ハンバーガー24個食べる人
いまや飛ぶ鳥を落とす勢いであるヒップホップグループにKさんというラッパーがいる。僕より1つ上の年齢だ。本当のグループ名を書くと、Kさんに迷惑がかかるかもしれないので、具体名はふせた。
Kさんはエロゲが好きなオタクであると僕の中では認識している。NTRモノに造詣が深く、『麻呂の患者はガテン系』などという言葉が簡単に出てくるほどのラッパーだ。エロゲをやりこんでいる、またはNTR好きのラッパーやヒップホップ好きは多い。クラブでKさん経由で一人紹介してもらったことがあるが、めちゃくちゃごついB-BOYだったのに「エロゲ最高っすね。家族計画とか」と言っていたのを覚えている。
僕のような人間がクラブに行っても安全だったのは、Kさんのような武道を習っている人がいたからかもしれない。みんなKさんが武道を習っているめちゃくちゃ強い人だと認識していたので、クラブ内で容易に喧嘩騒ぎができない。Kさんはヒップホップの現場の安全安心に一役買っていたと思う。
Kさんは大食らいで、昼ご飯にハンバーガー24個を食べて、「調子悪いな」と言っていたという。
また、家でケンタッキーフライドチキンを食べたら、その骨をトイレやベッドの下にそのまま捨てるので、遊びに来た友達が「Kさん、ここで何か飼ってます!?」と叫んだという。
Kさんのラップは面白かった。面白いから昔から聴きに行っていた。一番好きなのは『ネットカフェアンセム』という曲だった。あと、AV女優の名前をひたすら連ねる曲。それから、宇宙人に誘拐される曲。巧みに韻を織り交ぜ、目に浮かぶ映像を韻で表現できる、日本でも最高峰のレベルだったと思う。ただ、本人も、まわりも、面白がっているだけで、その凄さを理解する人は少なかったように思う。
夜中だった。ライブハウス『long a long』でKさんのライブを観て、階段を上がるとドイケンさんがいた。
「だまされたらあきまへんよ!」
ドイケンさんは突如笑って言った。
「え、いや、だまされてはいないですよ!」
僕はこういう会話が大好きだった。のちに彼らのことを論文に書くことになる。その際、もっともその論理の中心にいた参照した存在はドイケンさんとアイラブさんだ。
R-指定も合流し、一緒に牛丼を食べたりしていて、R-指定の注文したどんぶりを僕が食べてしまい、僕の注文したどんぶりをR-指定が食べた。それから、ある賞をとった友達とR-指定を電話で引き合わせたりした。そんなこともあった。それから、ドイケンさん、Kさん、R-指定でひたすら映画の話。僕はまったくついて行けずに、聞くばかりだった。彼らの「趣味の共有」は異常だった。ものすごい仲の良いかつライバルの知識人かつプレイヤーが、日々面白いモノを追求し続けた結果のとんでもない量の情報を蓄えていた。ただ呆然と聞いていた。僕が人間ムカデをムカデ人間を言い間違えたら、どちらもありますよと、R-指定が言っていた。それから心斎橋を歩き、そこから道を曲がって、まっすぐ歩くと、「僕らここなんで」といってマンションに入っていった。「ここか……」と思った。こんなところで曲を作っていたのか、と、いつも自転車で通り過ぎていた狭い入口のマンションを見上げながら思った。
Kさんのライブでは、面白い企画の伴うことが多かった。大超さんの企画するライブを観に行った時のことだ。クイズ大会があるライブだった。クラブに設置しているプロジェクターからはヒップホップの映像ではなく研ナオコのヨガビデオが流れていた。研ナオコが砂漠を放浪する映像を流しながら、コアでハーコーな日本語ラップが流れ、サイファーも行われていた。
私にとってのヒップホップの現場とはこういうところである。
日本橋顕彰碑の向かいにある地下へと続くカフェみたいなところだった。
ヒップホップクイズ大会が開かれ、僕は手を上げて回答した。
答えは間違いだった。
司会のラッパーに「ぶぶー違います。死ね!!」と言われた。
いや、厳しすぎワロタ。でも、楽しかった。
このヒップホップグループは下積み期間が恐ろしく長く、おそらく日本史上最長の下積みのうえでデビューしたグループなのではないだろうかとも個人的には思っている。それくらい苦労人たちの集団であると、僕は思っている。あるときそのヒップホップグループのDJが、とあるラジオで、明日もし観客が一人になったら「あ、戻ったんや」って思うだけやと言っていた。それくらい、観客のいない、地獄のようなヒップホップ氷河期を乗り越えてきた、ということだ。よく分かる。でも、もうそれはないだろう。
Kさんのパンチラインに「全身体毛生えだすアイボ」という言葉がある。
何か裏の意味があるというよりは、「見たことないのに見えてくるような対象」を描き出すのがうまい。体毛の生えたアイボは見たことないが、ポルターガイスト現象でアイボから体毛生えたら、怖いけど逆に面白い。はっきりと思い浮かぶ。こういうワードセンスは日本一なのだ。
もし本当にこのヒップホップグループの最終兵器がいるとしたら、Kさんだろう。その本領はまだまだ深く、隠れた名曲が発表されることが期待される。それがダメなのなら、ラードという人の「○○も、○○も大嫌いだ」の曲が、一番良い。
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