜい下の上だ」


 事実である。僕の記録は、どれも良いものではない。

 弱く見せるための努力の賜物である。


「そ、そうでござるか……」


 その言葉を最後に、隼太はへたり込むようにその場に座った。


「やほ〜。迅たん、隼たん」


 と、更に僕と隼太を変な呼称で呼ぶ女の声がした。

 当然、僕はそれが誰なのかを理解する。


「ま、まままま黛殿!?」


 先に反応したのはつい1秒前までそこでくたびれていた隼太だった。

 先ほどまでの疲れはどこへやら、隼太は緊張した面持ちで上半身を起こす。


「隼太、毎度思うが何でそんなに緊張するんだよ?」

「な、何を言っておりますか迅殿! 自慢ではありませぬが拙者は黛殿のような陽の者でありながら侮蔑の視線を向けないタイプの者には耐性が無いのでありますぞ!」

「つまり?」

「オタクに優しいギャルが実在したという事実に、拙者は大変感動しているということでごさる」


 隼太はメガネをクイッと上げる。メガネのレンズはキラリと光った。


「あはは、隼たん面白〜い」

「ひゃ、ひゃひぃ!?」


 とうとう人語も話せなくなったか。


「黛さん、どうかしたの?」


 隼太を手助けすべく、僕は会話に加わった。


「あ〜体力測定終わったから暇になってたんだけどね。そこにちょうど二人がいたから話し掛けたってワケ。ていうか迅たんなんか言い方冷たくな〜い?」

「い、いやぁそんなつもりは無いんだけど……」

「それにさぁ」

「え?」


 次の瞬間、あまりにも唐突な黛の行動に僕は目を丸くする。

 彼女は僕の両頬に触れたのだ。


「なんか今日、ちょっといつもより顔怖いよ? 何かヤなことでもあった?」


 首を傾げ、黛は聞いてくる。

 

 コイツ、妙に鋭いな……。


 確かに昨日と今日で、僕は不安や緊張を抱いている。

 黛はそんな僕の心境を、感覚的に悟ったのだ。

 まぁ、だからと言って本当のことを言えるわけもない。

 

「い、いや……なんにもないよ」


 頬に触れられながら、僕は答えた。


「え〜嘘だ〜。絶対何か隠してるよ。本当のこと言わないならこちょこちょしちゃうぞ〜」


 しかし引き下がらない黛は、意地の悪い笑みを浮かべて、そう言った。


 そしてなんだろう。周囲からよく分からん視線を大量に感じる。

 だが直後、僕はその視線の正体を理解した。


「おい何だよ唯ヶ原の野郎。なんで亜亥あいちゃんとあんな仲良さそうなんだよ」

「おかしいだろ。なんであの陰キャ野郎が」

「待て待て、冷静に考えてみろ。亜亥ちゃんはあの性格だから、誰にでも優しくしちまうんだよ」

「いや、それにしちゃ少し距離が近すぎないか?」


 それは周囲の者たちから僕と黛さんの関係を勘ぐるものだった。


 いやいやいやいや待て待て待て。どうしてそうなるお前ら。

 くっ、誰か助けを……そうだ隼太は……!!


 僕はクルっと隼太の方へを見る。だが、


「くぅぅぅぅ!! カースト上位に君臨する陽の者であるギャルとそんなイチャイチャするなど、羨ましすぎますぞ迅殿ぉ!!」


 血の涙を流し歯を食いしばっている彼を見て、僕は即座に顔を背けた。


 ダメだ使えねぇ!! けど下手に僕が動くと墓穴を掘りそうだしどうする……!?


