1997年4月30日刊、アーケードゲーム専門雑誌『ゲーメスト』193号
セガから発売された大型筐体レースゲーム『スカッドレース』の攻略記事にその文言はありました。
『くお~!! ぶつかる~!! ここでアクセル全開、インド人を右に!』
スカッドレースはコミカルなイベントも存在する作品ではあるものの、インド人は登場しないし、特定の誰かを左右に移動させる必要もありません。
本来は『インド人』ではなく『ハンドル』とあるべきだった箇所が、その記事を担当したライターさんの手書き文字があまりに個性的で印刷会社のスタッフさんが誤読してしまい、結果、国内有数の名誤植の誕生となったのです。
かつてこの世界にはアーケードゲームだけを取り上げる雑誌が存在しました。
その時代にあったのはアミューズメントセンターではなくゲームセンターであり、ゲーセンにあったのはクレーンゲームと音楽ゲームとプリントシール機ではなく、格闘ゲーム、シューティングゲーム、ビシバシチャンプ、ハウスオブザデッド、ギャルズパニック、ダンシングアイなどです(多少の地域差はあります)
本作『連射王』の舞台となっているのも、きっとそんな時代。
ゲームセンターに、そこでしか浴びることのできないの熱狂があった時代の物語。
主軸にあるのは一本のシューティングゲームですが、ゲームに興味のない方でもまだ回れ右をするのは早いです。
点を取ることに価値を見いだせなかったやつが、その価値を見つけるまでの物語。
ここに描かれているのは、そういうやつです。
シンプルゆえに、あらゆる世代、あらゆる立場の人たちの今の状況によって受けとるものは異なるでしょう。
つまり、ここにあるのは、あなたのための物語です。
ゲームセンターの全盛期が舞台なので、懐古主義的に思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、むしろ連射王を最も楽しめるのは、まちがいなく今だと断言できます。
連射王、序章のサブタイトル『19XX』は1996年にカプコンから発売された同名のアーケードシューティングゲームのオマージュかと存じます。
『19XX』は非常に人気の高いタイトルでありながら、なぜか家庭用ゲーム機への移植が実現しないでいました。
それが昨年、突然、家庭用ハードへの移植が発表され、多くのゲーマーが歓喜の声を上げました。
またハードカバー版『連射王 下巻』のあとがきにて、川上稔先生は『鮫!鮫!鮫!』という人気シューティングゲームについて言及されているのですが、そちらも間もなく完全版がリリースされます。家庭用機への移植としては実に32年ぶり。アーケード版完全移植としては史上初。
書籍版『連射王』が発売されたのは2007年のことですが、どう考えても今が一番読みごろです。
ゲームごと、あの頃が楽しめるのは、今なんです。
数々の名作が待望の発売をされている、今。
なにより本作『連射王』も高い人気を誇りながら、長い間、電子書籍版がリリースされないでいました。
それがついに購入できるようになったわけですよ。
まだ全部を比較していないのですが、カクヨム版との違いは書籍版にはあった図面などの追加、それから個人的にかなり大きな魅力だと受けとめていたエピグラフが紙の書籍版同様に電子版にもあります。
エピグラフというのは、物語開幕前にある、イカしたテキストのことです。
『嗚呼、斑鳩が行く・・・・・・望まれることなく、浮き世から捨てられし彼等を動かすもの。それは、生きる意志を持つ者の意地に他ならない。』
みたいなやつのことです。
つまり、ここで全話読んだとしても、それは体験版をプレーしたにすぎません。
二周目は電子書籍版がおすすめです。
みなさん、お詳しい方ばかりだと思うので説明不要とは思いますけれど、アーケードシューティングというのは二周目からが本番です。
こちら(https://twitter.com/kawakamiminoru/status/1484884352924528643)をご覧いただければわかるように、川上稔先生の創作にそそがれる情熱は鉄騎専用コントローラー並にどうかしていらっしゃいます。
これからさらにこういうアイテムを増やしていただき、そこから新しい物語は創造され、きっとそれは新しい驚きと喜びを私たちに与えてくれることでしょう。
ふと視線を巡らせた右側に、インド人を見つけたときのように。