翔太は天才
翔太の家には大きな庭がありその隅に大きな池がある。その池には長さが60センチほどもある錦鯉が数匹悠然とおよいでいる。僕はその鯉に恨みが有るのだ。
僕が小1の時ふざけて釣り糸を放り込んだら錦鯉が掛ってしまい、どうすることも出来ずに泣いてしまったことがある。餌は付けてないのに食いついたのだ。おでこの所に大きな赤い斑点の有る錦鯉だ。こいつのせいで僕は近所の笑いものになってしまった。
「正男って誰?」
「ほら!デカい錦鯉を釣って泣いた子だよ。」
もお小4になったのに大人たちはいつまでもこう言う言い方をするのだ。いい加減にあの事は忘れて欲しい。翔太の家に行くと、このおでこの赤い錦鯉が今もいて、ぎょろ目で僕を見ている。ほんとうに嫌な奴だ。
池の横にはトラクターが入る大きな納屋があり翔太のお父さんが干し草を下ろしていた。
「翔太いる?」
「古い方の納屋にいるんじゃねえかな!」
僕はトラクターの横を抜けて、その奥にある古い方の納屋を覗いて見る。翔太がいて足元に無かが動いている。
「ウサギが子を産んだんだ。」
と翔太が言う。まだ小さく片手に入ってしまうほど小さい。
「触るなよ。生まれたばかりの時は子ウサギに人間の匂いが付くと親ウサギが育児放棄をすることがあるんだ。」
翔太は僕の知らない事をたくさん知っている。だから翔太と一緒にいると飽きることが無い。
翔太が言う
「今から鮎を叩きにに行こうよ。」
「なに、それ。」
「8番線を持って鮎を叩くんだよ水の浅い場所だと水面下20センチのへんに鮎がいるから8番線で叩いたら線が水を割って鮎に当たるんだ。」
8番線とは針金の太さの規格の事で、彼は1.5メートルの8番線を2本用意していた。細くて浅い川で、よく鮎が遡上する川へ行った。鮎は群れとなって浅瀬を泳いでいる。僕と翔太は夢中になって8番線を水面に打ち付けた。1時間ほどで17匹の鮎をゲットした。翔太の家に帰ると翔太のお父さんが
「これを二人で取ったのか?やるもんだなあ・・」と驚いている。翔太は得意顔で嬉しそうだ。
「翔太、お前は天才だよ!」と僕が言うと、
「違うよ。成績が良いからお前の方が天才だよ、僕は漢字も分からんし・・」と言う。
翔太は学校では3年生の漢字もまだ覚えていない4年生の漢字は全然だ。掛け算も間違えるので成績はクラスで最下位だ。でも僕は翔太は天才だと思う。何でも知ってるし何でもできるのだ。
その時翔太のお父さんが何かを持ってきた。
「こんな物が出てきたぞ。アセチレンランプだ。これはLEDランプなんかより何倍も明るいぞ。翔太、底に穴が開いてるからスチール缶を切ってハンダで直せばお前にやるよ。」
「分かった、やってみる。」
翔太はスチールの缶を切って穴の大きさに切りハンダと硼砂を用意した。翔太の家には鎌や農機具や工具など何でもある、翔太はスチール缶の切れ端を僕に渡しサンドペーパーで磨けと言う。彼はランプの底の穴の周りをサンドペーパーで磨いている。翔太はランプの穴と金属片を重ねるとハンダを置き硼砂縫ってバーナーで加熱した。温度が上がってハンダが解けると、くるりとハンダが全体に回って2つの金属面をくっつけた。
やっぱり翔太は天才だ、とても小4の仕事ではない。こんな事は先生でも出来ない。何も出来ない先生が翔太を零点だという。そんな変な話は無い。先生は考えるだけじゃあないか、翔太は出来るんだ。彼は家では天才なのに学校では最下位の評価になる。何か変だ、学校には翔太を計る物差しが無いのだ。それなのに先生が彼を零点にする。学校は、何か変だ・・
直ったランプにアセチレンの塊を入れ蓋をする。水タンクに水を入れコックをひねって中に水を落とす暫くして火口から音がする。火口にライターで火をつけるとプシューと音を立てて火が燃える。じかに火を見ると目をやられるぐらいの明るさだ。
翔太は言う。
「今夜暗くなったらこのガス灯を持って川に魚を付きに行こうよ。」
ランプの明かりで魚の目がくらみ簡単にヤスで突けるのだというのだ。
今夜は楽しみだ、僕らは晩飯を食ったら集合しようと約束をして別れたのだった。
「え、 7時半から? そんな時間に子供だけで川に行くの? 駄目だよねえ、お父さん。」
「いくら土曜日でも子供だけは駄目だろう・・」
「そんな事を言っても、僕らは約束したんだから・・」
僕が困った顔で言うとお父さんが言った。
「じゃあこうしようか、お父さんが車で堤防まで連れて行くよ。お父さんは車で待っているってのはどうだ?」
「うん・・それなら良いよ。車で待ってるんなら。」
お父さんが翔太の家に電話をしている。
「ええ、今から正男を連れてお宅へ向かいます。はい・・私が堤防まで送ります。帰るまで私が見てますんで・・そうですねえ・・はい、そうします。」
約束の時間にお父さんの車で翔太の家に着いた。翔太んちの親が出てきてお父さんと挨拶をしている。親が関わるといちいち面倒くさい。僕たちは堤防でお父さんを残して河原に降りた。
アセチレンランプに火をつけると強烈な明るさで、水面下の魚もはっきり見える。LEDランプと違って見る方向に向けなくても周り全体がはっきり見えるのだ。夜なので魚は浅瀬で半分寝たようにゆっくり泳いでいる。近くに行っても逃げようとしないのでヤスで簡単に突けるのだ。
僕は岸に近い岩の横で50センチもあるナマズを見つけた。僕はドキドキしながらヤスを構える。でかい!突けるだろうか・・迷っていたら逃げられる・・僕は頭を狙って思い切りヤスを突き下ろす。バッッバッバッバッ ナマズは水しぶきを上げて大暴れする。押さえているヤスが折れそうに震える。
「岸に上げろ!」翔太の声に僕はヤスごとナマズを岸に放り上げた。岸に上げてもバタバタとナマズは暴れる。僕はリュックを下ろして袋を取り出した。
「すっげえな!60センチはあるぞ!」と翔太が言う。僕は興奮して手がブルブルふるえている。それから翔太が50センチの鯉を突いたりして2時間ほどでリュックは重くなったのだった。車に戻るとお父さんがリュックの中を見て驚いている。「何だよこれ!!お前ら、凄いなあ!」翔太の家に着くと翔太の親が出てきてお父さんと話している。お父さんは興奮して魚の話をしている。
僕らが台所でジュースを飲んでいると翔太のお母さんが来て「あんたら魚臭いよ!二人ともお風呂にはいりなさいと言う。結局親が話し合って僕は翔太の所に泊めてもらうことになった。明日が日曜なのでそういう事になったらしい。僕らはお風呂に入った後、夜食を食べて翔太の部屋で二人で寝た。
夜川で遊んだせいですっかり疲れていたが、目をつむるとあの大鯰が暴れるシーンが見えてなかなか眠れなかった。翔太と一緒だと毎日が冒険みたいで楽しくてしょうがない。学校で生徒や先生が翔太を馬鹿扱いしても僕にとっては翔太が一番だ。僕は翔太みたいになりたいと憧れているのだ。
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