朝夕紡のある日の願掛け
はるより
温かな日常と石畳
太陽の位置も幾分か低くなり、影も伸び始めた昼の終わり。
もはや日課になった桜花神社への参拝のために、紡は石段を登る。
……父と共にここを訪れた頃から既に何年が過ぎただろうか。
桜の花も、人に踏み削がれた石段も、少し古ぼけた鳥居も……悲しくなる程に、紡の幼少期の記憶の中と同じ姿を保っていた。
そして今日の紡は、いつもとは少し違う心持ちで境内に足を踏み入れるのであった。
「つむ!」
境内で木に水を遣っていたらしい絃がすぐに彼の来訪に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。
手に下げた桶の水がちゃぷちゃぷと音を立てて小さな飛沫をあげていた。
「絃、走ったら危ないだろ」
「えへへ……だって、早くつむとお話ししたかったんですもん」
絃のその言葉に、紡は嬉しいようなむず痒いような、そんな気持ちになった。
しかし照れた顔を見られるのが悔しくて、誤魔化すように下を向いて彼女の手から桶を受け取る。
「……どこに運べばいい?」
「ううん、大丈夫です。そろそろ終わりにしようと思っていたところなので」
首を振る絃に、紡は辺りをぐるりと見渡す。
たしかに見える限りの木や花は雫を葉に乗せ、きらきらと日光を反射しているようだった。
そうか、と返してから紡は近くに立っている桜の木の根に、桶に残っていた水を全て流した。
「……つむ、何か今日は心配事がありますか?」
「え?」
「桜がちょっとだけ、元気がないみたいですから」
そう言って、絃はじっと紡の眼を見つめる。
真っ直ぐな眼差しに己が内を見透かされたような気がして、どきりとした。
「心配事とかでは、ないんだが……」
「ないんだが?」
「その……ちょっと、今日は願掛けをしに来たんだ」
紡のその言葉に、絃は小さく首を傾げた。
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