それは悪夢から始まった・・

「只今より新郎新婦は新婚旅行に旅立たれます。皆様、出口に沿って2列に並んで握手と拍手でお見送り下さいませ。」

披露宴は最後の場面に入って盛りあがっている。


私は悲しくて悲しくて泣き出しそう。

私の大好きな醍醐君の結婚披露パーティーだ。

花嫁は同僚の弓子・・

来なきゃ良かった・・

悲しくて不愉快で吐きそうになる。


・・嫌だ!嫌だ!この結婚は嫌だー!・・

・・嫌だ!嫌だ!この結婚は嫌だー!・・

そう思ったのか、それとも声に出したのか・・


皆が私の方に振り向く。ざわめきと非難の目。嘲笑と見下げた目。悪意の視線が私に突き刺さる。


嫌だ!消えてしまいたい!消えてしまいたい。嫌だ・・助けて・・

助けて・・


助・・

け・・

て・

夢・・

夢?

ああ、夢だ!

夢だよ・・

ああ、夢で良かった~・・

・・・


最悪・・・

なんて酷い夢なのよ・・


私はベッドから出ると 洗面台の前に行った。

鏡の中の私は汗をかいている・・

寝癖で乱れた髪・・

寝膨ねぶくれした酷い顔・・


こんな私を醍醐君が好きになる分けは無い・・

それは分かっているのに・・

諦めているのに・・

醍醐君が好きでたまらない。



醍醐君はただの仕事の同僚だ。ラインすら繋いで無いのだから 友達ですら無い。

最近同僚の弓子が言い寄っているように見える。だからこんな嫌な夢を見るのだ。弓子は笑顔が可愛くて・・


私も鏡に向かって笑顔を作って見る。

やっぱり弓子には勝てないな・・


でも・・

このままじゃあこの悪夢が正夢になる・・

ああ、日曜日だというのに朝から最悪な気分だ。


ダイニングのテーブルには昨夜の飲みかけのコーヒーが残っている。

・・これでも良いや・・

私はカップごとレンジに入れて温めを押す。

不味いコーヒーを飲みながら私はスマホを開いて連絡帳を見る。


・・醍醐武史・・


何て言えば良い?

・・おはよう 何してる?・・

・・醍醐君さあ、彼女いる?・・

そんなの変だよな。


ルルルルル ルルルルル ルルルルル ルルルルル


「浜崎です。聞きたい事が有って電話したんだけど・・醍醐君って結婚の予定ある?  いや、そうじゃあ無くて・・・変な話なんだけどね、昨夜変な夢を見たのよね。醍醐君の結婚式に招待されて・・そこで私、泣いてたのよ。変な夢でしょう?  それで何だか気になって・・ 私?・・私は彼は居ないよ。うん・・もちろん行くよ、腹ペコだから・・11時?・・ 分かった。駅前のローソンね。ううん、そんな事ない・・嬉しい・・じゃあね。」


電話を切ってフーと息をついた・・

良かった、醍醐くんが食事に誘ってくれた。


結婚式で泣いてたなんて・・うっかり言ってしまった。

あれでは好きだと告白したようなものだ。

恥ずかしくて顔が熱くなった。

でも良かった、醍醐君がデートに誘ってくれた。

早くメイクしなきゃあ・・何を着て行こう・・


  ◇   ◇


「僕の結婚式で泣いてたの?」

「夢の中で私は醍醐君の彼女なのよ、それなのに醍醐君は弓子さんと結婚したのよ。」

「それって最悪の夢だね、俺って酷い奴だなあ。」

そう言って醍醐君は笑った。



「弓子さんと付き合っているの?」

「ああ、あれね・・一回のデートで終わったよ。僕っていつもそうなんだ。まあ、僕が悪いんだけどね。」

「やっぱり付き合っていたのね・・なんとなくそんな気がした。」

私がそう言うと、醍醐君はそれはスルーして話し始めた。


「僕はね・・高校と大学のとき、ヨット部でね・・国体にも出てたんだ。今でもボランティアで高校のヨット部の指導をしたり、大会のサポートをしてるんだけど。その話を弓子さんにしたら、やってみたいって言うからね・・ても、彼女、サポート船の上でゲロゲロ吐いちゃってさあ、、ヨットってハードなんだよね。風が無くてはヨットは走らないから・・ 風が有ると波が立ってけっこう揺れるんだよね。」


「私はハードなのは大丈夫かも・・」


「本当に? 今、ヨットの国際大会が開かれていて来週からうちの県でも試合が始まるんだけど、人手が足りないんだ。飲料水を沢山運んだり、けっこうな力仕事なんだけど・・英語とかスペイン語が話せるなら本部や売店のテントで通訳も有るんだけど。」