 その時、


「亜亥、何してるんだい?」


 救世主が現れた。

 その名は……ごめんまた知らん。


「ん? あーゆうちゃん。何って迅たんと話してるだけだけど」


 何てことないように、黛は男を優ちゃんと呼んだ。

 僕たちとは違うクラスの男、一体何者なのだろうか。


「あ、あの男は……」

「ん? 知ってるのか隼太?」

羽柴優斗はしばゆうと。黛殿と同じくカースト上位に立つ陽の者でござる……」

「ど、どうした? 何震えてるんだよ?」

「い、いや……。ちょっと中学時代、色々ありましてな……」


 そう言って、隼太は僕の背後に身を潜めた。

 そんな中、羽柴と黛は僕たちを無視して会話を続けていた。


「全く、君はもう少し自分の立場を分かった方がいいよ?」

「どーいう意味?」

「そのままの意味さ。君や俺はクラスの中心、カースト上位の人間なんだ。それがこんなカースト下位のオタク共とつるんでいては周囲に誤解を与えてしまうだろう?」

「誤解?」


 何を言っているのか分からない様子の黛。


 いやなんで分からないんだ。僕でも分かるぞ。


「とにかくだ。そんな奴らから早く離れるんだ」


 そう言って、羽柴は黛さんの手を引く。


「うぇ〜。なんでそんなに怒ってるの?」

「お、怒ってなんかない!」


 黛の問いに、羽柴は口調を荒げた。


「おいお前!!」

「え、僕?」

「そうだ! 亜亥の可愛さに鼻を伸ばしてないでさっさと離れろこの底辺カーストのゴミが!!」


 鼻を伸ばしているなんてことは無いのだが、まぁ彼の気がそれで収まるならそうするか。


 僕は羽柴の言葉に従い黛さんから離れることにする。


「ちょっと優ちゃん。迅たんはゴミじゃないよ」


 すると、何故か彼の言葉に黛が食いついた。


「はっ、ゴミ以外にどう表現するんだ? ソイツは傍から見て気持ち悪いだけの存在だ」

「ふ~ん。そこまで言うんだったら優ちゃんは迅たんに何一つ劣ってないんだね?」

「勿論だよ亜亥。俺は学力も体力も負けることは無い」


 羽柴はそう言って高らかに笑う。

 

 この時、僕は何故かイヤな予感がした。なのでより一層何も言葉を発さず、余計なことをせず、この場をやり過ごそうとする。


 ――しかし、


「じゃあ残りの体力測定の種目、迅たんと勝負してよ!」


 黛の一言のせいで、その努力は無駄になった。


「は……? いきなり何を言っているんだ亜亥」

「言葉の通りだよ! 優ちゃんが迅たんと勝負して。もし迅たんが勝てば、さっきゴミって言ったこと撤回してよね」

「おいおい、本気かい?」

「本気だよ」


 羽柴と黛の間に、何やら張り詰めた空気が流れる。


「いいだろう! そこのゴミとの勝負、受けてあげよう」


 ……あの、僕は全く本気じゃないしやる気も無いんですけど……。


「ま、黛さん。さ、流石にそれはぁ……」


 僕はあくまで穏便に事を済ませるため、黛を落ち着かせようとする。


「良かったね迅たん! これで勝てばゴミ扱いやめてくれるって!」


 いやお前は少し話を聞けぇ!?


 まるで一仕事終えたみたいにキラリとした笑顔を向ける黛に対し、僕は内心でツッコんだ。


「じ、迅殿……!」


 すると、そこに俺と同様さっきまで沈黙を貫いていた隼太が声を掛ける。


「どうした隼太?」

「この勝負、無理矢理でも辞退するのが吉でござる。あの男は学力も体力もトップクラス。勝てる相手ではござらん……無様に負け、周囲に恥を晒すだけでござる」

「あー、うん。僕もそう思う」


 まぁどの種目であっても羽柴に負ける気などしないが、僕には勝負を受けるメリットは無い。

 むしろデメリットだらけだ。

 ここで羽柴さんに勝てば、僕は間違いなく周囲から圧倒的に目立つ。

 加えて、僕の力を見せてしまうことにも繋がってしまう。


 うん、隼太の言葉通り無理矢理にでも断ろう。


 そう思い、僕は口を開く。


 ――しかし、


「黛さん。僕……」

「もし勝ったらこの前何気なくクレーンゲームやったら落とせたくくるちゃんのフィギュアあげるから頑張ってね!」

「よし頑張るぞぉ!」

「迅殿ぉ!?」


 気付けば僕は勝負を快諾していた。



◆◆◆


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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※現在『ギャルにパシリとして気に入られた俺は解放されるために奮闘する。』というラブコメも連載中です!

かなりとても面白い感じになってると思いますのでよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330649946533267

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