ふたつの願掛け
「剣術の試合ですか」
「うん」
いつものように、社務所の縁側に並んで座る二人。
紡が語ったのは、三日後に行われる道場対抗の試合の事であった。
紡が幼い頃より通っている、尾根山道場。
かつて剣に通じる人間の中で一世を風靡した人物……
門下生たちは
直心桜流の剣とは、たとえ散れども毎年必ず花を咲かせる桜の如きと評されている。
基本の構えは中段。
一の打ち込みが防がれたなら、二の小手を。
その小手打ちをいなされたのならば、三の突きを。
諦めない限りいずれ勝機は回ってくる。
ただ、その勝機を座して待つこと勿れ。
対して、試合の相手の道場は帝都の南側に位置する、神代道場。
教える剣は、新生の
基本の構えは下段。
直心桜流とは真逆の教えであり、踏み込んできた相手を見てから一歩間合いを取り、返す刃で一本討ち取ることを得意とする。
10年ほど前に生まれたこの流派は、一時は剣士の間で批判を浴びるものであった。
というのも、桜の帝都で一般的であった武道としての剣術は、打突部位が「面」「咽頭」「胴」「小手」の四箇所に定められている。
しかし、蒼道流ではこれに加えて「脚」を打突部位としたのである。
当然多流派の剣士は、これを認めようとはしなかった。
しかし、蒼道流の創始者である
……それは、直心桜流の尾根山槐もまた同じであった。
それから10年間。
尾根山道場は汚名を返上しようと、毎年神代道場を相手に試合を行っているのである。
試合は年少の部、青年の部それぞれ5試合ずつ、合わせて10試合。
各道場の中から選抜された門下生で、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人からなるチームを組むことになる。
紡は日頃の鍛錬を評価されてのことか、三年前からこの試合への参加が許されていた。
彼が務めた役割は、先一昨年は先鋒。
一昨年は中堅、去年は副将。
しかし……その紡のポジションにまるで合わせたかのように、彼の試合相手は毎度同じ少年であった。
そして全ての試合で彼は、その相手からあえなく二本を取られて敗北していたのである。
紡を打ち倒し続けたのは、龍門寺蔵王の実の息子である、
子供らしさが欠けていると思われるほど、常に冷静沈着で試合中に型を崩すことがほとんどない。
何より洞察力に長けていることが、蒼道流を習う上で功を成したようだった。
いや若しくは、蒼道流の教えが彼をそうさせたのか。
兎にも角にも、紡も麟も今年で16歳になる。
互いに年少の部で試合に出るのは最後のはずだ。
つらつらと長く書き連ねてきたが……つまり、紡はこれまで3年に渡って毎年惨敗してきた少年を相手に、今年はチームの要である『大将』として対峙しなければならないであろうという話だ。
「なるほど、ならつむは大丈夫ですね!いつも迎撃戦でいっぱい活躍してますから!」
「あれとは全然勝手が違うんだ。仮面の力も借りられないし」
びしばし!と言いながら、手で見えない敵を打ち据えるような素振りをして見せる絃。
紡は苦笑しながら、首を横に振った。
「なら、絃が応援しに行きます!」
「えっ……」
「がんばれーって、一番大きな声でつむを応援します!」
絃の言葉に、紡は視線を泳がせる。
別に、絃に応援されるのが嫌なわけではない。
稽古の手を抜いているつもりもないし、去年の自身に比べると、動きが良くなっている自覚もある。
ただこれまでの三年間の敗北が、紡に不吉な未来を予感をさせてしまうのだ。
「それは、いいや」
「……そうですか」
紡の表情を見て、絃はあっさりと引き下がる。
彼は良く物事を遠慮することがあったが、今回はその『遠慮』で絃の申し出を断った訳ではないということに、彼女はすぐに気付いたからだ。
「負けるつもりはないんだ、ただ……」
肩を落とす絃を見て、慌てたように紡はそう付け足す。
しかし続く言葉が見つけられずに、小さくため息をついて口を閉じた。
「ならせめてつむが勝てるように、一緒に神様にお祈りさせて下さい。それなら良いでしょう?」
「……うん。分かった」
二人で立つ拝殿の前。
少年と少女の手が順に鈴尾を揺らし、境内に鐘の音が響いた。
手を合わせ、瞳を閉じる。
遠くからカラスの鳴き声と子供達がはしゃぎながら帰路に着く声が、静かな空間に滲んでいた。
紡は、どうか健闘できますようにと心の中で祈る。
そして勝利の暁には、と彼だけが知っている『もう一つの願』を掛けて。
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