「やらせて、やってみたい。力仕事でも何でも出来るから。あ、スペイン語なら大学の時少しだけ噛じったし・・」


「平日の方が人が足りないけど でも勤務が有るから平日は無理だよね。」


「私は有給が余っでいるから、忙しい日は会社を休むから・・」


「本当に!じゃあ大会本部にボランティア登録して良いよね。」


醍醐くんは見掛けはやさ男なのだが、話を聞いている内に 段々タフな男に見えてくる。ああ、やっぱり醍醐くんはカッコ良い。


このボランティアは 私が醍醐くんの彼女になるための1次試験のようなものだ。私は弓子さんのように弱音は吐かない。絶対頑張って醍醐くんの彼女になる。

絶対・・


  ◇   ◇



私が配属されたのは大会本部のテントの横の売店と案内コーナーだった。

競技は10分間隔でスタートが行われる。なので10分間隔で試合の終わった人が帰ってくるのだ。


水を求める人や、大会を記念したTシャツを買う人などの相手をするのだが、いろんな国の訛った英語なのと、私の未熟な英語なので 聞き取る事が出来ない。それでも身振りや紙に書いてもらえば、何とか読み取れる。


外人選手たちは試合が済むと「美味しい寿司屋はどこだ」とか「観光地の案内パンフレットは無いか」とか聞いてくる。試合が済めば次は日本観光だと決めて日本に来ているようだ。


醍醐君は大会役員なので私と顔を合わせる事はあまりなかったが、大会が終わった後 私を食事に誘ってくれた。


「浜崎さんの頑張りで皆が助かったと言っていたよ。本当に頑張り屋だって・・」


「何か みんなヨットのOBの人たちみたいで・・何だかよく解らないまま必死で頑張ったんよね。」


「うん、そうだね・・でも浜崎さんの活躍で僕の株が上がったよ。誰なんですか?彼女?なんて聞かれてしまったよ。」


「え!それで何と答えたんですか?」


「未定ってね・・(笑)」


「本当に?じゃあ、1次試験はパスですね?」


「何・・1次試験って?」


「いや・・・別に・・」


・・解ってよ・・

・・解ってよ私の気持ち・・


「僕ねえ、これから船を見に行くんだけど付き合ってくれる?」


「うん良いよ、付き合う。」


醍醐君はピックアップのゴツイ車に私を乗せて港のボートの係留地に向かった。


「ヨットのクルーザーを持っている老人がいてね、高齢でクルーザーを手放したいのだけど、大切にしていた船なので 大事に乗ってくれる人がいたら安く譲ってくれると言うんだ。その人と係留してある桟橋で待ち合わせをしているんだ。」


桟橋に着くとヨットが数隻係留してあり そのひとつの船の前で老人が待っていた。

「こんにちは、私は角さんの紹介の醍醐と言います。」


「ああ、はい・・私は松本です、宜しく。」


「この船なんですね・・乗ってみて良いですか。」


「どうぞ。あ、あなたも・・足元に気を付けて・・」


クルーザーは乗り込むと思ったより広く3人だと余裕な感じだ。


醍醐君が言う

「すごく綺麗に手入れされてますねえ・・」


「はい、ヨットは私と妻の趣味でして、この船は私達夫婦の宝物だったんです。その妻が数年前に亡くなりましてね・・私も年を取りました・・放置すると船は傷みますからね・・この船を大切にしてくださる方にお譲りしたいのです。出来ればご夫婦でヨットに乗られる方が良いのです。あなたたちは・・夫婦なのかな?それとも・・」


そう聞かれると醍醐君は焦った様子で

「ああ・・まだ未定なのですが・・」

そう言って私の方を見る。


・・何て素敵な夫婦なのだろう・・

私は松本さんの話に感動して涙目になっていた。

・・私もこの船が欲しいよ・・

私は醍醐君の目をじっと見つめた。

そして目で醍醐君に懇願した。

・・私たちの船にしようよ・・

そう思うとたまらない気持ちになり、泣きそうになった。


そして動揺しながら醍醐君の目を見たまま言った。

「私・・醍醐君と一緒にこの船を大事にしたいです。」

そう言い終ると我慢していた涙が頬を一筋 伝って落ちた。


その私の目を醍醐君はじっと見つめた。

そして、私から目線をそらさず・・

私に話しかけるように言った。


「そうですね・・たぶん僕たちは結婚します・・松本さんの船を受け継いで大切にしたいと思います。」


私の目から涙があふれて止まらなくなったが、私は涙を拭きもせず じっと醍醐君と見つめ合っていた。



続く・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る