ハートに引っかかった小骨


取引先の会長が亡くなり私は営業主任として葬儀に参加する事になった。葬儀場に着くと受付で記帳を済ませ振り返った。その時後ろに並んでいた人に私のバックが当たってしまった。

「あ、ごめんなさい・・」

そう言いながら相手を見るとその人は懐かしい知り合いだった。

「あ! どうも・・」

と彼は言って私に頭を下げた。


「石原さん!・・ あなたって・・ 昔と雰囲気全然変わらないわね。」


「いや全然、見掛けだけですよ。」

そう言って彼は照れたように笑った。


その話し方も笑顔も彼は昔のままだった。懐かしさのあまり私は彼に抱き着きたい衝動に襲われて困惑した、10年ぶりの再会だというのに、私はまだ彼を愛していたのだ。その愛はもう済んだはずなのに・・ 


「ねえ、葬儀の後で何処かで話さない?」


「そうだね、そうしよう・・」


10年前、彼は20歳で学生だった。私は32歳で離婚直後の出戻りだった。私と彼は学習塾の講師として出会ったのだ。私は彼の頭の良さや世間とは逆を向いたような性格に引き付けられ好きになってしまったのだった。そして彼も私を好きになってくれた。


しかし私は離婚直後の32才で、彼の人生の邪魔をしてはいけないという引け目があり、彼もまだ学生なので友達以上の関係に踏み出せなかった。そうしている内に学習塾が閉鎖になりだんだんと彼との関係が切れてしまったのだ。


でも私は彼が好きだった。私が出会った中で一番理解し合えると思った男だったのだ。私が12才年上でなければ、離婚直後の出戻りでなければ、彼が学生でなければ、私の方から誘ったのかもしれないと・・ その思いが心のどこかに引っかかっていたのだ。


カフェでコーヒーを飲みながら彼が言った。

「結婚したの?」

「ううん、あなたは結婚したんだってね。奥さんが若いって聞いたわよ。」


「今頃言うのはおかしいけどね、俺・・幸子さんの事が好きだったんだ。学生じゃあなければ誘ってたかもしれないって、今でも時々そう思うよ。」


やっぱり彼もそうだったんだ・・ そう思うと目頭が熱くなり胸が苦しくなった。


奥さんより私の方が先に愛したのだから、一度ぐらい許されるはずだ。そんな言い訳が一瞬脳裏をよぎった。

「誘ってくれたら今でも着いて行くわよ。」

と冗談ぽく言うと彼が私の手を握って来た。


カフェを出ると私たちは彼の車で近くのラブホに入った。

ラブホに入ると私は喪服を脱ぎソファーにたたんで置いた。そして彼の喪服をたたんでソファーに置き、振り返ると、彼が私の体を抱きしめてキスをしてきた。この瞬間をどれほど待ちわびたものか、私は彼のキスに激しく応えた。彼は私をベッドに押し倒し私の下着脱がそうとした。私は気持ちとは裏腹に彼を押し返して言った。

「待って! 止めましょう。」

「どうしたんだよ急に。」


「あのね、私の中で10年前のあなたの事が終わってなかったのよ。でも今終わった気がする。」


「今?・・これで終わるの?」


「悪いけど、今終わったの。 私、うちの会社の専務にプロポーズされてて、一年も返事を待たせてるの。気持ちの中であなたが終わってなくてね。今あなたとキスをしてやっとケリがついた感じがしたのよ。私専務のプロポーズを受けるわ。 ここで止めよう!私は不貞な女じゃあないから。あなたも不倫なんかしたら駄目だよ。奥さんが可哀そう・・」


「そっちから誘って置いて、よく言うよ・・」


不満そうに言う彼をしり目に私は服を着た。

私たちの愛はやっぱり愛だった、そしてそれは今終わったのだ。10年もハートに引っかかった小骨がやっと取れたのだ。彼には悪いと思いながら、私の気持ちは晴れ晴れとしていた。












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