忘れ物


「ねえ、あんた誰なの?なんで此処にいるのよ。」


「何だよ、忘れたのかよ・・ 昔会ったことがあるだろう。スナック葵でさ。」


「え、お客さん? 誰だっけ・・ そういえば見たことのある顔だよね。」


「あんた、悪い女でさあ・・ 借金が有って男に追われていると嘘ついてさあ。俺から40万円取ったんだよ。俺はあんたの為だと思って借金して金を作ったんだぜ。」


「ああ、あの人ね・・ 思い出した、あんた吉田さんだよね。でもあんたにはお金は返したんだよ。 そう、悪いと思って返しに行ったんだよ。私、あんたに惚れちゃったんだ。」


「そうなんだよ。あの時 直美は俺に泣いて謝ったんだ。あんたからお金は取れないってね。 俺はその金を直美に渡して言ったんだよ。俺と結婚してくれって・・」


「そうだったね・・ あんたってバカだよね。そうよ・・私に結婚してくれと言った・・ だからあなたと結婚したんだよ。 ああ・・子供たちもいたんだよね。」


「そうだよ、子供たちは結婚して別に暮らしているんだよ・・孫だっているんだ。」


「ねえ・・ 私達あれからどれくらい経ったの?」


「50年だよ。結婚してから50年が経ったんだ。私もお前も80代になったんだ。」


「そうだよね、あなたとはずーっと一緒に暮らしてきた・・ 何で忘れていたんだろう・・何で・・  あなた、怖いよ、又忘れてしまいそうで・・」


妻は不安に慄き泣いていた。

私は妻の肩を抱きよせた。


・・大丈夫だよ、何度でも何度でもあのスナックまで迎えに行くから・・

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