善良な市民


「悪いけどね、君は首だ!解雇するからもう帰ってくれ。」

「え!解雇ですか・・」

「そのピアスだよ!それを取れと上司の佐々木君に注意されたのに、言い返して従わなかったそうじゃあないか。」

「でも、ここは日本ですよね・・そういうのは個人の自由ですよね。」

「自由じゃあ無い。会社に規約があってそれに従わなければ解雇だ。そんな事も分からん奴を、構っている暇は無いんだよ。帰ってくれ!」


小さな会社の社長のくせに何を威張ってやがるんだ・・

言われなくてもこんな会社は辞めてやるよ。

俺はムカついて家に帰る気にならずパチンコ屋で気を静めた。


家に帰ると父と母が怖い顔で待っていた。

「大輝、そこに座れ!」


「俺の知り合いの会社だぞ、俺が頼んで入れてもらった会社だぞ。親の顔に泥を塗りやがって。お前がそこまで子供だとは知らなかった。話にならん!」

父は顔を赤くして興奮している。

犯罪を犯して警察の世話になったわけでもあるまいに・・何を興奮してるんだよ。

すると母が口を開いた、

「お父さん、今回は私に任せて!もう私が許さないから!」

父は、わかった、もう俺は知らんと言って自分の部屋に上がった。


「あんたね、私に従う気が無いなら、あんたの食事は作らないから、荷物をリュックに詰めて出て行って!」

「出て、どこに行くんだよ・・」

「知らないわよ、勝手にしたいんだから勝手にしなさいよ!」

マズイ・・母は緩いと思っていたが、今日は雰囲気が違う・・


「別に犯罪を犯したわけじゃあ無いじゃん。」

「犯罪の方がましだよ!それなら刑務所に入れてもらえるからね。あんた大人じゃあない、ガキなんだよ!」

ガキか、母親から言われるとはな・・


「いう事が有ったら言いなさいよ。出ていく?それともお母さんに従う?どっちかハッキリしなさい!」

これじゃあ取り付く島もない。

「分かったよ、言うとうりにするよ・・」



母に連れていかれたのは母の知り合いの小さな工務店の社長さんの所だった。

「給料は要りませんので、社長さんの所で修行させて頂きたいんです。」

「でもねえ、ただで人を使う分けにもならんので・・バイトの研修って事で時給う600円で来てもらいますか。」

この人は母が若かったころの部活の先輩とかで今でもバスケのコーチをしているらしい。


次の日からこの工務店の社長について回ることになった。僕のすることは何も無く掃除ぐらいが仕事で、あとは見学だけだった。

「見てみろ。うちの社員にピアスとかしている奴がいるか?」

「あ・・いないですねえ。。」

「当たり前だよ。ここは俺の会社なんだ。俺の信用で成り立っているんだ。社員がピアスなんかしてたら俺の信用が下がるからな・・だから身なりにも気を使っているんだよ。」

「あ・・そうですか・・」

「ここに居たかったら俺の信用を汚すことはするなよ。何も出来ないんだからせめてそのくらい気を使いな。」と言う。

母親が前の会社の事を話したのだろう。



次の日は床の敷物の張替えで接着剤を剥がす仕事をした。冷房も無く糞暑くて熱中症になりそうだった。汗と埃にまみれて作業をしていると。

「おう・・きれいになったな、そのくらいで良いだろう。こっちに来いよ。」

車に帰ると自販機から飲み物を買ってくれた。車の冷房が気持ちいい。きゅーっと一息にポカリを飲むと生き返った気がする。


「お前さあ、会社のドアを閉めるときバターンと閉めるだろう。あれは良くないぞ、お前の物なら好きにすれば良いだろうが、あのドアは会社の物だ、もっと大事にしてそっと閉めなさい。」

「あ、すみません気が付きませんでした・・」

「気が付かなかったのか?そうか、それじゃあ教えてやろう。公園のベンチでもトイレでも、あれは公共のものだ。だから使う権利があると思うだろ。だがな、粗末に扱う権利は無いんだよ。汚く使う権利もない。まして大した税金も払ってない者が使わしてもらうんだから大事に使わなきゃあいけないんだ。好きにしていいのはお前が自分のお金で買った物だけだよ。」

なるほど・・確かにそうだ・・


僕は次の定休日に行きつけの散髪屋に行った。

「よう!大ちゃん、今回は早いんじゃあないか?この間やったばかりじゃない?」

「バッサリやってよこのチリチリ頭。」

「え!それは大ちゃんのトレードマークだろ。」

「いいから・・銀行の人みたいにバッサリやって、任せるから・・」



朝、会社に行くと社長さんが奇声を上げた。

「おひょー! 雰囲気変わったじゃあ無いの。この方が良いよ。誠実な感じが良いね。男はな、カッコじゃあ無くて誠実さだよ。カッコつけてる奴と誠実な奴とどっちが好きだ。な、分かるだろう・・」


昼になり事務の鈴木さんがお茶を準備している。

「おい、大輝、お前新人なんだから手伝え・・」

僕は鈴木さんの所へいって

「僕も手伝います。」と言うと

「そこのコップをこっちに並べて、盆はそっちよ。」


良いお茶を使っているのか緑茶のような甘い香りがする。

「あなた社長さんの親せき?」

「いえ、母が社長さんと知り合いみたいで・・」

「そうなんだ、皆が普通の社員じゃあ無いって言うから・・」

「いや、全然、ただの見習いです。」

皆が僕と話さないのはそういう事か・・

鈴木さんが他の社員に話したのか次の日から皆の雰囲気が変わった気がした。


仕事が終わって車に乗ろうとすると社員の吉田さんが話し掛けてきた。

「お前、何をやったの?」

「いや、別に・・」

「それは無いだろうよ、俺は前に暴走族やってて、事故って親にここに連れてこられたんよ。お陰で今は善良な市民を楽しんでいるんだ。」

「暴走族ですか。」

「前の話だよ、今は結婚して家も買ったんだ。社長さんには頭が上がらないよ。でさあ、お前は何やったんよ。」

「いや、大したことは、ピアスの事でごねて会社を3日で首になっただけです。」

「なんだよ、そんなんかよ。お前はガキだなあ。」

元暴走族に言われたくないし・・



ある時僕は社長さんい呼ばれて会社の応接間に行った。

「ここに来て座ってくれ。」

この部屋は来客用の部屋でソファーは革張りでテーブルも黒光りをしている。

「今日で満期だ、よく頑張った。」

「満期って何ですか?」

「君の母親から半年預かったんだよ。だから今日が満期なんだ。」

半年間の取り決めがあったのか、知らなかった。

「僕はこの会社で働きたいのですけど、駄目ですか。」

「そうか、そうなると就職だね。それじゃあ鈴木君にそう言って書類をもらって申し込んでくれ。後は面接で決めよう。」


ここで辞める分けにはいかない、やっと感じをつかんだのに、

僕は鈴木さんに書類をもらいに行った。

「あれ、あんたって社員じゃ無かったの?」

「はい、これから社員になります。採用されればですけど。」

すると鈴木さんは笑って言った。

「採用されるわよ、社長さんは途中で投げ出さないから。」


鈴木さんの行ったとうり僕は採用されて社員になった。

元暴走族の吉田さんに教えてもらおうと思った。

善良な市民になる方法を・・



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